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第三章 中国人がいる!
中国人がいる! (8)
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足は自然に屋上へと続く階段に向かっていた。
どんな顔をして真は後ろをついてきているのだろうか。確認したところで何の足しにもならないので、前だけを向く。
もちろん屋上への扉は施錠されている。同じ棟の三階から屋上へと続く階段。上りきると、どちらともなく踊り場に腰を下ろした。見下ろせる向かいの窓からは人気のない中庭が見える。完全に姿を隠せる場所ではないが、話を盗み聞きされるようなところでもない。ここならば邪魔が入ることはないだろう。
真が口を開く。ひんやりとした空気に響くようだった。
「よくここに来るの?」
「そんなわけないだろう。初めてだ」
だよね、とどうでも良さそうに相槌を打つ。そして恨めしそうに、閉ざされた屋上への扉を見やる。
「どうせなら屋上に行きたかったね。青春の香りがするよ」
「今日は曇りだ。大した風情も期待できんだろ」
沈黙が降りる。無言は即ち催促である。話を核に誘う、強い力が備わっている。その力に押し出されるように俺は喋り始める。
「昨日、脅迫文が目安箱に投函されていたと発表があったな」
真は何も言わない。続ける。
「あれは小沢さんが俺との会話を書いたメモなんだ」
チラリと表情を窺う。驚かないところを見るとやはり分かっていたのだろう。決して不思議なことではない。なんたってこいつは盗み聞きを決め込んでいたのだ。会話の内容から俺たちが関わっていることぐらいは想像できるだろう。
「それで――」
冷えた空気は振動する。真の目はこちらを向いていた。転がって行く玩具を見るような目である。
「どうするつもりだい」
これもまた意地の悪い訊き方だと思う。クローズド・クエスチョンは会話をコントロールされている証拠である。
答えあぐねて下を向いていると、口調が変わった声が聞こえてきた。
「まさか、名乗り出ない気じゃないだろうね」
答えに窮している息を真はイエスと汲み取ってくれたようだ。
「冗談だろ、山田島。何があったかは知らないけれど、これは歴とした《脅迫事件》だよ。今でこそ問題はそれほど顕在化してはいないけれど、……いや、十分顕在化しているよ。このままにしておけばさらに事は大きくなるのは間違いない。でも君たちが名乗り出れば全て終わるんだ」
「そんなことは分かってる」
突っぱねる様に言っても駄目である。声が弱々しい。
「分かっているような人間が出すような答えじゃないね。責任を放棄するなんてさ」
「責任?」
つい反応してしまった。続けるしかあるまい。
「……責任って、なんのだ」
真は呆れたような微笑を浮かべ、諭すように言う。
「君たちが書いた脅迫文のせいで、教師陣が事態収拾のために東奔西走し、生徒たちは少なからず不安になっている。それに少しでも罪悪感を覚えるのであれば、押っ取り刀で校長室にでも出頭することはごく自然の行動だとは思わないのかい?」
「あれは脅迫文じゃない。ただのメモだ。投函したのも俺たちじゃない。嘘じゃない、本当だ。小沢さんはメモを校内で失くしてしまったんだ。それを拾った誰かが、ゴミ箱と誤って目安箱に入れてしまったと、俺は思っている」
「君を疑っちゃいないよ。事実もおおよそそんなところだろうね」
あっさりと言う。
「幾らなんでも君がそんな馬鹿げた嘘をつくとは思っていないさ。さっきも言ったろ、《何があったかは知らないけれど》、でも、こうなってしまっているんだ。図らずとも発端者となってしまった君たちは、なんらかの行動を起こすべきじゃないのかい」
正論だとは思う。
でも違うのだ。事はそんなに単純ではない。それでは解決しない問題がある。
どんな顔をして真は後ろをついてきているのだろうか。確認したところで何の足しにもならないので、前だけを向く。
もちろん屋上への扉は施錠されている。同じ棟の三階から屋上へと続く階段。上りきると、どちらともなく踊り場に腰を下ろした。見下ろせる向かいの窓からは人気のない中庭が見える。完全に姿を隠せる場所ではないが、話を盗み聞きされるようなところでもない。ここならば邪魔が入ることはないだろう。
真が口を開く。ひんやりとした空気に響くようだった。
「よくここに来るの?」
「そんなわけないだろう。初めてだ」
だよね、とどうでも良さそうに相槌を打つ。そして恨めしそうに、閉ざされた屋上への扉を見やる。
「どうせなら屋上に行きたかったね。青春の香りがするよ」
「今日は曇りだ。大した風情も期待できんだろ」
沈黙が降りる。無言は即ち催促である。話を核に誘う、強い力が備わっている。その力に押し出されるように俺は喋り始める。
「昨日、脅迫文が目安箱に投函されていたと発表があったな」
真は何も言わない。続ける。
「あれは小沢さんが俺との会話を書いたメモなんだ」
チラリと表情を窺う。驚かないところを見るとやはり分かっていたのだろう。決して不思議なことではない。なんたってこいつは盗み聞きを決め込んでいたのだ。会話の内容から俺たちが関わっていることぐらいは想像できるだろう。
「それで――」
冷えた空気は振動する。真の目はこちらを向いていた。転がって行く玩具を見るような目である。
「どうするつもりだい」
これもまた意地の悪い訊き方だと思う。クローズド・クエスチョンは会話をコントロールされている証拠である。
答えあぐねて下を向いていると、口調が変わった声が聞こえてきた。
「まさか、名乗り出ない気じゃないだろうね」
答えに窮している息を真はイエスと汲み取ってくれたようだ。
「冗談だろ、山田島。何があったかは知らないけれど、これは歴とした《脅迫事件》だよ。今でこそ問題はそれほど顕在化してはいないけれど、……いや、十分顕在化しているよ。このままにしておけばさらに事は大きくなるのは間違いない。でも君たちが名乗り出れば全て終わるんだ」
「そんなことは分かってる」
突っぱねる様に言っても駄目である。声が弱々しい。
「分かっているような人間が出すような答えじゃないね。責任を放棄するなんてさ」
「責任?」
つい反応してしまった。続けるしかあるまい。
「……責任って、なんのだ」
真は呆れたような微笑を浮かべ、諭すように言う。
「君たちが書いた脅迫文のせいで、教師陣が事態収拾のために東奔西走し、生徒たちは少なからず不安になっている。それに少しでも罪悪感を覚えるのであれば、押っ取り刀で校長室にでも出頭することはごく自然の行動だとは思わないのかい?」
「あれは脅迫文じゃない。ただのメモだ。投函したのも俺たちじゃない。嘘じゃない、本当だ。小沢さんはメモを校内で失くしてしまったんだ。それを拾った誰かが、ゴミ箱と誤って目安箱に入れてしまったと、俺は思っている」
「君を疑っちゃいないよ。事実もおおよそそんなところだろうね」
あっさりと言う。
「幾らなんでも君がそんな馬鹿げた嘘をつくとは思っていないさ。さっきも言ったろ、《何があったかは知らないけれど》、でも、こうなってしまっているんだ。図らずとも発端者となってしまった君たちは、なんらかの行動を起こすべきじゃないのかい」
正論だとは思う。
でも違うのだ。事はそんなに単純ではない。それでは解決しない問題がある。
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