安楽椅子から立ち上がれ

Marty

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第二章 小さくなるストライド

小さくなるストライド (11)

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「本題に入ろう」
 言うと同時に、小沢さんはペンを強く掴り直す。深々と頭を下げ、
「ありがとう」
 あまりにも仰々しくてこちらは何も言えなかった。もしかして彼女は何かしらの名家の出なのではないか。雰囲気は纏っている。その手の素養が有りそうな気もする。気恥ずかしさを声に滲ませて話を進める。
「自分を分かってもらうには、だったな」
「そう」
 背筋を伸ばし真剣な眼差しを向ける小沢さんを前に、ふむっ、と腕を組んで唸ってみる。飽くまで俺は第三者の代表。言うなればオブザーバーである。妙案を考え付く必要はなく、現在の問題点を彼女に伝えることが役目である。煎じ詰めれば、思ったことを言えばそれで良い。
「はっきり言っていいんだな」
「ええ」
 彼女が頷いたのを見届けて喋り出す。
「じゃあ改めて指摘させてもらう。まず、根本の原因は表情の固定と、熱のこもっていない嘘っぽい喋り方のせいだ。小沢さんの気持ちは他者に伝わっていない」
「ぐう」
「今日グラウンドで出会った時、カーナビのイカしたジョークを飛ばしたとき、蜂に襲われたとき、湖面から出していたそれ、すべて今の表情と変わりがない。つまり感情が小沢さんに宿っているように思えない。まるでマシーンだよ」
「ぐうぬ」
「加えてその抑揚のない声。申し訳ないが亡者の心電図を模写しているかのようだよ。平坦なんだ、とっても。その中に熱心さが籠っているとすれば、この世の熱という言葉が全て蒸発して消えてしまう」
「ぐ……う……」
 両手で胸を抑えて頭をガクッと下ろす。精神は絶命した。
 ショックを受けているな。言い過ぎただろうか。いや、でもしょうがない。事実を語らないとこの議論に意味は無い。この場合、優しい嘘は一番の大罪となる。
 右の肘をついて小沢さんをじっと見る。
「表情はもっと動かせないのか」
 顔を上げて、心なしか俺に近づける。自信と抗議を声に滲ませた、気がした。
「動かしているつもりよ」
「抑揚のついた、感情のある喋り方はできないのか」
「よく分からない。普通に話している、としか言えない」
「聞いてくれ。喜怒哀楽というものが人間にはある」
「そんなこと知っているわ」
「いいか。これは冗談じゃないんだ」
「待って。メモするの忘れていたわ」
 慌てて机に向き直り、彼女は手を動かす。
 これは冗談じゃない。
「おいおい、そんなメモ必要ないだろ」
「一応」
 ならば止めはしない。好きにしたまえ。俺は役目を果たそう。
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