安楽椅子から立ち上がれ

Marty

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第一章 良く知らない人にはついて行ってはいけない

良く知らない人にはついて行ってはいけない (6)

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 去年の秋頃だった。学校行事として開催された合唱コンクール。どうやらこの学校は行事に力を入れることが習わしになっているらしく、呆れるほどに練習をさせられた。次第に生徒たち自身も熱を持ち始め、優勝を目指し一致団結するようになった。恥ずかしながら俺もその雰囲気に当てられ、必死にテノールパートの練習に励んだ。どのクラスもそうだったように思う。その時期、合唱祭は生徒たちのすべてになっていた。
 結果俺たちのクラスは二位に入賞した。みんな素直に喜んだ。逆に入賞を逃したクラスの生徒は落胆を隠さなかった。悔しさに顔を歪める者もいたし、泣いている者もいた。そんな中で、隣のクラスに顔色一つ変えず前を向いている長い黒髪の女生徒がいた。
 彼女のクラスは入賞を逃していた。すぐ隣の生徒は俯いて涙を拭っているにもかかわらず、どこ吹く風だった。
 そのとき思った。彼女にとって合唱コンクールなど、どうでも良かったのだろう。喜怒哀楽が入り混じる異様な雰囲気の中で彼女だけが普通だった。しかし、それが逆に彼女の特別さを際立たせた。彼女を見た覚えがあるのはそれきりだった。だから今日初めて知った。
 あの特別な女生徒の名前は、小沢というのだと。
 あの日のことは妙に印象的で強く心に刻まれており、今日長い黒髪を再び目にしたときは少しばかり驚いたものだ。そして二人でゴミ拾いをしている。人生何があるか分からない。
 駅前を通り過ぎて、住宅街に入る。見回してみるがうちの生徒はこの辺りにまで来ていないようだった。丁字路を曲がり、路地に入る。小沢さんは電柱の傍に落ちていたペットボトルを拾った。俺はそれを見ていた。
 この辺りに来るのは初めてだ。土地勘が効かない場所である。来たのはいいが帰れるのか心配だ。
 しかし小沢さんの足は止まらない。見通しの良い狭い路地をぐんぐん進んでいく。再びペットボトルを拾い袋に収める。俺はそれを眺めている。そしてまた歩き出す。淀むことのない一連の流れにふと思う。
 彼女はこの辺りに詳しいのではないか。もしかしたら自宅がこの町にあるのかもしれない。迷いがなさすぎる。こんな入り組んだ住宅街で足を止めることなく進めるとしたら、それは予め地理を把握している者だけだ。
「この辺、よく来るの?」
 後ろから声を掛けた。彼女はゆっくりと振り返る。
「いいえ」
 久々に交わした会話はとても味気なかった。こちらとしても意を決して話かけたのだ。このまま引き下がるとなんとなく損をした気になる。
「そうなの。どんどん進んで行くから詳しいのかと思ったよ」
 小沢さんは少し黙って俺を見つめていた。そしてまた感情のない声で言う。
「埋め込んであるから。カーナビシステムを。体内に」
 なにそれ。怖い。
 口には出さなかったが顔には出ていたのかもしれない。二人の間に沈黙が降りる。
 俺が何も言わないと分かると小沢さんは前に向き直り、また歩き出した。しかし二、三歩進むと立ち止まり。また振り返る。
「最新のやつだから」
 なんの話をしているんだ。今度はつい口に出してしまっていた。小沢さんはやはり表情ひとつ変えず俺を見ている。見られても困る。少しすると、
「行きましょう」
 前を向いて歩きだしてしまった。いったいなんなのだ。
 変わっている人だとは予想していたがここまでとは思わなかった。想像の遥か上をいく摩訶不思議さだ。正直、あまり関わらない方が良いのかもしれない。きっと彼女も俺には理解できない思考回路の持ち主なのだ。
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