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第1巻 犬耳美少女の誘拐

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「おかえり、みんな」

 俺とクロエ、ハルの3人が本拠地アジトの門を開けたその瞬間、包容力のある優しい声が圧倒的な存在感を放って立ち塞がった。

 ウィルだ。
 その小さい体を張り、まさに美少年とでもいうような整った顔には笑みを浮かばせて。

 笑顔の奥にある真意は何か。

 アルが前に無断外出で怒られた、という話を聞いているので、覚悟はできていた。俺は見たい。あの寛容かつ温厚なウィルが、本気で怒りをあらわにするところを。

「ウィ、ウィルさん!」

「オーウェン、あんたまさか……」

 怯えて声を裏返すクロエと、俺が外出を申告していなかったことを悟ったハル。

 だが、ふたりが恐れることはない。
 全て、俺の責任なんだから。俺が怒られればいいだけの話だ。

 ハルに蹴られるのも時間の問題だな。股間に装備をしておけばよかった、と心から思った。男の弱点とやらは面倒くさい。

「ハル、クロエ、キミ達は部屋に戻っていてくれていいよ。昼食もできている頃だし、食堂に行くのも悪くないかもしれないね」

 ウィルの予想外な一言に、女子ふたりはポカンとしている。

 てっきり叱られることを覚悟していたんだろう。
 だが、やはりウィルの観察力は鋭いのか、それとも女性は怒らない主義なのか……それは俺にはよくわからないが、とにかくふたりは助かったらしい。

 どんなモンスターよりも怖いというウィルの叱責を、受けずに済んだのだから。

 で、その標的は俺、か。
 たったひとりでモンスター超えの恐怖を体験するなんて……心細い。

 クロエは一瞬心配そうに俺を見た。

(オ、オーウェンさん、あたしも……あたしも残ります!)

 エメラルドグリーンの瞳がそう告げてくる。
 言葉を発せずとも理解できた。

(ここは俺に任せてくれ)

 俺も口を閉じたままクロエに返事をする。
 少しは男らしいところを見せられたんじゃないのか。個人的にいい評価を下したい。我ながらよくやったよ、俺。

「あんたが悪いんだからねっ」

 ハルはちゃんと声にして言ってきた。

 ハルらしいといえばそうだが、もう男としての覚悟を決めた俺に、そんなくだらないことを言われても響かない。その責めるような言葉は無視することにした。

 ふたりは建物の中に入っていく。クロエは後ろにいる俺達をちらちらと確認しながら去っていった。可愛らしい尻尾は小刻みに震えている。

 ハルは俺のことなんてどうでもいいらしい。当然だ。ハルは最初から外出に反対をし、ウィルに許可を取ったと確認した上で外出に乗り切った。彼女に悪いところはない。

「オーウェン、僕についてきてくれないか?」

 必然的な上目遣いで、ウィルが聞いた。

「え……はい」

 これもまた予想外だ。
 女子ふたりを逃したのは彼の洞察力が優れていたからだと考えられるが、俺を完全に責められる状況が整ったところで、わざわざ別のところに連れ出す意図が読めない。

 ウィルに先導され、俺達は本拠地アジトの外に出た。

 また街にでも戻るつもりなのか?
 
「どこに行くつもりですか?」

「キミは僕が怒っていると思っているね」

 ついさっき通ってきた道を逆戻りするように、街の方に歩く俺達。

 小さなシンエルフの小さな足音。
 普通のエルフも人間より軽いが、シンエルフはさらに軽い。小柄に進化したのは、小回りの効く攻撃を可能にすることと、全体的な戦闘能力を高めるためらしい。

 俺達が歩く姿を見て、街を歩く多くの市民が注目する。

『あれ、もしかしてウィル=ストライカー?』

『ヤバい……可愛い~』

『ちぇっ、ここじゃ悪さできねぇな』

『隣を歩いてるやつは……例の新入りか』

「トウフステーキをふたつ頼むよ」

 ウィルはある屋台の前で立ち止まった。
 店員の反応からして、ウィルはよくここに来るらしい。

「あの……さっきの発言の意図なんですが……」

「ああ、別に僕は怒っていない、ってことだよ。むしろ、キミのことは信頼しているから、黙って街に行かせたんだ」

「え?」

 トーフステーキは頬が落ちるほど美味しいらしい・・・
 それができるのを待つ間、こうして話をしているわけだ。

 それにしても、ウィルは何を根拠に、俺を信頼するんだろう?






 俺は裏切り者だぞ?

 我らが勇者パーティーのリーダーは、そんな裏切り者を簡単に信頼してしまうほど愚かな男なのか?






「キミ達は別にコソコソというわけでもなく、堂々と外出した。それに僕が気づかないとでも思ったかい?」

「それは……」

 気づくと確信していた。
 俺としては、別にそれでよかった。

 俺はあの状況でウィルがどう動くのかを試していたのだから。

「前にアルが僕に叱られたことは聞いたね?」

「え、まあ」

「アルはコソコソするのがかなり上手でね。僕やロルフの目も、メイド達の目もかいくぐって街に出たんだ。感心はしたけど、完全に気づかない内に問題に巻き込まれると大変だからね。それでしっかり注意したんだ」

「なるほど」

「堂々と外出することは、僕に許可を取ったことと同じ、そういうことだよ」

『はいよ、ウィル。サービスで量はちょいと多めにしてある』

 大柄でなんとなく優しそうな男の店員は、ニヤッと笑いながら食べ物トーフステーキを手渡す。
 
「ありがとうジャックス」

 そしてウィルが俺にもトウフステーキを渡した。

 片手で掴めるように紙で包装してあり、もう既にソースは掛けてある。
 本能的に食欲をそそるソースの香りに、思わずがっついてしまった。柔らかく口の中で溶け、ジューシーなトウフの旨味が広がる。

「美味しいかい?」

 ウィルの問いに、俺はうんうんと頷いた。

 なんで今までトウフステーキに出会わなかったのだろう?
 てっきりベジタリアン専用の料理だと思っていたが、そうでもなかった。偏見はよくないと改めて知る。

 ウィルは代金を支払うと、今度は噴水の近くに俺を誘導した。

 こんなことを思うのはあれだが、なんだかデートみたいだ。
 噴水の前のベンチに腰掛け、美味しい料理を隣で味わう。一口食べるごとに顔はとろけ、幸せを噛み締める。

「こんな時に話すことじゃないかもしれないけど――」

 急に口を開いたウィル。
 表情は相変わらず緩く、温かい。

「――オーウェン、キミがこの勇者パーティーの裏切り者だね」
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