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第1巻 犬耳美少女の誘拐
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「……オラは……もうだめだ……オラのことなんか見捨てて逃げろ」
「アル! だめ! あんたが死んだら……もうツッコめなくなるじゃない……」
腹を大胆に切られたアルが、血を流しながら地面に倒れている。
心配し駆け寄る双子の姉、ハル。
普段見ることのできない、貴重な涙を流していた。
ここはアレクサンドリアの東に位置する地下迷宮《ダンジョン》の奥。
モンスターでありながら高い知性を兼ね備える魔人と対戦中だ。
「オーウェン、次は貴様だ」
感情を感じない冷たい顔で、ロルフが俺に指示する。
相手はこの街でもそれなりに強いアルをここまで痛めつけた魔人だ。
僅かな気の緩みが、敗北に繋がる。
どうして、こんな状況になっているのか。
俺と双子、そしてロルフの4人は、ギルドの討伐リストにあった魔人を仕留めに、ここまで来ていた。
***
「ねーねー、ウィルく~ん」
「どうしたんだい?」
酒場での打ち上げから一夜明け、翌日。
すっかり回復し、大きく欠伸をするアルがウィルに話しかけた。
「ハルと一緒に地下迷宮行ってきていいかな? あ、あとオーウェンくんも! 最近なんだかシャキッとしなくてさ~。モンスター倒しまくってたらすっきりするっしょ」
本当に呑気なやつだ。
しかも、なんで俺も!?
俺まで勝手な冒険に同行させられるなんて聞いてない!
「構わないよ。でも、懸念があるとすれば、上級モンスターに遭遇してしまった場合の対処だね。キミ達も十分強い。それはわかっているけれど、ひとりは上級モンスターとの戦闘経験が多い仲間を連れていくべきだと思うよ」
「言われてみれば確かに。う~ん、でもさ~、やっぱなんていうか、新人だけで苦難を乗り越えてみたい、っていうか? そんな気分なんだよな~」
ちなみに、もうひとりの新人であるクロエは、庭園でヴィーナスの手伝いをしている。
今頃、葡萄の木に水をやったりしているんだろう。ヴィーナスとふたりきりで庭園にいるという状況は、正直羨ましい。
ただでさえ美しい庭園とヴィーナス。
そのふたつが合わさることで、この世界もまだ知らないような、脅威の美が誕生する。
それを誰よりも近くで拝みたい。
いや、お拝ませてくれ!
「アルの気持ちはわかったよ。でもやはり、不安要素は残る。リーダーとして、僕にはキミ達を守るという責任があるからね」
「あんた、だから言ったでしょ。ウィルがそんな勝手なこと許可するわけないじゃない! だいたい、あっしだって新人の3人だけで行くのには反対なんだからっ!」
「でも~、いいじゃないすか~。先っぽくらい」
「先っぽって何よ先っぽって!?」
「ほんの少し、って意味だよ!」
親指をグッと立て、ドヤ顔で説明するアル。
別に、意味を知りたかったわけじゃないと思うが。
相変わらず、アルは脳が空っぽで、昨日の2日酔いというやつも少しはあるのか、ますます馬鹿になっている。
「キミ達3人だけで地下迷宮に行くのは許可できない。だから、僕も一緒に同行して――」
「オレが行く」
ウィルの言葉をロルフが遮った。
珍しい光景だ。
普段のロルフといえば、必ず誰かが話し終わったタイミングで話をする。それに、大前提として話が少なく寡黙な男だ。
誰かの話を遮る、特にウィルの話を遮るのは本当に貴重だった。
「いいのかい? 僕は今日特に予定もないから、僕が行っても構わないけど――」
「ウィルにはやることがあるだろう?」
よく考えろ、とでも言うようにロルフがウィルを見る。
「ロルフ……僕にあれを押し付けるつもりかい? キミがやってくれる、ってことで話はまとまったはずだけど」
「やはり貴様が適任だ」
「えーっと、なんの話してんの?」
空気を読まない馬鹿が、俺としてはありがたい質問を繰り出した。
確かにウィルとロルフの会話は気になる。
この会話だけ聞いても、どんな内容なのか把握することなんてまったくできない。
失礼な質問に、ウィルは笑った。
というより、笑って流した。
「ガーデニングだよ。ヴィーナスとクロエが今頑張ってくれていることは知っているね? 実は僕達でもヴィーナスの庭園に入るのは勇気がいることなんだ。でも仲間の手伝いはしたいから、どっちが庭園でガーデニングの手伝いをするのか、って話してたんだ」
「へぇ~。ガーデニングって奥深いね!」
いや、まったくそういう話じゃなかったと思うが!
ウィルはなにも、ガーデニングの素晴らしさについて語っていたわけじゃない。
ただヴィーナスのガーデニングを手伝うだけ。
そのためだけに、ウィルとロルフは真剣に話し合っていた。
古参ふたりでも、ヴィーナスといることにそんなに緊張するとは。なんだか親近感が湧くな。
昨日ヴィーナスとふたりで話した時の感覚を思い起こす。
ヴィーナスのガーデニングを手伝うだけ、か。
やっぱり俺には、これが嘘に聞こえる。
あのふたりの会話はそんな感じじゃなかった。
俺たち新人に言えないような大切なことを、古参ふたりは隠している。
ウィルは賢い。
自然な流れで偽りの事実を作り上げた。
ヴィーナスがクロエを庭園に連れているという現在の事実を利用して。
じゃあ問題は、本当のこと――つまり真実。
ウィル達が新人に隠していることは何か、ということだ。
「アル! だめ! あんたが死んだら……もうツッコめなくなるじゃない……」
腹を大胆に切られたアルが、血を流しながら地面に倒れている。
心配し駆け寄る双子の姉、ハル。
普段見ることのできない、貴重な涙を流していた。
ここはアレクサンドリアの東に位置する地下迷宮《ダンジョン》の奥。
モンスターでありながら高い知性を兼ね備える魔人と対戦中だ。
「オーウェン、次は貴様だ」
感情を感じない冷たい顔で、ロルフが俺に指示する。
相手はこの街でもそれなりに強いアルをここまで痛めつけた魔人だ。
僅かな気の緩みが、敗北に繋がる。
どうして、こんな状況になっているのか。
俺と双子、そしてロルフの4人は、ギルドの討伐リストにあった魔人を仕留めに、ここまで来ていた。
***
「ねーねー、ウィルく~ん」
「どうしたんだい?」
酒場での打ち上げから一夜明け、翌日。
すっかり回復し、大きく欠伸をするアルがウィルに話しかけた。
「ハルと一緒に地下迷宮行ってきていいかな? あ、あとオーウェンくんも! 最近なんだかシャキッとしなくてさ~。モンスター倒しまくってたらすっきりするっしょ」
本当に呑気なやつだ。
しかも、なんで俺も!?
俺まで勝手な冒険に同行させられるなんて聞いてない!
「構わないよ。でも、懸念があるとすれば、上級モンスターに遭遇してしまった場合の対処だね。キミ達も十分強い。それはわかっているけれど、ひとりは上級モンスターとの戦闘経験が多い仲間を連れていくべきだと思うよ」
「言われてみれば確かに。う~ん、でもさ~、やっぱなんていうか、新人だけで苦難を乗り越えてみたい、っていうか? そんな気分なんだよな~」
ちなみに、もうひとりの新人であるクロエは、庭園でヴィーナスの手伝いをしている。
今頃、葡萄の木に水をやったりしているんだろう。ヴィーナスとふたりきりで庭園にいるという状況は、正直羨ましい。
ただでさえ美しい庭園とヴィーナス。
そのふたつが合わさることで、この世界もまだ知らないような、脅威の美が誕生する。
それを誰よりも近くで拝みたい。
いや、お拝ませてくれ!
「アルの気持ちはわかったよ。でもやはり、不安要素は残る。リーダーとして、僕にはキミ達を守るという責任があるからね」
「あんた、だから言ったでしょ。ウィルがそんな勝手なこと許可するわけないじゃない! だいたい、あっしだって新人の3人だけで行くのには反対なんだからっ!」
「でも~、いいじゃないすか~。先っぽくらい」
「先っぽって何よ先っぽって!?」
「ほんの少し、って意味だよ!」
親指をグッと立て、ドヤ顔で説明するアル。
別に、意味を知りたかったわけじゃないと思うが。
相変わらず、アルは脳が空っぽで、昨日の2日酔いというやつも少しはあるのか、ますます馬鹿になっている。
「キミ達3人だけで地下迷宮に行くのは許可できない。だから、僕も一緒に同行して――」
「オレが行く」
ウィルの言葉をロルフが遮った。
珍しい光景だ。
普段のロルフといえば、必ず誰かが話し終わったタイミングで話をする。それに、大前提として話が少なく寡黙な男だ。
誰かの話を遮る、特にウィルの話を遮るのは本当に貴重だった。
「いいのかい? 僕は今日特に予定もないから、僕が行っても構わないけど――」
「ウィルにはやることがあるだろう?」
よく考えろ、とでも言うようにロルフがウィルを見る。
「ロルフ……僕にあれを押し付けるつもりかい? キミがやってくれる、ってことで話はまとまったはずだけど」
「やはり貴様が適任だ」
「えーっと、なんの話してんの?」
空気を読まない馬鹿が、俺としてはありがたい質問を繰り出した。
確かにウィルとロルフの会話は気になる。
この会話だけ聞いても、どんな内容なのか把握することなんてまったくできない。
失礼な質問に、ウィルは笑った。
というより、笑って流した。
「ガーデニングだよ。ヴィーナスとクロエが今頑張ってくれていることは知っているね? 実は僕達でもヴィーナスの庭園に入るのは勇気がいることなんだ。でも仲間の手伝いはしたいから、どっちが庭園でガーデニングの手伝いをするのか、って話してたんだ」
「へぇ~。ガーデニングって奥深いね!」
いや、まったくそういう話じゃなかったと思うが!
ウィルはなにも、ガーデニングの素晴らしさについて語っていたわけじゃない。
ただヴィーナスのガーデニングを手伝うだけ。
そのためだけに、ウィルとロルフは真剣に話し合っていた。
古参ふたりでも、ヴィーナスといることにそんなに緊張するとは。なんだか親近感が湧くな。
昨日ヴィーナスとふたりで話した時の感覚を思い起こす。
ヴィーナスのガーデニングを手伝うだけ、か。
やっぱり俺には、これが嘘に聞こえる。
あのふたりの会話はそんな感じじゃなかった。
俺たち新人に言えないような大切なことを、古参ふたりは隠している。
ウィルは賢い。
自然な流れで偽りの事実を作り上げた。
ヴィーナスがクロエを庭園に連れているという現在の事実を利用して。
じゃあ問題は、本当のこと――つまり真実。
ウィル達が新人に隠していることは何か、ということだ。
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