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12 読書タイム中の私語は禁止らしい

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 1週間の折り返し地点、水曜日になった。

 土日が恋しくなる曜日である。
 帰宅部にとっての土日は、部活で土日も学校に行く人と比べても価値が高い。

 昨日姉さんは早坂はやさかさんに処女についての特別授業をしようとしたが、早坂さんは男女が夜に行う営みを知らなかったため、一生のお預けとなったことを報告しておく。

秋空あきらくん、男女が夜にするエッチなことって何? チューのこと?」

 朝の教室。
 早坂さんが興味津々の様子で話しかけてくる。

 ちなみに、後ろで置き物になっている真一しんいちはドン引きだ。

「そんなことより早坂さん、テスト勉強は順調?」

「まったく順調じゃないよ」

 素直なのか天然なのか、話題を変えたらすんなり受け入れてくれる。

「そんなことより秋空くん……その……下の名前で呼んで」

 艶めいた唇。
 ほんのりと上気した頬。

 色っぽい声で紡がれたのは、まさかのお願い。ここ数日の早坂さんが積極的で、俺としては少し戸惑っている。

「……日菜美ひなみ、さん」

「呼び捨てがいい」

「え?」

長谷部はせべさんのこと、呼び捨てしてたんだよね? だったら、私も呼び捨てがいい」

 どうやら千冬ちふゆに対抗意識があるらしい。知らんけど。

「日菜美。これでいい?」

「うん。満足」

 よかった。満足してくれた。

 そろそろ会話を中断させて、朝の読書を満喫することにしよう。
 生徒鞄を開き、丁寧に入れた3冊の本をまとめて取る。2冊はラノベ、1冊は漫画だ。

 朝の読書タイムに漫画は禁止されているが、残り5分ほどの自由時間では読むのも自由だろう。あと2話分くらいだから、ちょうどよさそうだ。

「それ、『エンパイア』だよね?」

「え、そうだけど」

「好きだよ」

「えっ?」

「私が世界で1番好きな漫画が、『エンパイア』」

「ああ、そういうことね」

「どういうことだと思ったの?」

 一瞬だけ告白された気がした。

「『エンパイア』面白いよね。俺の推しキャラはやっぱりカエサルかな」

「カエサル、私も好き」

 早坂さん改め、日菜美のいいところ。
 話題の急な変換にも臨機応変に対応できる。

 『エンパイア』という漫画は週刊少年ホップの人気漫画で、現在34巻まで刊行されている。

 ローマ帝国の歴史を面白く描いた作品で、世界史好きにはたまらない漫画だ。日菜美はほとんどの授業で寝ているが、歴史の時間だけはガッツリ起きている。

 歴史が好きなんだな、とは思っていたが、そういうことか。

「ゴホン」

 後ろであの人物・・・・が咳払いした。

「漫画の話ならば任せてくれ。『エンパイア』の話をおれ抜きでするとは、なかなか根性のある奴らだ」

「好きな時に入ってくればよかっただろうに」

「いいや、早坂が漫画好きであることはわかっていたが、どんな漫画を読んでいるのかは見えなかった。角度的に」

 そっか、角度的に。

南波なんばくんも『エンパイア』好きなんだね」

「当然のこと。おれはこの世界の漫画を全て読んでいる」

 そんなこと可能なんだ。

「南波くんって、実は凄い人だったんだね」

 ここに信じてる人がいた。

「実は、という言い方も気になるところではあるが、まあ構わない」

 真一はいつも以上に癖の強い話し方だ。
 多分女子と話しているからだと思う。女子と話すのは幼稚園ぶりとかだろう。

「ねえ」

 このまま平和的な漫画の話が始まるかと思っていたところで、また別の奴の声がかけられる。

「千冬?」

 いつもよりほんの2分ほど早いご登場。

 登校するなり話しかけてくるとは思わなかった。
 真一は気まずそうな表情を作り、日菜美はクールな瞳で千冬を見ている。真一が気まずいのは、クラスに俺と千冬が別れたことを広めた張本人だからだ。

 クラスメイトの視線もまた集まっている。

「昨日のことだけど……ごめん」

 全世界が驚いた。

 千冬は少々頑固な子だ。
 そんな千冬がクラスメイトに注目されながら頭を下げるなんて。

 昨日のことって……ああ、すっかり忘れてた。そういえば昨日、結構千冬に対して怒った気がする。

「そんなに気にしてないから、もういいよ」

「でも……」

 俺の感覚では、そろそろあれが来る頃だ。

 ──キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴ったことによって、自由時間が終了する。

「長谷部君、もう読書の時間だ。元カレ・・・の秋空に絡むのは自由だが、休み時間と学校共通の時間との区別をはっきりさせていこう」

 学級委員の龍治りゅうじがシャキッとした声で注意した。

 彼は真面目だが、そのセリフの細かい箇所にイジリや皮肉、ユーモアが隠れていることも忘れてはならない。元カレという言葉を強調してきたのにも悪意を感じる。

「あとで話を──」

「長谷部君、早く席に戻ろうか。読書タイム中の私語は禁止だと入学のしおりに書いてある」
 
 入学のしおりをそこまで読み込んでいるとは。
 流石はハーバード大学を目指す、意識高い系男子だ。

「そして秋空」

「え、俺?」

「元カノと読書タイム中にイチャつくのは禁止だと入学のしおりに書いてある」

 俺や千冬、日菜美などの一部を除いて、ほとんどのクラスメイトが声を上げて笑った。

 俺はとりあえず、今日の読書タイムでは入学のしおりを読んでおこうと思った。





《次回13話 新しい部活に強制入部!?》
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