上 下
1 / 27

01 別れ話は駅前で

しおりを挟む
「あのね秋空あきらくん、別れよっか」

 6月中旬のとある日曜日、三度目のデートの終わりで。
 俺の彼女ガールフレンド長谷部はせべ千冬ちふゆは、俺の元カノとなった。

「理由聞いてもいいかな?」

「だって、最近全然かまってくれないじゃん」

「俺が?」

「うん」

「今日のデートで何か気を悪くした? 楽しんでくれてたと思うけど」

 純粋な疑問。
 
 今日のデートの感触は悪くなかった。
 五番街のゲーセンでは千冬の好きな子猫のぬいぐるみをたった2回の挑戦でゲットしたし、姉さんが教えてくれたイタリアンの店も喜んでくれていたし……何が問題だったのやら。

「今日のデートは最高だったよ。猫ちゃんぬいぐるみ可愛いし、カルボナーラも美味しかったし」

「だよね。あれは本格的だったな。パルミジャーノ・レジャーノとペコリーノ・ロマーノを配合させた濃厚なチーズが──」

「黙ってくれる?」

「おっと失礼」

 つい語り過ぎた。
 姉さんがイタリアン好きなので、俺も気づけば詳しくなっていたのだ。

「あたしは別に、秋空くんが嫌いになったわけじゃないの」

「じゃあどうして?」

「秋空くんのあたしへの愛が、最近少なくなってきているような気がして……」

「そんなことないって。千冬可愛いし、大好きなのは変わらないよ」

「そんなんじゃだめ!」

 急に声を張り上げる千冬。

 ここは俺たちの暮らす佐世保させぼの中心地、佐世保駅の真ん前。
 夕方5時になり、友達を待つ高校生の集団や、ちょうど解散しようとしている大学生の集団がたむろしている。

 千冬の叫び声で、この街の人類が俺達二人に視線を注いだ。

 別れ話の最中という修羅場。

 佐世保という田舎では、カップルの修羅場など最高のイベントだ。

「わかった。愛してる。こう言えば満足してくれる?」

「そういうことじゃないの……」

 じゃあどういうこと?

「愛は言葉で示すものじゃなくて、行動で示すものだから」

「今日のデートで、ちゃんと行動で示したはずだけど?」

「ううん、手は繋いだよ? でも、もっとやることあるんじゃない?」

「キスとか?」

 残念ながら、俺はまだキス未経験だ。
 千冬は人生初の彼女だったわけだし、まだ付き合い初めて2週間くらいしかたってない。

 初心者にいきなり中級者の振る舞いを求めるのは間違ってる。

 ていうか、千冬の方も男女交際は初めてだと言っていたじゃないか。

「キスはもちろん、それ以上のエッチなことだって、高校生なんだからするものだよね?」

「そんなものかね?」

「そんなものなの」

 中学の時は、誰かと誰かが付き合う、という現象は珍しかった。
 3年生でも、クラスにカップルが2組いるかいないか。

 都会ではもっと恋愛が盛んだと聞くが……いや、俺の中学に独身貴族が多かっただけなのかもしれない。とにかく、高校に入学してたった2ヶ月程度で彼女がいることですらレアなのに、それ以上を求めてどうする?

「そういうことは自分たちのペースでやっていけばいいと思う。少なくとも俺は、千冬とどこかに遊びに行ったり、話したりするだけで楽しいんだ」

「ふぅん」

 素っ気ない感じで言っているが、実は嬉しいんじゃなかろうか。

 頬を赤らめ、わかりやすく視線を逸らす千冬。
 肩にかかるかかからないかぐらいのふわっとした巻き髪が、春のそよ風によって空中に舞う。

「とにかく、だから別れて」

「わかった。別れよう」

「え?」

 粘ることもなく、すんなり受け入れる俺。
 これには元カノ・・・の千冬も、丸い瞳をさらに丸くする。

 俺は見てしまった。

 ──千冬が、爽やか系イケメンと肩を並べて歩いている姿を。

「短い間だったけど、楽しかったよ」

 1週間ほど前、漫画を買いに行った帰りに、俺は千冬が別の男と親しげに歩いているところを目にした。

 俺の愛が足りないとかいう理由も、新しく好きな人ができた、もしくは、すでに彼氏ができた、という事実の言い訳なんだろう。

 少し傷付いた。

 でも、ほんの少し。

 元々俺は、恋愛をするような人間じゃないのだから。アオハルを噛み締めて生きている高校生じゃないのだから。

 元カノ・・・に背を向ける。

「ちょっと待って!」

「ん?」

「同棲してくれるなら、また付き合ってあげる。ていうか、別れないでいてあげるから」

 別れないでいてあげる、ね。
 吹っ切れた俺には癪でしかない。

 もう一度しっかり千冬を見つめてみる。

 うん、確かに可愛い。

 小動物のような円らな瞳も、小柄で華奢な体も、ペタッとした胸も。
 全てが千冬という高校1年生の女の子を構成していて、何かが欠けることは許されない。

 こんなキュートな女子と付き合っていたわけだ。人生は経験だよ主義の俺にとって、この経験は今後も重宝されることだろう。

「同棲はできない」

 俺は千冬の目を見て言った。言い終わると、すぐに踵を返し、我が家へと歩き出す。

 ていうか、何言ってんだこの人。

 高校生で同棲とか、フィクションではあるまいし、頭のネジが12本くらい外れているとしか言いようがない。

「それじゃあ、また学校で。千冬のことはこれからも友達だから。映画の話とか、またできるといいね」

「え? 嘘だよね……」

 茫然自失の千冬のために、もう一度振り返る。

「気を付けて帰ってね」

 デートでは女性を家まで送るのがルール。
 今の時代、そこまでしなくてもいいのではないか、とも言われているが、一応最後までエレガントでありたい。

 俺は理想通りに生きる。

 今日に限っては、振った相手に家まで送られるのは嫌だろうと思ってのことだ。

 新しい彼氏君と、幸せになってくれ。
 俺はフツメンだから、あの爽やかイケメンに勝てる気がしない。あの爽やかイケメンに負けるのなら、仕方ない。

 落ち込んでないと言ったら、それは嘘になる。自分に嘘はつけない。

 俺はこれ以上振り返らなかった。
 横断歩道を渡ればすぐのマンションに向かって、複雑な表情で足を動かす。



 ***



「秋空ぁぁああああ!」

 千冬は秋空が見えなくなると、膝から地面に崩れ落ちた。

 周囲の視線など気にしない。
 気にする余裕もない。

 ちなみに、駅には交番もある。
 この光景を青春の終わりと捉えるか事件の始まりと捉えるかで、交番勤務の警察の仕事量が変わる。

(そんなつもりじゃなかったのに……別れるって脅したら、絶対同棲してくれると思ったのに……)

 ──振ったはずなのに、振られた。

 一部始終を見ていた観客からすれば、振られたのは千冬の方だった。





《作者コメント》
 ちょっとヤバい系元カノですね、千冬さんは。

 少し補足ですが、この物語の舞台は佐世保させぼ
 佐世保バーガーとハウステンボスが有名な街です。
 本来なら佐世保弁という方言があるのですが、わかりやすさのために標準語にしています。

 現実ではなく、フィクションなのでご了承ください。


 お気に入り登録、エール、ハートよろしくお願いします!


《次回2話 姉がブラコン過ぎて》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

処理中です...