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ルーデン王国の東にあるオデルの町には
おしどりがそのまま人の形をなしたのではないかと
思われるほど、お互いを愛し合っている夫婦がいた。
夫は常に妻の隣から離れずに彼女を見守っている。
「みて、サリア、花が咲いてるよ。もうじき春が来るね」
「そうね。新キャベツに、新ジャガイモ。
今年はどんなにおいしいものが食べられるかしら」
「また食べ物の話してる」
「いいじゃない!病院では味気ない料理ばかりだったんだもの!」
二人は道ばたにさく小さな花を見つけ、
冬が過ぎ春が訪れてきているのを感じていた。
しかし肝心なサリアは、道ばたに咲く花よりも
これから収穫されるであろう旬の野菜達で頭がいっぱいのようだ。
別に彼女が食いしん坊であるからと言うわけではない。
どちらかといえば彼女は小食なほうだ。
ただちょうど彼女が退院したてであり、
これであの薄味の病院食から解放されたという
喜びを表現しているだけなのである。
「あら!サリアさん。こんにちは。もう大丈夫なの?」
そんなアリアに対し、老婆が親しげに話しかけてくる。
「?」
だがサリアはその老婆の態度とは対照的に、
まるで始めて出会った時のような困惑をしていた。
「こんにちは、ステラさん。サリア、隣の家のステラさんだ。
よくサリアも夕食にお招きいただいたりしてたんだよ?」
「そうなの?お世話になっております」
「あ!そうだったわね。まだ戻らないんでしたっけ?
ごめんなさいねえ。つい元気そうだったから」
とっさの夫であるルークのフォローにより、サリアは礼儀良く老婆に対して頭を下げた。
そんな彼女の姿をみて、老婆はとても申し訳なさそうな顔をするのであった。
なぜこのようないびつな会話が繰り広げられているかといえば、
それはサリアが記憶喪失になってしまっているからであった。
彼女は転んだ際に、強く頭を打ち付けたらしく、それ以前の記憶が
すっぽりと抜け落ちてしまっている。
次に目が覚めたのは、病院のベッドの上であり、
サリアはなぜ自分がこんな所で寝ているのかどころか、
自身が何者であるのかすら思い出すことができなかった。
当然サリアはひどく困惑し、憔悴することとなった。
彼女は一夜にしてこれまで生きてきた24年の
すべてを失ってしまったのであるのだから当然の反応だ。
しかし過去も名前も忘れてしまった彼女にも唯一の残っていたものがあった。
それは病室のベットの隣に座っていた自身の夫を名乗るルークと、
そんな彼が持つ、彼と自分が共に写った写真であった。
この二つがなければきっとサリアは今も病院で苦しんでいただろう。
そう断言できるほど、優しい夫と、その夫との関係を証明してくれる写真の効果は絶大だった。
サリア自身が覚えていなくともルークが昔の自分について覚えてくれていて
教えてくれるというのは、すべてを失ってしまった彼女にとって大きな支えとなった。
おかげで今、サリアは健康状態そのものは良好である。
ただ、どうしても記憶だけは戻る気配がなかったのであった。
「サリアさん。あなたにとっては知らないおばちゃんかもしれないけど、
私にとってはあなたは大切な子なの。困ったことがあったらぜひ言ってちょうだいね」
老婆がサリアの手を強く握りしめながら言った。
目には涙が浮かんでいる。
サリアはそんな知らぬ老婆の行動に若干戸惑いつつも、
「ありがとうございます、ステラさん。そしてごめんなさい。
きっと、たくさん助けていただいているのに、思い出せなく」
と謝罪をするのであった。
老婆がおかしいのではない。
おかしいのは自分の方であるのだ。
自分をこれだけ大切に思ってくれている人が
いるのにも関わらず、何も思い出せないことに
サリアはただ唇を噛むことしかできなかった。
「いいのよ。あなたが悪いわけではないのだから。じゃあ、私はこれで。またね」
老婆はそう言うと小さく手を振りながら去って行った。
「記憶、戻ってほしいなあ」
サリアは老婆の小さくなっていく姿を見つめながら、ぼそりとつぶやく。
無意識にでた言葉だった。しかしサリアの本音でもあった。
多くの人がサリアの事を見るたびに、声を掛け心配をしてきてくれる。
記憶を失う前の彼女の交友関係はとても広かったようだ。
たくさんのお友達がいるにも関わらず、一人も覚えていないという事実は、
サリアの胸にチクりと痛みを与えてくる。
「焦らなくても大丈夫だよ。それに戻らなくても、今日から思い出を作っていけばいいじゃないか」
ルークはそんなサリアを、やさしく励ますでのであった。
「さあ、かえろうか」
「うん」
サリアは夫と手をつなぎながら帰路につく。
今日から思い出を作っていけばいい。
その言葉が頭に残っていた。
記憶は何時戻るかわからない。
それどころか一生忘れたままなのかもしれない。
でも、そんな分からない事に悩んで、うじうじとしているくらいならば、
その時間で誰かとお話しして、あたらしい記憶を作って行く方がいい。
夫のその優しさに感謝を示しながら、
前を向いて生きていこうとサリアは決意するのであった。
「サリア、そこ凍ってるから気をつけてね」
そんな決意をしていたからか、サリアはルークの
言葉が耳に入ってきていなかった。
そのまま足を前に進め、雪が溶け夜の寒さで
再び凍結したであろう地面を踏みしめてしまう。
「「あ!」」
サリアとルークが同じ悲鳴を上げた。
凍結した大地を踏みしめたサリアの足は、地面を蹴り上げる
ことはかなわず、つるりとすべる。
元々退院したてで、体の筋肉が衰えていたことに加え、
よそ見までしていたサリアに、対処できるだけの余裕はなかった。
サリアの頭と、地面を舗装する石畳が衝突する。
当たりにはゴッ!という鈍い音が響くのであった。
「さ、サリア!?大丈夫かい?」
ルークが慌てた様子でサリアに問う。
「・・・・・・」
しかしサリアはそんな夫の問いに返答することもせず、
石畳に横になりながら、目を見開いて青空を見つめている。
痛いとも叫ばず。ただ淡々と。
ルークはそんな彼女の姿に、違和感を抱き、少し恐怖をいだいた。
「サリア?」
ルークは再びサリアに声をかける。
今度はサリアは反応を示し、目をこちらに向けてた。
青空を見つめていた見開いた目が、今度は夫に向けられている。
そしてほんの少しの間を置いてから、
「痛たあああああああああああ!!!」
と叫び声を上げるのであった。
帰宅後。
サリアの後頭部を見ると、幸いたんこぶが出来た程度で、大きな外傷はなさそうだった。
ルークはケガが無いことを確認すると、ホッと胸をなで下ろしながら、
「気をつけなきゃだめだよ!」
とサリアをきつく叱った。
けれどサリアは自身も転んだことにショックを受けているのか、
浮かない表情を浮かべていたので、叱るのをやめる。
そして彼女を笑わせようと、
「また記憶喪失にでもなったらどうするのさ」
と軽口を叩くのであった。
サリアはそんなルークの言葉に、
「ええ、それは困るわね。次は気をつけるね、ルーク」
と微笑みながら返すのであった。
ルークは彼女がいつも通りであることに安心し、再び胸をなで下ろした。
そしてサリアが転んだ際に感じた違和感は、気のせいであったのだと処理をする。
その処理が、今後彼の運命を大きく狂わすとも知らずに。
おしどりがそのまま人の形をなしたのではないかと
思われるほど、お互いを愛し合っている夫婦がいた。
夫は常に妻の隣から離れずに彼女を見守っている。
「みて、サリア、花が咲いてるよ。もうじき春が来るね」
「そうね。新キャベツに、新ジャガイモ。
今年はどんなにおいしいものが食べられるかしら」
「また食べ物の話してる」
「いいじゃない!病院では味気ない料理ばかりだったんだもの!」
二人は道ばたにさく小さな花を見つけ、
冬が過ぎ春が訪れてきているのを感じていた。
しかし肝心なサリアは、道ばたに咲く花よりも
これから収穫されるであろう旬の野菜達で頭がいっぱいのようだ。
別に彼女が食いしん坊であるからと言うわけではない。
どちらかといえば彼女は小食なほうだ。
ただちょうど彼女が退院したてであり、
これであの薄味の病院食から解放されたという
喜びを表現しているだけなのである。
「あら!サリアさん。こんにちは。もう大丈夫なの?」
そんなアリアに対し、老婆が親しげに話しかけてくる。
「?」
だがサリアはその老婆の態度とは対照的に、
まるで始めて出会った時のような困惑をしていた。
「こんにちは、ステラさん。サリア、隣の家のステラさんだ。
よくサリアも夕食にお招きいただいたりしてたんだよ?」
「そうなの?お世話になっております」
「あ!そうだったわね。まだ戻らないんでしたっけ?
ごめんなさいねえ。つい元気そうだったから」
とっさの夫であるルークのフォローにより、サリアは礼儀良く老婆に対して頭を下げた。
そんな彼女の姿をみて、老婆はとても申し訳なさそうな顔をするのであった。
なぜこのようないびつな会話が繰り広げられているかといえば、
それはサリアが記憶喪失になってしまっているからであった。
彼女は転んだ際に、強く頭を打ち付けたらしく、それ以前の記憶が
すっぽりと抜け落ちてしまっている。
次に目が覚めたのは、病院のベッドの上であり、
サリアはなぜ自分がこんな所で寝ているのかどころか、
自身が何者であるのかすら思い出すことができなかった。
当然サリアはひどく困惑し、憔悴することとなった。
彼女は一夜にしてこれまで生きてきた24年の
すべてを失ってしまったのであるのだから当然の反応だ。
しかし過去も名前も忘れてしまった彼女にも唯一の残っていたものがあった。
それは病室のベットの隣に座っていた自身の夫を名乗るルークと、
そんな彼が持つ、彼と自分が共に写った写真であった。
この二つがなければきっとサリアは今も病院で苦しんでいただろう。
そう断言できるほど、優しい夫と、その夫との関係を証明してくれる写真の効果は絶大だった。
サリア自身が覚えていなくともルークが昔の自分について覚えてくれていて
教えてくれるというのは、すべてを失ってしまった彼女にとって大きな支えとなった。
おかげで今、サリアは健康状態そのものは良好である。
ただ、どうしても記憶だけは戻る気配がなかったのであった。
「サリアさん。あなたにとっては知らないおばちゃんかもしれないけど、
私にとってはあなたは大切な子なの。困ったことがあったらぜひ言ってちょうだいね」
老婆がサリアの手を強く握りしめながら言った。
目には涙が浮かんでいる。
サリアはそんな知らぬ老婆の行動に若干戸惑いつつも、
「ありがとうございます、ステラさん。そしてごめんなさい。
きっと、たくさん助けていただいているのに、思い出せなく」
と謝罪をするのであった。
老婆がおかしいのではない。
おかしいのは自分の方であるのだ。
自分をこれだけ大切に思ってくれている人が
いるのにも関わらず、何も思い出せないことに
サリアはただ唇を噛むことしかできなかった。
「いいのよ。あなたが悪いわけではないのだから。じゃあ、私はこれで。またね」
老婆はそう言うと小さく手を振りながら去って行った。
「記憶、戻ってほしいなあ」
サリアは老婆の小さくなっていく姿を見つめながら、ぼそりとつぶやく。
無意識にでた言葉だった。しかしサリアの本音でもあった。
多くの人がサリアの事を見るたびに、声を掛け心配をしてきてくれる。
記憶を失う前の彼女の交友関係はとても広かったようだ。
たくさんのお友達がいるにも関わらず、一人も覚えていないという事実は、
サリアの胸にチクりと痛みを与えてくる。
「焦らなくても大丈夫だよ。それに戻らなくても、今日から思い出を作っていけばいいじゃないか」
ルークはそんなサリアを、やさしく励ますでのであった。
「さあ、かえろうか」
「うん」
サリアは夫と手をつなぎながら帰路につく。
今日から思い出を作っていけばいい。
その言葉が頭に残っていた。
記憶は何時戻るかわからない。
それどころか一生忘れたままなのかもしれない。
でも、そんな分からない事に悩んで、うじうじとしているくらいならば、
その時間で誰かとお話しして、あたらしい記憶を作って行く方がいい。
夫のその優しさに感謝を示しながら、
前を向いて生きていこうとサリアは決意するのであった。
「サリア、そこ凍ってるから気をつけてね」
そんな決意をしていたからか、サリアはルークの
言葉が耳に入ってきていなかった。
そのまま足を前に進め、雪が溶け夜の寒さで
再び凍結したであろう地面を踏みしめてしまう。
「「あ!」」
サリアとルークが同じ悲鳴を上げた。
凍結した大地を踏みしめたサリアの足は、地面を蹴り上げる
ことはかなわず、つるりとすべる。
元々退院したてで、体の筋肉が衰えていたことに加え、
よそ見までしていたサリアに、対処できるだけの余裕はなかった。
サリアの頭と、地面を舗装する石畳が衝突する。
当たりにはゴッ!という鈍い音が響くのであった。
「さ、サリア!?大丈夫かい?」
ルークが慌てた様子でサリアに問う。
「・・・・・・」
しかしサリアはそんな夫の問いに返答することもせず、
石畳に横になりながら、目を見開いて青空を見つめている。
痛いとも叫ばず。ただ淡々と。
ルークはそんな彼女の姿に、違和感を抱き、少し恐怖をいだいた。
「サリア?」
ルークは再びサリアに声をかける。
今度はサリアは反応を示し、目をこちらに向けてた。
青空を見つめていた見開いた目が、今度は夫に向けられている。
そしてほんの少しの間を置いてから、
「痛たあああああああああああ!!!」
と叫び声を上げるのであった。
帰宅後。
サリアの後頭部を見ると、幸いたんこぶが出来た程度で、大きな外傷はなさそうだった。
ルークはケガが無いことを確認すると、ホッと胸をなで下ろしながら、
「気をつけなきゃだめだよ!」
とサリアをきつく叱った。
けれどサリアは自身も転んだことにショックを受けているのか、
浮かない表情を浮かべていたので、叱るのをやめる。
そして彼女を笑わせようと、
「また記憶喪失にでもなったらどうするのさ」
と軽口を叩くのであった。
サリアはそんなルークの言葉に、
「ええ、それは困るわね。次は気をつけるね、ルーク」
と微笑みながら返すのであった。
ルークは彼女がいつも通りであることに安心し、再び胸をなで下ろした。
そしてサリアが転んだ際に感じた違和感は、気のせいであったのだと処理をする。
その処理が、今後彼の運命を大きく狂わすとも知らずに。
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