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231 騎士と鞭と騎士
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「……なるほど……。騏驥が……鞭に……」
レイゾンが語った話を聞き終えると、その美貌の騎士は小さく呟き、何事か考えるような表情で——しかし慣れた優雅な仕草でレイゾンから鞭を受け取った。
傍らでは、彼の騏驥が立ったまま足だけで器用に白羽の猫と遊んでいる。
この騏驥は、五変騎の一頭にして、際立って優れた能力とずば抜けた見た目の良さを誇っていることで有名な騏驥だが、同時に、騏驥の間でも騎士の間でも「近寄らないほうがいい」と言われているいわく付きの騏驥だ。
その噂は白羽でさえ耳にしたことがあるぐらいで、だから間近にした時には警戒してしまったのだが……。なんと、猫とは相性がいいようだ。
騎士と共に彼が現れた途端、どこかで遊んでいた白羽の子猫がすぐに姿を見せ、じゃれるように足元に纏わりつき始めた。
当初、白羽は騏驥に煩がられて蹴られでもしたらどうしようと内心はらはらしていたのだが、それは全くの杞憂だった。騏驥は特に表情を変えることなく——しかし鬱陶しがることもなく、猫をじゃらしている。
(変な騏驥……かも)
白羽は、猫と遊んでいる騏驥と同様に、自らの騎士の背後に静かに控えながら、ついじっとその騏驥を——この世で唯一の三つ輪の騏驥を見つめる。
今まであまり他の騏驥と関わって来なかった身ではあるが、それでもこの騏驥が「他とは違う」ことは感じられる。纏っている雰囲気というか気配が違うのだ。それは、普通は一つだけのはずの「輪」が三つあるせいだからというだけでも、隻眼だからという理由だけでもない気がした。
変な話だが、魔術師の気配に近い気がするのだ。
白羽の身体を診てくれていたあの魔術師のような……。
白羽自身、ティエンの影響を受けているため魔術との距離感に関しては他の騏驥とは少し違うのだが、緑の騏驥はそれ以上に異質な感じがする。
(こんな特異な騏驥を従えている騎士……)
白羽は、視線を騏驥からその騎士に移す。
見るからに男っぽく逞しいレイゾンとは対照的なしなやかな体躯だが、佇まいには隙がなく、座って鞭を矯めつ眇めつしている時でさえ、彼が非凡な騎士だということを伝えてくる。流れるような黒髪に凛とした黒い瞳。
そんな騎士——五変騎の一頭である「狂悦の緑」の主と、白羽の主であるレイゾンが今回、こうして屋敷の木陰で一緒にお茶を飲んでいるのは、他でもないレイゾンがかの騎士を招いたためだった。
今朝、レイゾンは白羽の部屋で朝食を共にしたのち、他の騏驥たちの調教のために城の西の厩舎へ向かった。
(ちなみに白羽の調教はなかった。夜通し睦み合っていたため身体を案じてくれたのだ。だが騏驥は休みすぎると具合を悪くするため、そうならないように放牧場を使って自主的に走っておくように言われた)
その際に騎士と顔を合わせたため、礼を言うとともに、気になっていたことを訊くために、午後に屋敷に来てもらえないかと頼んだようなのだ。
レイゾンが気になっていること。
——自身の鞭のことを。
霊廟でティエンの声を聞き、白羽は彼に言われるままレイゾンの鞭に触れた。ただその後、今まで特に変化らしい変化は感じられてはいなかった。
レイゾンも——白羽もだ。
だから白羽はあまり気にしていなかったのだが、騎士であり、その証とも言える鞭に対しては特別な思いを抱くレイゾンはそうではなかったようだ。
たまたま顔を合わせたのを幸いとばかり、騎士の中でもとりわけ鞭に詳しいこの騎士に、相談を持ちかけたようだった。
何か変化はあるのだろうか。
変化の予兆だけでもあったりするのだろうか。
このまま使っていても大丈夫だろうか。
保管や手入れの方法など、気をつけた方がいいことはあるだろうか……。
——そうした諸々のことを。
そして改めて昼食後に屋敷に招待し、騎士がやってきたのがさっき、というわけだ。
レイゾンに白羽の好みを聞いたからなのか、手土産には干し果実を持って。
黒髪の騎士は、一旦鞭を置くと、ふっと息をついてお茶を飲む。
そして「確認のために幾つか質問させて下さい」と前置きすると、レイゾンと白羽とのこと、魔獣と戦った時のことなどをさらに詳しく訊き始める。
その最中も、三つ輪の騏驥は相変わらず猫と遊んでいる。
飲み物の入った玻璃杯を手に木に軽く寄りかかった格好で、身体を駆け上ってくる猫にされるままになっている。白羽はハラハラするが、猫は全く気にしていない様子で、騏驥の脚に飛びついたかと思うと、衣を伝って肩まであっという間に駆け上り、かと思うとまた駆け降りるのを繰り返している。
(わたしにもあんなことはしないのに……)
よほど猫に好かれる騏驥なのだろうか?
白羽が思っていると、
「白羽さまも何かお飲みになりませんか」
騎士たちの給仕をしているサンファが、白羽にも尋ねてきた。
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