上 下
229 / 239

224 屋敷へ戻って(2)

しおりを挟む




 その日の夕食は豪華なものだった。
 と言っても、レイゾンがあまり食にこだわりがないからか、特別豪華な飾り付けがされていたり、滅多に見ない料理が出されたわけではないが(そういうのはヨウファンの屋敷での料理に多かった)、屋敷の使用人たちの思いが伝わってくるような——変わらずレイゾンが主人であることを喜んでいるのか伝わってくるような、そんな料理だった。

 遠征から戻ってきてからも今日までバタバタしていたから、「初遠征の無事の成功」をようやくゆっくり祝えるという気持ちもあったのかもしれない。
 いずれにせよ、皆のそうした気持ちはありがたく、レイゾンも感激しているようだった。

 ただ、白羽はといえば、いつもと同じように自室で自分の分の食事を摂るつもりだったはずが、レイゾンに呼ばれて食堂で一緒に夕食を食べることになったのには少し驚いた。
 騏驥は、人の姿であっても騏驥だ。だから食べるものは「食事」というより「餌」で、そのため、騎士は普通騏驥を同席させることはない。
 遠征中で野営している時や、親しい間柄の騎士と騏驥が二人だけでいる時、もしくは宴席での”添え物”扱いならともかく、給仕がいるような食事に同席させることは、普通はない。

 にもかかわらず、レイゾンは「今日ぐらいいいだろう」と白羽を同席させた。

『お前のおかげで、俺は王都に戻ってくることができたのだ』
『それを喜ぶ食事なら、お前と一緒で当然だ』

 ——そう言って。

 白羽としては、使用人たちがどう思うかと心配だったが、レイゾンのそうした型破りな振る舞いは、思いのほか受け入れられているようで、気づけば白羽も思っていた以上にリラックスして食事をすることができた。

 騎士らしい騎士ではないレイゾンだが、使用人たちに対して横柄だったり、傲慢な態度を見せるようなことはないためだろう。慕われているようだ。






(豪快な食べぶりも見ていて気持ちが良かったし……)

 食事を終えて部屋に戻った白羽は、湯に浸かりながら先ほどのことを思い出す。

 二人で野営していた時も思ったが、レイゾンは健啖家だ。白羽は食が細い方だから、彼が食べる様子を見ているのはとても楽しい。決して礼儀正しいばかりではないけれど、美味しそうに食べているのを見ていると、そんな細かいことはどうでもよくなってくるのだ。
 
 そして食事のことを思い出したのをきっかけに、今日起こったさまざまなことが思い出された。
 
 城での出来事——レイゾンから伝えられた想い——そして……。






[ティエンさまにお会いしたよ]

 湯あみを終えてサンファに身体を拭いてもらい、寝衣に着替えると、白羽は寝台に腰を下ろし、さらりとそう書いてサンファに見せる。
 
「それは……」
 
 一言零して絶句した侍女に、[会えたと思ってる]と、さらに書いた。

 実際に姿を見られたわけじゃない。
 けれど、確かに「居た」と感じられた。声が聞こえて——幸せだった。
 
[お前に、ひとつ尋ねたいのだけれど]

 白羽は、昼間の出来事を思い出しながら更に書いてサンファに見せる。
「なんでしょうか」と応じた彼女に、自分が見聞きしたこと、そして疑問に思っていたことを伝える。
 ティエンが、白羽に促してくれたことを。

[ティエンさまの力について、お前はどれほどのことを知っていたの? 猫のことといい……今回の鞭のことといい……]

「…………」

 すると、サンファは気まずそうに少し黙る。
 しばらくして、ゆっくり口を開いた。

「猫のことは『おそらく』程度です。陛下が使い魔として可愛がっておられたうちの一匹なのだろう、と……。白羽さまもご存じかと思いますが、陛下はいっとき、白羽さまのためとご自分のために、あれこれと魔術をお試しになっておられましたから……。それと……鞭のことは……」

 再び僅かに黙り、サンファは続ける。

「少しだけ……少しだけ聞いておりました。全てではありません。鞭だということも、はっきりとは聞いておりません。ただ……こうおっしゃっていました。

『考えてもごらん。わたしがあの子になにかしらの力を与えるとしても、それが明らかになってしまえば、あの子は野心ある騎士たちに翻弄される。それは避けたい。あの子が選べるようにしたいのだ。自分の未来を。自らの騎士を。……黒い騏驥ほどではないにせよ、あの子にも少しは……自由を与えたい』

 と……。
 ただ、それがどういうことなのかは、わたくしにも解らずじまいでした……」

[……そう……]

 白羽は頷く。
 それで色々と、腑に落ちた。

 どうして自分がレイゾンを護れたのか。
 もっと言えばどうしてレイゾンを探し当てることが出来たのか。
 どうしてレイゾンには気持ちが伝わるのか。
 そんな、レイゾンと自分に関わる諸々のことについて。


 それは、彼が、いつのまにか白羽の影響を受けたからだと思っていた。
 一緒にいるうちに、ティエンからの魔術の影響を受けていた白羽の影響を受けたためだろう、と。

 けれどそれは完全な正解ではなかったのだ。
 なぜなら白羽からの影響は、レイゾンにしか表れなかったのだから。

 確かにレイゾンは白羽の影響を受けた。
 だがそれは、白羽が”そう”望んでいたからだ。
 他の誰に対してでもなく。

 気付かぬうちに、彼を望んでいたからだ。選んでいたからだ。
 自分の騎士だ、と。

 だから。

 彼との間にだけ、特別なつながりが表れるのだ。
 彼を護れるような、そんな不思議な力が使えたのだ。
 
「……白羽さま……?」

 黙ってしまった白羽を不安に思ったのだろう。
 サンファがそろそろと声をかけてくる。白羽は、なんでもないよ、と微笑んだ。

[色々と……色んなことがわかっただけ。でももう隠し事はなしだよ。——ないよね?]

 軽く睨むようにして書いたものを見せると、サンファは慌てたようにこくこくと頷く。
 しかし直後、何か言いたげに口を開きかけた時。
 扉を叩く音がした。

 ——レイゾンだ。

 彼はサンファが開けた扉から入ってくると、彼女に向けて、

「今夜はもう下がれ」

 と短く告げる。

 扉が閉まる。
 

 二人だけになった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

処理中です...