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208 騏驥と騎士
しおりを挟む◇ ◇ ◇
レイゾンと別れると、白羽は足早に城の奥を目指した。
ティエンが眠る霊廟を目指してのことであるが、同時に、とにかく少しでも早く人の少ないところへ——なるべく人の目に触れないところに行きたかったのだ。
理由は単純。
一人でいると、否が応でも目立ってしまうためだ。
騏驥は通常、厩舎地区以外では一人で行動しない。してはいけないわけではないが、騏驥が何か問題を起こせば、連れてきた/連れていた騎士がその責任を全て負うことになるためだ。
だから城の中のようになにが起こるかわからない場所では、騎士は騏驥を放したりしない。
城の中は遠征先のように何かと戦ったりするような危険な目に遭うことはまずないが、”騏驥は騎士に逆らってはいけない”という大原則があるため、騏驥にとっては戦さ場と同じぐらい”なにが起こるかわからない”場所だからだ。
それは流石の白羽でも知っていることだし、特に白羽は目立つ。
街で騎士たちに絡まれたように(まああの時は白羽の方が我慢できずに飛び出してしまったわけだが……) 、もし白羽やレイゾンに悪意のある騎士や官吏に出会してしまうと厄介なことになってしまう。
レイゾンに迷惑をかけることだけはしたくなかった。
今日、こうして城へ連れてきてくれて、自分を信頼して一人になることを許してくれたレイゾンだから。
(っと……)
白羽はできる限り感覚を研ぎ澄ませると、前から、背後から人が近づく前にそっと隠れる。柱の後ろに。扉の影に。
そんな風にして段々と内埒の奥まで進むと、心なしか空気が変わる。
(ああ……)
懐かしい。
霊廟の正確な場所は、実は白羽も知らない。
だがいつも何かに導かれるように訪れることができた。
行きたいと——会いたいと望むだけで。いつでも。
そして気のせいか、それまでと違い、辺りの人たちが白羽に気づいていない様子だ。もちろん避けることは続けているのだが、なんというか……まるで白羽の姿は見えていないようなのだ。
城の奥深くへ近づけば近づくほどに。
(これも魔術の力なのだろうか……)
思い返せば、今までティエンの霊廟を訪れていたときも誰に咎められることもなかった。あの頃は「皆、自分を避けているのだろう」「誰も自分に近づきたがらないのだろう」と思っていたけれど……。
もしかしたら特殊な結界の中にでもいたのだろうか。
——わからない。
でも。それも、もう。
白羽は城の廊下をゆっくりと進む。
足の向くままに。心の向くままに。呼ばれるように。
——大切な人の眠る、その場所へと。
◇ ◇ ◇
部屋に入り礼儀通りに片膝をついて挨拶すると、執務中とおぼしき王は机の向こうから「立て」と軽く手を振る。が、視線は相変わらず机の上に向けられたままだ。
次々と置かれる書類に比べれば、レイゾンから報告を受けることも、その後に告げることにもさして興味はないということなのだろう。王にとっては既に下知したこと——決定していることなのだから。
(そう——させるわけにはいかぬ)
レイゾンは淡々と報告を続けつつ、内心では自分を励まし続ける。
そう言えば、王に拝謁するのは久しぶりだ。
だがあまり緊張していない。執務用の場所の一つらしい豪華で重厚感のあるこの部屋に入っても、思っていたよりは平気だった。
もっと硬くなって口も回らなくなるかと思っていたが、不思議なものだ。むしろ、背後に控えているマルモア卿の存在の方に緊張してしまう。
(俺なりに度胸がついたということだろうか)
…………まあ、魔獣と闘った後だからな。
レイゾンは胸の中で呟く。
名前だけの騎士ではなく、遠征に出て、思いがけずとはいえ闘いに臨んで、仕事をしたあとだからかもしれない。
場数を踏んだのがよかったのだろう。
それに、以前城に来た時に比べれば、騏驥とも——白羽とも信頼関係が築けていると思う。それがあるから、きっと動揺することも狼狽えることもないのだろう。
前回城を訪れたときのことは思い出したくもないが、確かにあの時の自分は未熟だった。
今なら、あのときGDが言ったことがよくわかる。
『騎士にとって一番重要で価値のあるものは騏驥だ』
その通りだ。
「——でございました」
そうして、どのくらい経っただろうか。
レイゾンはひとまず滞りなく警護の任務の報告を終える。
ややあって、王がやっと顔を上げた。
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