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184 重なる思い出

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<薬がいいのです、きっと。お墨付きのようですので>

 だから白羽は、代わりにさりげなく話題を逸らす。
 と、レイゾンは「そうかもしれないな」と頷いた。

「ヨウファン殿には、戻ったら礼を言わねばな……。だがこの治りの早さは薬のおかげだけではないだろう。傷口に貼っている符といい、昨日から飲んでいる煎じ薬といい……お前が手を尽くしてくれている。特にあの苦い薬は、お前が摘んできてくれたものだろう」

<……なぜ……>

 目を瞬かせる白羽に、レイゾンは洞窟の入口の方に向けて顎をしゃくって見せた。

「明け方、おまえが外から戻ってくる気配があった。どうしたのかと思っていたが……しばらくしたら薬を煎じる香りがしていたからな」

<お、起こしてしまって申し訳ありません……>

 白羽は小さくなって謝った。
 確かにレイゾンの言った通り、彼に使っている薬のうち飲み薬の一つは、この近くで採った薬草を使ったものだ。入り口の符を貼りなおしているときにちらりと見えて、気になってレイゾンが眠っている間に摘みに行った。
 こっそり行ったつもりだったのに、バレていたとは。

 しかしレイゾンは謝罪する白羽に対し「なにを謝ることがある」と首を振る。

「礼を言いこそすれ怒る気も叱る気もない。……感謝している。ただ、えらく苦いがな」

 その分、効いているのだろう。

 寝乱れた髪をかきあげながら笑って言うレイゾンにつられるように、白羽も微笑む。
 水の粒を差し出すとレイゾンは「ありがとう」とそれを飲んだが、直後、ふと白羽を見て、眉を寄せた。

「お前はちゃんと水を摂っているのか? 食べ物も……」

<大丈夫です。いざという時に動けるだけの体力は残してあります>

「……本当か? お前は誤魔化そうとするが、俺を探すためにずいぶん走り回っただろう。しかも会ってからはずっと俺の治療だ。疲れているだろう?」

<平気です。そんなに走ったりしてませんから。それに、レイゾンさまを見つけられて、疲れなんてなくなりました>

 元気ですよ、というように微笑んだが、レイゾンは難しい顔をしたままだ。

「……そうか?」

 そして言うなり白羽の手を掴むと、まじまじと見る。
 白羽は慌ててその手を引いたが、しっかりと見られてしまったようだ。レイゾンの口から溜息が溢れた。

「その手で『そんなに走ったりしていません』——か?」

 指先のことを言っているのだろう。馬の姿の時の前脚——蹄。ずっと走っていたために荒れてしまっている。

<……これは……>

「脚もそうだ」

<あっ——>

 そしてレイゾンは、嘘がバレて慌てる白羽の脚をも捕まえると、再び長い溜息をついた。

「こんなになるまで駆けて……お前のほうこそ薬が必要だろう」

<つ、使っています。爪の保護と、炎症を予防する……っ……!>

 刹那、掴まれた足をぐっと揉まれ、痛気持ちよさに声が詰まった。
 レイゾンは巧みに白羽の足や脚に触れる。労わるように撫でたかと思えば、ほぐすように揉み、されるたび、白羽の身体からは力が抜けてしまう。

<レ、レイゾンさま……>

「じっとしていろ。世話を焼かれるだけでは性に合わん」

<でも、まだお身体が……>

「いいからおとなしくしていろ。少し前までならともかく、治療してもらってからは、この程度動いたところで傷に障りはしなて」

 そしてレイゾンはゆっくりと白羽の脚を揉み続ける。
 騎士に——しかも怪我を負っている騎士にこんなことを……思うと申し訳なさに居た堪れない。しかしその反面、気持ちが良くて堪らないのも事実なのだ。
 
(なんだか……懐かしい……)

 されるままになりながら、白羽は「いつかも同じことがあった」と思い出す。
 昔——まだレイゾンに対して警戒心と反抗心を抱いていた頃だ。彼もまた白羽を嫌っていただろう。なのに、白羽が慣れぬ調教で疲労を溜めたことを気にして、丁寧に脚の疲れを解してくれたのだ。
 思えば、あの頃から彼は不器用で優しかった。

「……懐かしいな」

 すると、ポツリと呟くようにレイゾンが言った。
 
「以前もこうしてお前の脚を揉んでやった。確か調教で無理をしてコズミが出た時だ」

<同じことを、思っていました>

 白羽が言うと、レイゾンは手元に落としていた視線を上げる。目が合うと、「そうか」と微笑んだ。

「懐かしいな。もうずいぶん昔のことのようにも思える。……思えば、あの頃から俺は……」

 しかし、続けた言葉は最後まで聞こえない。
 白羽が目を瞬かせると、レイゾンは「なんでもない」と曖昧に笑う。

 そして揉んでいた脚を離すと、「そっちも」と手を差し出してくる。
 もう一方の脚も、ということだろう。
 白羽は躊躇ったが、レイゾンは手を引っ込める気はないようだ。
 仕方なくそろそろと出すと、レイゾンは満足そうに取り、再び揉み始める。

 やはり力加減が絶妙だ。
 その心地よさにうっとりしていると、おもむろに、

「……そろそろここを動いたほうがいいと思っている」

 静かにさりげなく、しかしはっきりとレイゾンが言った。
 揉んでいた白羽の脚を離すと、じっと見つめてくる。既に決心している表情。しかし白羽はすぐには応じられなかった。

<ですが、まだお身体は……>

「全快ではないにせよ、回復している。食料ももう尽きる頃なら——頃合いだ」

<…………>

「それにそろそろ街の役人たちも動く頃だ。だとすれば街に着く前に合流できる可能性も高くなるし、そうなれば俺たちももう安全だ」

<動くでしょうか……>

 レイゾンの探索を始めていた様子もなかった人たちなのに、と白羽が少し不満げにいうと、レイゾンは苦笑して続けた。

「彼らがすぐに動かなかったのは、おそらく魔術師の到着を待っていたためだろう。領主のところからやって来るのか王都からかはわからないが……。そのぐらい魔獣やその背後を警戒しているということだな」

<でしたら、危険ではありませんか?>

 我々だけで動くのは。
 そんな白羽の言葉に、

「半分は賭けだな」

 レイゾンは笑って肩を竦める。

<そんな! めちゃくちゃです>

「まあな。だが賭けるならこの機だ。これ以上長引かせてもいいことはない」

<…………>

 白羽はレイゾンの言葉を反芻する。と同時に今の自分たちの状況も。
 確かに食べるものがなくなれば、すぐに命がどうこうということはないにせよ、せっかく傷は治ってきても体力は落ちる一方になる。
 
 ここを出て街へ戻るには、今がいい機会なのかもしれない。

 幸い、今し方レイゾンがマッサージしてくれたおかげで脚の疲労は軽減されている。彼を乗せて思い切り走れれば、魔獣も怖くないだろう。

(もしかして、それを考えて……)

 ケアしてくれたのだろうか。
 騏驥の状態を万全にしておくことも騎士の技量と言うが……。やはりレイゾンは大したものだ。

「夜が明けたら出る」

 きっぱりと言うレイゾンに改めて尊敬の念を抱きつつ、白羽は<わかりました>と、しっかりと頷いた。

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