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181 騎士と騏驥、再び

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 ◇




 傷の痛みと全身の熱。倦怠感でずっと意識が朦朧としていた。
 何日経ったのか、それとも思ったほど時間は経っていないのかもよくわからない。
 魔獣を避けるために魔術石と符で結界を張ったが、あれでよかったのだろうか。
 当初は、少し休めば身体も回復するだろうからそれから街へ戻るなりすればいいと思っていたのだが。

(このままじゃ難しいかもしれないな……)

 レイゾンは、起きあがろうと試みては叶わない自身の重たい身体に顔を顰めながら思う。
 これでは、街に戻るどころかここを出ることすら難しそうだ。

 誰かに見つけてもらえればいいが、それは叶うだろうか?
 身体も動かず、結界も張ったままで。
 かといって、今更結界を解ける気がしない。入り口まで動いて術を解くほどの体力があるとは思えなかった。

 そもそも、魔獣が現れた一件はどこかに——誰かに伝えられただろうか。
 ユゥたちは本当に逃げおおせただろうか?

(もし誰もなにも知らないままなら、俺は——)

 ——死ぬのだろうか。
 俺は。ここで。
 助けではなく、ここでただ死の訪れを待つだけになるのだろうか?

(…………)

 想像すると、ため息が出た。
 不思議と恐怖はない。
 が、後悔はあった。

 ユゥを悲しませてしまうのではということ。
 そして何より、今に至るまで何度も何度も思い描いた面影。
 ただ一頭の騏驥。

「白羽……」

 胸の中で何度も繰り返した名前を我知らず呟いた時。
 目の前を、何かがひらりと舞った。
 白い何かが。

 幻影のように。
 残像のように。

 あの日。
 初めて出会った日。
 魂を射抜いていった、あの——。
 白い光。


 思わずそれに手を伸ばす。
 触れた、と感じた次の瞬間——。


 





<レイゾンさま!!>

 符が反応を見せるや否や駆け出し、たどり着いたそこには、果たして。
 消えそうな灯りの傍、ぐったりと倒れ伏したレイゾンの姿があった。 

 血の香りに咽せそうになる中、白羽は安堵と恐怖の入り混じった想いでその身体に取りすがると、揺さぶらないように気をつけつつも夢中で名を呼び続けた。
 心音は感じられる。よかった。けれど熱い。身体が熱すぎる。血のこびりついた服。手には符。気づいて触れてくれたのだ。
 でも。

<レイゾンさま! レイゾンさま……っ!>

 弱り切っているのが見て取れる。
 あんなに逞しく剛健だった方が——。

<レイゾンさま……!>

 息もある。けれど目を覚まさない。
 ユゥが屋敷に戻ってきた時から考えると、怪我を負ってから約三日経っている。ずっとここにいたのだろうか。
 怪我を負った身で、一人で——こんなところで。

 それを想像すると、痛ましさに胸が引き絞られるようだ。
 もっと早く自分が見つけていれば……。
 自分の不甲斐なさを思うと涙が込み上げてくる。

 見たところ、傷は最低限の怪我の治療はしているようだ。だが未だ傷口か塞がっていないということは、鏃に毒が塗られていたか、魔術が込められていたのだろう。

 白羽は、いつの間にか胸元から飛び出していた猫の身体から袋を取ると、中身を空けて薬を探す。
 と、その時。

「ぅ…………」

 低い呻きのような声が、レイゾンの口から溢れた。

<! レイゾンさま!>

 白羽は即座にレイゾンの顔を覗き込む。
 息を詰め、祈りを込めて見つめていると、やがて、その瞼がゆっくりと上がった。
 そして白羽を見つめると、

「……白羽、か……?」

 掠れた声で、ポツリと呟くように零す。

<レイゾンさま!!>

 白羽は震えるような嬉しさと安堵を覚えながらレイゾンの名を呼ぶ。しかし彼の意識はまだ朦朧としているようだ。白羽を見ているようで見ていない。

「……夢、か……? あいつは街にいる……はずで……」

 譫言のように呟く。
 白羽は堪らずレイゾンの手を取ると、

<レイゾンさま! わたくしです!! ここに——>

 ここにいます——。

 伝わるようにと願いながら叫ぶようにして告げる。
 両手で包み込んだ手を強く——強く握り締めると、虚ろだったレイゾンの目に徐々に生気が戻ってくる。

 ややあって、ゆっくりと手を握り返された。
 感触を確かめるかのように、じわじわと力が込められていく。
 白羽は、黙ったままされるままになって応えた。
 涙が溢れて、レイゾンの手に落ちる。

「……白羽……」

 確認するように、噛み締めるようにレイゾンが呼んだ。

「白羽、なのか……? 本当の……本物の……夢ではなく……」

<わたくしです。レイゾンさま。見つけられてよかった……よかった……ご無事で……>

 しっかり答えなければと思うのに、声が震えてしまう。
 意識が戻ったことに安心したせいで涙が止まらない。

 もう離れたくなくて、きつく——きつく手を握りしめると、レイゾンが微かに笑む。見慣れていた頰の傷が緩やかに歪む様子を目にするだけで、堪らなく嬉しい。

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