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 彼は白羽自身よりずっと、白羽のことを気にしてくれている……。
 改めてそれを感じると、湧きかけていた不満も鎮まっていく。それどころか、彼の優しさにしみじみと感じ入ってしまうほどだ。
 見た目は強面で——実際、不器用で無骨な人なのだけれど——けれどその内側には違う一面を持っている人。
 街を歩いている時だって、白羽の容姿が特異なせいで周囲の人目を引いていたけれど、レイゾンはそんなこと気にせずいつものように振舞ってくれていた。だから白羽も必要以上に緊張せずに済んでいたのだ。
 
「……触れた感じでは、今のところ異常はないようだな。違和感もないか?」

 すると、レイゾンが白羽を見上げて尋ねてくる。
 思わぬ近くから見つめられ、白羽は思わず身を引いてしまいそうになり、辛うじてとどまる。戸惑いつつも小さく頷くと、レイゾンは「そうか」と安堵したように頷いた。

「ならいいが、もし何か感じたらすぐに言え。注意するに越したことはない。いつもならなんでもないことでも、ずっと走ってきて疲れていたら怪我につながりかねないからな」
 
 白羽が再び頷くと、レイゾンは白羽の足に履き物を履かせてくれる。
 そして立ち上がると、行き交う人波に目を向けた。
 ひとしきりぐるりと見ると、ふむ、というように口元を軽く歪める。

「しかし本当に人が多い。この人の多さでは、さっきのように立ち止まるのは危ないな。かといって歩きながらでは書きづらいだろう……。どうしたものか……」

 レイゾンは頭を掻きながら、辺りを見回している。
 白羽のことを考えて、なるべく人の少ないところを探してくれているのだろう。そこを通って行こうとしてくれているのだろうが、そんな都合のいいところはなさそうだ。
 道の真ん中はもちろん人が大勢行き交っているし、かといって端は店に出入りしている人たちがいる。どちらも、立ち止まれば周りの迷惑になるに違いない。今だって、近くの店の人が心なしか迷惑そうにこちらを見ている。
 
 レイゾンは思案顔だ。
 考えているような困っているような顔で、道を、街を、そして今歩いてきた方向を見つめている。
 屋敷に戻ろうと——思っているのだろうか? 

(嫌だ……)

 その瞬間、白羽の胸に浮かんだのはその言葉だった。
 
 もし屋敷に戻れば、ヨウファンを気にしなければならないだろう。屋敷にいる使用人たちを気にしなければらないだろう。
 レイゾンと一緒にいるところを見られて不都合があるわけではないけれど、やはり他人の屋敷だ。どうしても落ち着かない。
 ヨウファンとレイゾンの関係が曖昧な様子なのも——白羽にはよくわからない様子なのも気になっている。そのせいで、なんとなく居心地が悪いのだ。騏驥用の厩舎まで用意してくれていたヨウファンにこんな想いを抱くなんて、申し訳ないとは思うのだけれど……。

 できるなら、レイゾンと二人でいたい。
 もう少し二人でいたい。
 ここで——他の誰もいないところで。昨日までのように。
 三日にも満たなかったけれど、二人で旅した時間はとても幸せだったから。
 
 思えば、彼とはいつもこんな感じだ。
 最初の印象は悪くても、知るほどにその印象が変わっていったように。
 だから”あんなこと”があった後も、彼の騏驥でい続けている。
 この街への道中だってそうだ。当初は不安で堪らなかった。けれど彼が付いてくれていると思うと——彼と一緒だと思うと、いつしか楽しく感じられた。
 今だって……。

 白羽は、いつしかギュッと拳を握りしめて、レイゾンを見つめる。
 こんな気持ちを抱くのが不思議だ。
 不思議だけれど——けれど偽りのない思いだ。

 胸がドキドキする。
 ……ドキドキする。

 けれど彼が「戻ろう」と言う前に伝えたい。
 
 耳の奥で、自分の鼓動の音がする。辺りの人の声も聞こえなくなるほどだ。
 白羽は意を決すると、そろそろと手を伸ばす。
 思い切って、レイゾンの衣の端をぎゅっと掴んだ。 
 
「!? 白羽?」

 レイゾンは驚いたように白羽を見る。
 
「どうした。やはり足が痛くなったか?」

 しかしその問いかけに、白羽は首を振る。
 そしてレイゾンを見上げたまま、彼の、その手にそっと触れた。

<大丈夫です>

 途端、レイゾンが驚いた表情で目を丸くした。
 触れたからなのか、それとも、白羽の気持ちがやはり伝わったからだろうか?
 レイゾンはドギマギした様子で何か言いかけるように微かに口を開けたが、なにも言わない。
 代わりに、白羽が言葉を継いだ。

<……わたしの気持ちは、伝わっておりますか?>

 尋ねると、レイゾンはぎこちなく頷く。まだ「信じられない」という顔をしている。
 白羽だって、信じられない。
「お前と触れ合うと気持ちが伝わってくるようだ」とレイゾンから伝えられて以来、以前にもまして、彼に触れられることを避けていた。気持ちを探られることが怖かったからだ。どのくらい伝わるのかもわからなかったから。
 触れることだってもちろんなかった。
 そんな必要はなかったからだ。言いたいことがあれば書いていた。不便だと解っていても、すぐさま伝えられないことをもどかしく思っていても、声が出ない以上、それしか方法がなかったから。
 でも——。

 白羽はますます大きくなる心臓の音を聞きながら、レイゾンに向けて続ける。

<街中では書いて話すことが難しそうなので、話したい時に、わたしから触れるというのはどうでしょうか。今のわたしのこの気持ちも、伝わっていますか?>
 
「……ああ」

 レイゾンが応える。今度は声を出して。噛み締めるように。しみじみと喜ぶように。
 白羽をじっと見つめて。
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