131 / 239
126 説明できない——けれど
しおりを挟む「レイゾンさま……あの……白羽さまになにか……」
サンファがおずおずと声をかけてくる。尋ねられてもいないのに声をかけるなど無礼——とはいえ白羽のことだから我慢が出来なかったのだろう。
レイゾンはそんなサンファの気持ちを熟知しているため、怒りはしなかった。が、返す言葉に迷う。
結果、ありのままを話すことにした。
「……まだはっきりとしたことはわからぬ。俺の勘違いかもしれぬからな。だが……もしそうでないなら、俺は白羽の考えていることがわかるようだ」
「!?」
サンファの口から、言葉になっていない声が零れた。しかもその表情はと言えば思い切り怪訝そうなそれ。レイゾンが眉を顰めると、サンファは慌てて表情を作った。
「…………それは……どういう……」
なんと尋ねればいいのかわからない様子で、サンファが重ねて尋ねてくる。レイゾンは口籠った。自分でも訳の分からないことを言っている自覚はあるのだ。が……。
(そう、としか説明が出来ぬ……)
レイゾンは自身の拳をぎゅっと握りしめる。
そして先刻の体験を説明した。
「先ほど、店の前で気を失う前、白羽は俺に縋ってきた。不安から解放されてほっとしたのだろう。もしくは緊張が頂点に達していたか……。そのとき、俺の中に声が流れ込んできたのだ」
思い返しながら、レイゾンは話した。
そう——。”流れ込んできた”としか言いようのない感覚だった。今考えてみても。
ああ——そうだ。
思い至る。
ちょうど、騏驥が馬の姿になったときに手綱を通して感情や意思が伝わってくるような、そんな感覚だ。あの時の感覚が、なぜか人の姿の時の白羽からも感じられたのだ。
戸惑ったような顔のサンファに、レイゾンはそれを説明する。
「今気付いたが、馬の姿の時に手綱から伝わってくるようにして、白羽の気持ちが流れ込んできたのだ。うむ……そういう感じだな」
「馬の姿の……。ですがあのときの白羽さまは……」
「そうだ。人の姿だった。だから気のせいかと思ったのだ。だが妙に具体的というか、こいつが思っていることがそのまま伝わってくるような感じだった。お前があの場を離れたのはお前のせいではなくこいつが許したためだとか、騎士たちと揉めた原因は、あいつらが俺の悪口を言っていたためだとか……」
「…………」
「それらが、断片的にではあるが伝わってきた。切れ切れだったのは、白羽の意識が途切れそうだったためだろう。だが……」
「わたくしたちが車の中でご説明申し上げるより先に、事情をご存じだった……と……」
「そうだ」
レイゾンは頷いた。
「お前や御者から話を聞く前から、俺は何があったのかを知っていた。こいつを通してな。加えて、屋敷に戻る最中もずっと手を握っていたためか気持ちが伝わってきていた……」
レイゾンは白羽を見つめて言う。
サンファを庇おうとする気持ち。そしてあの騎士たちへの怒り、悔しさ。
さらには、騒ぎを起こしてしまったことへの後悔とレイゾンへの謝意——そんな諸々が伝わってきていたのだ。
すると、サンファがはっと息を呑んだ気配がした。
「では、もしやそれを確かめるために先ほどわたしに白羽さまの能力のことを……?」
「ああ——そうだ」
レイゾンは応えた。
「こいつに何か特別な力があるのか確かめたかった。だが、お前はないと言った。だから気持ちが伝わったと思ったのも俺の勘違いかもしれぬ。が……」
レイゾンは改めて自身の手を見つめる。
勘違いにしては生々しかったのだ。
本当のところは白羽に訊いてみなければわからないだろう。だが——。
未だ目を空けない白羽を見つめたまま考えていると、
「……レイゾンさま」
サンファが改めて呼びかけてきた。
「その……今レイゾンさまがお話しくださったこととは少し外れるのですが、一つ、ずっと不思議だったことが……。お伺いしてもよろしいでしょうか」
「? なんだ」
いつもきびきびしているこの侍女がこれほど言い淀むとは珍しい。レイゾンが尋ね返すと、サンファは思い出すような顔をしながら口を開いた。
「その……以前、白羽さまが…………王城で……」
「…………」
レイゾンは察する。誰もが思い出したくない時のことだ。だから言葉に迷っているのだろう。だがわざわざそれを話題にするということはよほどのことだと思われる。
「続けろ」と視線で促すと、サンファは頷いて続ける。
「……あのとき、わたしはシィンさまの騏驥とともに霊廟へ参りました。そして白羽さまやレイゾンさまと再会することができたのですが……。……レイゾンさまは、どのようにしてあの場所へ……?」
「? 『どのようにして』とはどういう意味だ。白羽を探していたら辿り着いたのだ」
「探しているうちに、いつの間にか……ということでしょうか」
「そうだ。——ああ……そうだ、思い出した。細い通路があったのだ。白羽を探していた時に、たまたまそれを見つけて……気になって足を踏み入れた。すると見たこともないような場所へ出て……そこを歩いているうちに辿り着いたのだ。……それがどうかしたのか」
話すほどに、サンファの顔は思いつめたようなものに変わっていく。その表情の変化に、レイゾンもまた眉を寄せる。
するとサンファは、なにか決意したような口調で言った。
「ずっと不思議だったのです。白羽さまはともかく、どうしてレイゾンさまがあの場所に……と……」
「……?」
「城では至る所に結界が張られています。部屋に、通路に……目には見えなくても数限りなく。それによって騏驥や魔術師、騎士、女官や官吏の過ごせる場所がおのずと定められています。結界を越えるには符や石のような道具か、結界を解く魔術が必要になるのです。そして……あの場所は前王であるティエンさまの霊廟。結界は幾重にも張られておりますし、その強固さは相当のもののはずなのです。”普通”では辿り着けるはずがないほどに」
「? だが着いたぞ。着いて……」
白羽を見つけてしまった。
探していて、見つけられてほっとしたはずなのに、”あんなこと”になってしまった。”あんなこと”をしてしまった。
美しい骸に寄り添う白羽の姿に我を忘れた。
死して尚、あの美しい騏驥に愛されている前王への嫉心を抑えられなかったがために。
1
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる