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126 説明できない——けれど

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「レイゾンさま……あの……白羽さまになにか……」

 サンファがおずおずと声をかけてくる。尋ねられてもいないのに声をかけるなど無礼——とはいえ白羽のことだから我慢が出来なかったのだろう。
 レイゾンはそんなサンファの気持ちを熟知しているため、怒りはしなかった。が、返す言葉に迷う。
 結果、ありのままを話すことにした。

「……まだはっきりとしたことはわからぬ。俺の勘違いかもしれぬからな。だが……もしそうでないなら、俺は白羽の考えていることがわかるようだ」

「!?」

 サンファの口から、言葉になっていない声が零れた。しかもその表情はと言えば思い切り怪訝そうなそれ。レイゾンが眉を顰めると、サンファは慌てて表情を作った。

「…………それは……どういう……」

 なんと尋ねればいいのかわからない様子で、サンファが重ねて尋ねてくる。レイゾンは口籠った。自分でも訳の分からないことを言っている自覚はあるのだ。が……。

(そう、としか説明が出来ぬ……)

 レイゾンは自身の拳をぎゅっと握りしめる。
 そして先刻の体験を説明した。

「先ほど、店の前で気を失う前、白羽は俺に縋ってきた。不安から解放されてほっとしたのだろう。もしくは緊張が頂点に達していたか……。そのとき、俺の中に声が流れ込んできたのだ」

 思い返しながら、レイゾンは話した。
 そう——。”流れ込んできた”としか言いようのない感覚だった。今考えてみても。
 
 ああ——そうだ。

 思い至る。
 ちょうど、騏驥が馬の姿になったときに手綱を通して感情や意思が伝わってくるような、そんな感覚だ。あの時の感覚が、なぜか人の姿の時の白羽からも感じられたのだ。
 戸惑ったような顔のサンファに、レイゾンはそれを説明する。

「今気付いたが、馬の姿の時に手綱から伝わってくるようにして、白羽の気持ちが流れ込んできたのだ。うむ……そういう感じだな」

「馬の姿の……。ですがあのときの白羽さまは……」

「そうだ。人の姿だった。だから気のせいかと思ったのだ。だが妙に具体的というか、こいつが思っていることがそのまま伝わってくるような感じだった。お前があの場を離れたのはお前のせいではなくこいつが許したためだとか、騎士たちと揉めた原因は、あいつらが俺の悪口を言っていたためだとか……」

「…………」

「それらが、断片的にではあるが伝わってきた。切れ切れだったのは、白羽の意識が途切れそうだったためだろう。だが……」

「わたくしたちが車の中でご説明申し上げるより先に、事情をご存じだった……と……」

「そうだ」

 レイゾンは頷いた。

「お前や御者から話を聞く前から、俺は何があったのかを知っていた。こいつを通してな。加えて、屋敷に戻る最中もずっと手を握っていたためか気持ちが伝わってきていた……」

 レイゾンは白羽を見つめて言う。
 サンファを庇おうとする気持ち。そしてあの騎士たちへの怒り、悔しさ。
 さらには、騒ぎを起こしてしまったことへの後悔とレイゾンへの謝意——そんな諸々が伝わってきていたのだ。
 すると、サンファがはっと息を呑んだ気配がした。

「では、もしやそれを確かめるために先ほどわたしに白羽さまの能力のことを……?」

「ああ——そうだ」

 レイゾンは応えた。

「こいつに何か特別な力があるのか確かめたかった。だが、お前はないと言った。だから気持ちが伝わったと思ったのも俺の勘違いかもしれぬ。が……」 

 レイゾンは改めて自身の手を見つめる。
 勘違いにしては生々しかったのだ。
 本当のところは白羽に訊いてみなければわからないだろう。だが——。
 未だ目を空けない白羽を見つめたまま考えていると、

「……レイゾンさま」

 サンファが改めて呼びかけてきた。

「その……今レイゾンさまがお話しくださったこととは少し外れるのですが、一つ、ずっと不思議だったことが……。お伺いしてもよろしいでしょうか」

「? なんだ」

 いつもきびきびしているこの侍女がこれほど言い淀むとは珍しい。レイゾンが尋ね返すと、サンファは思い出すような顔をしながら口を開いた。

「その……以前、白羽さまが…………王城で……」

「…………」

 レイゾンは察する。誰もが思い出したくない時のことだ。だから言葉に迷っているのだろう。だがわざわざそれを話題にするということはよほどのことだと思われる。
「続けろ」と視線で促すと、サンファは頷いて続ける。

「……あのとき、わたしはシィンさまの騏驥とともに霊廟へ参りました。そして白羽さまやレイゾンさまと再会することができたのですが……。……レイゾンさまは、どのようにしてあの場所へ……?」

「? 『どのようにして』とはどういう意味だ。白羽を探していたら辿り着いたのだ」

「探しているうちに、いつの間にか……ということでしょうか」

「そうだ。——ああ……そうだ、思い出した。細い通路があったのだ。白羽を探していた時に、たまたまそれを見つけて……気になって足を踏み入れた。すると見たこともないような場所へ出て……そこを歩いているうちに辿り着いたのだ。……それがどうかしたのか」

 話すほどに、サンファの顔は思いつめたようなものに変わっていく。その表情の変化に、レイゾンもまた眉を寄せる。
 するとサンファは、なにか決意したような口調で言った。

「ずっと不思議だったのです。白羽さまはともかく、どうしてレイゾンさまがあの場所に……と……」

「……?」

「城では至る所に結界が張られています。部屋に、通路に……目には見えなくても数限りなく。それによって騏驥や魔術師、騎士、女官や官吏の過ごせる場所がおのずと定められています。結界を越えるには符や石のような道具か、結界を解く魔術が必要になるのです。そして……あの場所は前王であるティエンさまの霊廟。結界は幾重にも張られておりますし、その強固さは相当のもののはずなのです。”普通”では辿り着けるはずがないほどに」
 
「? だが着いたぞ。着いて……」

 白羽を見つけてしまった。
 探していて、見つけられてほっとしたはずなのに、”あんなこと”になってしまった。”あんなこと”をしてしまった。
 美しい骸に寄り添う白羽の姿に我を忘れた。
 死して尚、あの美しい騏驥に愛されている前王への嫉心を抑えられなかったがために。
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