上 下
107 / 239

102 従者の、侍女の、騏驥の気持ち(3)

しおりを挟む
 ユゥの、思っていた以上に深い決意。そしてレイゾンへの感謝の籠った数々の言葉……。
 
 彼が上手いのは騎士に乗ることだけだと思っていたが、少なくともあの少年にとってはそうではないようだ。彼にとってはレイゾンは誰よりも大切な恩人で……そして騎士になるまでの大変さも共有してきた間柄なのだろう。深い信頼と忠誠心が伝わってきた。
 人一人が生き方を変えるような、そんな気持ちを抱かせる人なのだ……レイゾンは。

(それに……)

 騎士になるまでの苦労も、仕えていたユゥがあんなに顔を顰めるぐらいなのだから、きっと白羽には想像もつかないぐらいだったのだろう。
 貴族の子弟がどんな者たちかはよく知っている。きっと彼らは自分たちとは異なる存在であるレイゾンを強く排除しようとしたに違いない。白羽に対してそうしようとしたのと同じように。
 しかもレイゾンは騎士としての能力はとても高い。それも彼らには面白くなかっただろう。争いや諍い、皮肉、嫌み、当てつけ……。きっと多くの困難があったのだ。それでも彼は騎士を目指して……。

(そして、騎士になった……)

 にもかかわらず——。

<…………>

 白羽は速足で、なんとかサンファより早く部屋へ戻ると、扉を閉じてはーっと息をついた。
 視界に映るのは、レイゾンから贈られたものたち。そして寝台の上で眠っている子猫だ。
 それらを見ていると、ユゥの言葉が脳裏に蘇る。

 レイゾンは苦労して騎士になった。にもかかわらず、自分のような騏驥が宛がわれてしまったのだ。一方的に。断ることなど許されない状況で。

(だから、あんなに……)

 わたしを嫌っていたのか……。
 
 しかも彼は白羽に付きまとう噂を信じてしまった。

 彼を浅慮だと言うのは簡単だが、もし自分が彼の立場になったときに果たして「正しく」判断できるかといえば……。

(!)

 と、そのとき。
 考え込んでいた白羽の背後から——扉の向こうから、誰かが近づいてくる足音がした。
 サンファだ。

 白羽は慌てて扉のそばを離れる。するとほどなく、車輪のついた小さな荷台を押しながら、サンファが部屋に入ってきた。木製の可愛らしい荷台の上には、盆に乗った椀が置かれていた。湯気が立っていて、優しい香りがする。おそらく粥だろう。そしてその傍らには飲み物と果物。
 レイゾンの指示で、厨房のものが用意してくれた品々だ。
 
「お待たせ致しました、白羽さま。少し用意に時間がかかってしまい……」

 謝るサンファに、白羽は<気にしないで>と首を振った。
 遅くなった理由に嘘をついたためか——それともユゥの話を聞いたことで彼女も彼女なりに何か考えているのか。
 サンファは幾らかばつが悪そうな顔をしつつも、何事もなかったかのように黙々と卓の上に椀や皿を並べていく。

「——どうぞ、白羽さま。温かいうちに」

 サンファに誘われ、白羽は椅子に掛け、匙を取った。近くに置かれると一層いい香りだ。
 口にした粥は、穀物が程よく柔らかく煮られ、さらには刻まれた野菜が数種入っている。出汁が利いていて味わい深く、食べやすく、身体の奥までその美味しさが染み込んでくるか
 急いで作らなければならなかっただろうに……と思うと、手間をかけてくれた厨房の者たちへの、そしてレイゾンへの感謝の気持ちがこみ上げてくる。
 彼が、白羽の身体のことを気にしてわざわざ厨房に命じたのだ。

(わたしのことを、気にかけて……)

 ろくに駆けることも出来ず、声も出せなくなり——そして彼にとってみれば手放すことを決めている騏驥なのに——。
 それなのに。

『お前に構うのは、ただの俺の自己満足だ。俺の騏驥に対して……本当ならしてやりたかった事……そういうことを遅ればせながらしているだけだ』

 レイゾンの声が脳裏に蘇る。そしてユゥの声が。

『レイゾンさまは、騎士になるために凄く苦労したんだ』
『騎士として色々な騏驥に乗って……たくさんの騏驥に乗って……そういうのを楽しみにしてたと思うんだ。騏驥に乗るために騎士になったんだから!』
 
(ああ…………)

 白羽は食べていた手を止めると、ぎゅっと目を閉じた。
 
 何かが少しでも違っていれば、今のような状況にはならなかったかもしれないのに。
 今のような騎士と騏驥の関係ではなかったかもしれないのに——。「こう」なってしまっている。
 白羽の中にはレイゾンへの拭えぬ不信と恐怖が生まれてしまっているし、彼は彼で白羽の騎士であることを止めようとしていて……。

 そのときだった。
 姿を見なかった子猫が、食べ物の香りに惹かれたためかどこからか駆け寄ってきた。
 白羽を見ると嬉しそうに鳴きながら足元にじゃれついてくる。やはり外で遊んでいたのだろう。足に泥や草が付いている。が、構わず白羽はその子猫を抱き上げると、柔らかく抱きしめる。子猫はニァ……と喜ぶように鳴いた。ふわふわとした柔らかな毛と温もりが、手に伝わってくる。
 そう言えば、この子もレイゾンが連れてきてくれたのだ。
 
(あのときは、色々と騒いでしまって……)

 調教で頑張りすぎて、コズミが出た時だった。
 レイゾンはいきなりやってきて、この猫をくれて、それに手ずから薬を塗ってくれて……。
 あの時彼がもらって来てくれた薬の入れ物は、なんとなく捨ていられずにまだ残している。もう空っぽなのに、残しておかなければならないほど珍しいものでもないのに、なんとなく、捨てられなくて。
 
(優しく、してくださったこともあったのだ……)

 それは彼の気紛れかもしれないけれど。
 それは彼の本意ではなかったかもしれないけれど。

 そして、今も、また。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

処理中です...