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89 白羽、思巡(2)

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 声が上ずり、息も切れた様子なのは急いで帰ってきたからだろう。走って戻ってきたに違いない。
 彼女は白羽があんなことになった責任を感じて、滅多に側から離れようとしなくなってしまったのだ。
 そして、魔術師からの薬を受け取るために外出する時など、どうしても白羽の側を離れなければならなくなったときは、
「すぐに戻って参りますから」
「急いで行って参りますから」
「お部屋からお出にならないでくださいね」

 ——と、幾度も念を押してから、大急ぎで行って帰ってくる。
 
 白羽は、サンファがどれほど自分のことを思い、悲しんでくれているかわかっていたから、もう彼女の目を盗むようにしていなくなることはしないようにしようと思っていたし、サンファにもそれは伝えていた。だが、それでも彼女は心配なようだ。
 およそ二日に一度、城まで薬を取りに行ってくれているが、そのたび白羽に絶対に部屋にいるように言い残して出かけていく。
 そして戻ってきた時は必ずこうなのだ。
 息を乱して飛び込んでくるように部屋に入ってきて、白羽を見たときには安堵の表情を見せて……。
 
 今日も彼女はほっとしたように相好を崩すと、そそくさと白羽に近づいてくる。そして、「どうぞ」と持っていた籠を白羽に差し出してきた。
 薬の入った籠だ。
『塔』の魔術師はこの部屋で白羽を診てくれた後、身体と喉の薬を二日に一度城に取りに来るように、と言い残して帰っていった。
 魔力の強い薬——効果の強い薬は日持ちがしない。そのため、常に新鮮な薬を摂取するために、二日に一度との説明だった。
 それからというもの、サンファは言われた通りに城に通っている。

 普段は『塔』に籠っているはずの魔術師からどうやって薬を……と白羽は不思議だったし(当然サンファも不思議に思っていたようだ)、目立つことになってはと不安だったけれど、「来ればわかる」という言葉に従って赴いたところ、なぜだか、どこからともなく女官が現れ「これを」と籠を渡してくれたらしい。
 見覚えのない——つまり知り合いでもない女官なのに、その動作はごく自然で、以降、サンファは毎回そんなふうにして「誰か」から薬を渡されているようだ。

 魔術師自身が擬態しているのか、それとも適当な人物を見繕って操っているのか……。
 不明ではあるものの、籠の中には毎回間違いなく白羽のための薬が入っていた。
 もちろん今日もだ。
 
 白羽はサンファに子猫を渡し、代わりにカゴを受け取る。
 艶のある柔らかな木の皮で編まれた籠。その中のいくつかの薬袋。さらにその中の、小さな器の中の薬。
 こんなに丁寧にしなくてもと思わなくもないが、魔術薬の効能を保持しておくためには必要な包装らしい。
 掌に乗るほどの薬入れは、毎回違う形のものだ。模様も、器の素材も違う。今日は、薄紫の、透き通るような球形の輝石をくり抜いたようにして造ってあるものだ。蓋の部分には金粉と銀粉で星空のような模様が描かれている。決して大きなものではないのに、細やかな丁寧な細工だ。

(綺麗……)

 ついじっと掌の上の器を見つめていると、
 
「どうぞ——お口になさってください」

 控えめにサンファが勧めてくる。
 白羽は僅かに躊躇ったものの、そっと蓋を開け、言われた通りにその中にある飴のような丸薬を取り出した。砂糖細工の菓子のような綺麗な薬だ。舐め溶かすのが勿体無い。
 そう思ってしまう白羽の心の中を見透かしているかのようにサンファがじっと見つめてきているのがわかる。彼女は、白羽がちゃんと薬を飲むところを見届けたいのだ。
 責任感の強い侍女に苦笑しつつ、白羽は薬を含む。口の中に入れると、やはり仄かに甘い。
 そんな白羽を見て、サンファがホッとしたような息をついた。

「ちゃんと……お飲みになってくださいね」

 そして念を押すように言うサンファに、白羽は苦笑を深めて頷く。
 
 薬が嫌なわけではないのだ。
 声が出せないことは、それがいつまで続くのかわからないことはやはり不安で、早く治ればいいと思っているのは本当だから。
 けれど同時に、薬を飲んでも良くならないことで毎回少なからずがっかりしてしまうのも辛いのだった。
 サンファが薬を取りに行くのは、今日でもう三度目だ。その度にこの飴のような薬を数個と、飲み薬、そして身体の傷のための塗り薬をもらってくる。
 少しずつ処方が違っているのは、調合してくれている魔術師が、それだけ気をかけてくれているということだろう。
 にもかかわらず、声は相変わらず出ない。
 良くなっているのかどうかもわからず、だから薬を飲むのが辛い。「これほどして貰っているのに」と思ってしまうのだ。

「……続けてお飲みになっていれば、そのうち必ず治りましょう」

 僅かに顔を曇らせてしまったことに気付いたのだろう。サンファが励ますように言ってくる。だが白羽にはその確信がなかった。だからもどかしい。

 と、その時。白羽は、籠の中にまだ何か入っていることに気づいた。いつもと違う。
 半透明の紙に包まれたそれをなんだろうと思いつつ見つめていると、

「あ、そうでした」

 抱いている子猫に頬擦りしていたサンファが、思い出したように声を上げた。

「今日は、騏驥の医師からも渡されたものがあったのです。あの、見届け人になってくださった医師です。白羽さまが……その……城を出ることになった時に……。覚えていらっしゃいますか?」

<…………>

 白羽は少し考えて思い出した。
 レイゾンに下賜されることになったあの日。シィンや彼の騏驥とともに一連の儀式を見届けてくれて、見送ってくれた者の一人が騏驥の医師だった。確か、そう名乗っていた気がする。
 おそらく急に見届け人に任じられたのだろう。緊張していた様子の若い医師。
 けれど、彼が一体なにを?
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