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7 更に騎士出現 ……誰?

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 我に返ったのは、一体どのくらい経ってからだったのだろうか。
 周囲の音が微かに耳に届き始め、視界に他の景色が戻ってくる。
 きっかけなどわからない。覚えていない。
 自身の暫くぶりの瞬きだったような気もするし、思い出したように再開した呼吸の音だったような気もする。

 それまではすっかり——そう、すっかり意識を奪われていたのだ。
 五感の全てを目の前の生き物に奪われていたと言っていいだろう。

 比較的大きく有力な地方豪族の子として生まれたとはいえ、小競り合いの多い地域だったから、レイゾンも幼い頃から命の危険を感じることが度々あった。だから物心ついた時から、生きていくために常に周囲を意識していた。眠る時ですら。気を抜くことはほとんどなかった。それなのに。

(なのに……)

 我に返り、レイゾンはまず自分自身に対して驚いた。
 ほんの数秒かでも、自分がこんなに何かに惹きつけられるなんて今まで経験がなかったためだ。想像したことすらなかった。
 そして次に、自分をそんな状態にしてしまった目の前の白い生き物に対して戸惑いを覚えた。

 これはなんだ?
 凝視してしまう。見ようと思っていなくても見てしまう。まだ目が離せない。

 纏う空気が違う。気配が違う。
 自分とも、自分が出会ってきた誰とも。

 惹きつけられ——同時に気圧されるような空気感。
 側にいると、その汚れのない白い美しさをずっと護ってやりたい気持ちと、この手で滅茶苦茶にしてやりたい気持ちとが同時に込み上げてくるかのようだ。

 女性のようでもあり男性のようでもあり両性を有しているようでもあり無性のようでもある。
 そんな、「見た事のない生き物」の身分を唯一証明しているものは、ヴェールの端からチラリチラリと伺える白く細い首にある「輪」。
 騏驥の証の——その「輪」だけだ。

(騏驥。……では……)

 これが。
 ではこれが。
 これが、自分に下賜されるというその騏驥なのか。

 五変騎の一頭。天寵の白。
 前王の……。

 知らず知らずのうちに身を乗り出していたレイゾンが一歩、二歩とその騏驥に近づきかけた時。

「——間に合ったようだな」

 開け放たれたままの扉の外から、軽やかな声が届く。爽やかで耳に心地いい、清々しく若々しい声音。それでいて軽薄ではなく、堂々とした響きがある。
 レイゾンがハッとその声に顔を向けるのと、軽快な足音とともに一人の青年が部屋へ入ってきたのがほぼ同時だった。
 青年の腰には鞭。——騎士だ。
 
 その瞬間、白い騏驥に付いて部屋に入ってきていた(らしい。レイゾンは今の今までその存在に気づかなかった)女官たちが一斉に膝を屈めて頭を下げる。
 騏驥も遠慮がちに壁際に下がろうとするが、途端、その若い騎士は「いいから」と言うように軽く片手を上げて騏驥の動きを止める。
 何が起こっているのかわからず目を瞬かせるレイゾンの前、女官の一人が静々とその騎士の前に進み出たかと思うと、

「全て整いましてございます」

 と、丁寧かつ礼儀正しい口調で言う。と同時により深く頭を下げるその様子は、城内のしきたりに詳しくないレイゾンが見ても、「只事ではない」と知れる。
 つまり、やってきた青年騎士が只者ではないということも。

(……誰だ……?)

 レイゾンは今まで出会った騎士たちのことを思い出そうと試みる。
 騎士学校の同期、教官、騎士会の面々、騎士庭で出会った”お偉い”方々……。決して多くない。が、こんな青年はいなかった。
 騎士といえど、これほどの扱いを受けている者は。

 しかも随分と見た目がいい。
 容姿も身なりもだ。
 
 若木のような瑞々しさと伸びやかさ。整った顔立ちはいかにも騎士らしく貴族的だが、輝く瞳や血色のいい頬は健康的で、気配に曇りがない。さっき聞いた声から想像できる通りの明るい雰囲気を感じさせる。
 体躯も、やや細身ながら均整が取れていて俊敏そうだ。
 
 そして、そんな恵まれた体格を包むのは、決して派手ではないものの品の良い華やかさで彩られた装束だ。
 レイゾンは衣服など「清潔で身体に合うものであればいい。できれば動きやすいものがいい」という考えだから、色や模様のことなどさっぱりだが、紫というか藤色のような色味の上衣は洗練された優雅さがあり、彼の紫がかった黒髪によく映えている。
 そして衣のそこここに施された金銀の刺繍は細やかな意匠が慎ましくも洒落ているし、袖口や裾からふと覗く朱赤の鮮やかさはこの青年の活動的な印象にとても似合っている。
 見た感じ、上衣の丈はわざと少し短めに誂えているようだから、どちらかといえばレイゾンの好きな「動きやすそうな格好」だ。しかし彼が着ているとそれだけではない優美さがある。

 突然やってきた青年。いわば闖入者。だが、レイゾンはそれを咎める気にならなかった。なぜかわからないが、彼こそ「ここ」にふさわしいように感じられたのだ。
 今まで会ったどんな貴族の子弟よりも、この城に。

「…………」

 だが。——誰だ?
 あの白い騏驥とも知り合いのような態度だった。それとも貴族であり騎士である者は騏驥に対してああいう態度が普通なのだろうか。
 ならば女官は?
 女官も城にいる貴族に対してはああいう態度が普通なのか?

(俺の時とは全然違ったぞ)

 この城に来て王に拝謁してこの部屋にやって来るまで幾人かの女官たちにも会ったが、みんなレイゾンにはおざなりに頭を下げていただけだった。
 城の者の態度やしきたりには疎いとはいえ、ぞんざいに扱われれば、流石にわかるものなのだ。
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