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【番外】離宮へ(16)

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「大変失礼なこととは承知いたしておりますが、あえて申し上げます。——妃殿下の事は、今はお考えにならない方が良いかと存じます」

 その声の硬さに——表情の硬さに、シィンは息を呑む。
 ダンジァは続けた。
「シィンさまにとって妃殿下はお母上。お気になさるのは当然のことなのでしょう。ですが、今回この離宮へ来た本来の目的はルゥイさまの誕生日のため。妃殿下がどう思われるかよりも、その方が優先されるべきでは?」

「それは……」

「もし予定を変えて城へ戻ることになれば、おそらくシィンさまは悔やむことになりましょう。仲直りは早いうちにするに越したことはありません。時間が経てば経つほど気まずくなってしまうものです」

「…………」

「もし妃殿下がルゥイ殿下の安全を気にしていらっしゃるなら、自分も側におります。妃殿下がお望みならば、姿を見せずに護ることも致しましょう。他の騏驥たちにも協力を頼みます。何が起ころうとも必ずお二人を守ります。ですからどうぞ——今は妃殿下のことよりも弟ぎみを大切に想うお気持ちを曲げないでくださいませ」

 言葉を選びながら。けれどしっかりとした声音でダンジァは言うと、じっとシィンを見つめてくる。
 黒い瞳は美しく、そして雄弁だ。発した言葉以上にシィンを気遣ってくれているのがわかる。見つめられていると勇気が湧いてくるようだ。

 シィンはダンジァを見つめ返すと、深く頷いた。

「……そうだな……。そうだ……お前の言う通りだ。妙なことを言って、すまなかった」

「謝ったりなさらないでください。お悩みになったのもシィンさまがお優しいが故でございましょう」

 あくまでシィンを庇うように言うダンジァに、シィンは苦笑する。
 そうじゃないのはシィンが誰よりわかっている。
 なのにこの騏驥は……。

「お前……あまりわたしを甘やかすな」

「思ったことをそのまま申し上げただけです」

 当然のようにさらりと言うと、にっこりと笑むダンジァに、シィンは絶句するしかない。

 まったく……この騏驥は……。

 胸がジワリと温かくなる。シィンは自分が微笑んでいるのがわかった。少し前まで感じていた寂しさはもうどこにもない。

「明日は、予定通りにルゥイと過ごすことにする。まずは謝って……許してもらえるかはわからないが……」

「きっと大丈夫です」

「ん……。そうだといい。それから、場合によっては、お前に側にいてもらうことにもなるかもしれぬ。できれば……母上のお気持ちよりルゥイの希望を優先したいからな。騏驥に会いたがった時には再びお前と引き合わせることになるだろう」

「光栄です。……あ……そういえば……」

「? なんだ?」

 思い出したように言葉を継いだダンジァが気になり、シィンは聞き返す。するとダンジァは「ここにいる騏驥から聞いたことなのですが……」と続けた。

「ルゥイ殿下は、騏驥についてとても興味をお持ちだとか」

「??? 初めて聞いたぞ? そんな話は……」

 確かに仕切りにダンジァに会いたがっていたが、それは兄であるシィンの騏驥だからだと思っていた。もしくは稀有な五変騎だからだろう、と。
 
(そうではなく……騏驥を……?)

 母がそうならないようにしているというのに?

 怪訝に思うシィンに、ダンジァは慎重に続ける。

「その……ここにいる二頭の騏驥の名誉のために先に申し上げておきたいのですが、決して二人の口が軽かったわけではありません。自分の手土産が功を奏したのと、あとは……二人とも少し戸惑っていて、自分に相談したかったからだろう、と推察いたします」

 仲間とも言える騏驥を庇うように言うダンジァに、シィンは頷く。
 こうした気遣いが彼らしい、と思う。
 続きを促すように見つめると、ダンジァは心なしか安心したように微笑んで続けた。

「ルゥイ殿下は、お母上である妃殿下が自分から騏驥を遠ざけようとしていることはよくご存知のようです。その気持ちを汲んでか、普段は騏驥の厩舎にも近寄らないようにしているようなのですが、時折……平たく言うと妃殿下の目を盗んで厩舎にやってくることがある、と」

「!」

「お目のことがあるからか、もちろん騎乗やそれに類するようなことは一切なさらないようなのですが、調教や食事について直接騏驥と話をしたり、『輪』について尋ねられたりといったことは、たびたびあるとか。騏驥たちは、ルゥイ殿下が自分たちに関心を持ってくれていることは嬉しく思う反面、妃殿下にバレたらどうなるのだろうかと不安に思っている様子で……」

「……そんなことが……」

 シィンは驚きに言葉が出なかった。
 まさかルゥイがそんなことまでしていたとは……。
 しかしそのとき、ハッと思い出した。

(そういえば今夜も……)

 シィンの部屋にやってきたとき、彼はしきりに騏驥について話そうとしていた。冷たく跳ねつけてしまったが、ひょっとしたらあれも、彼が騏驥に興味を持っている様子の表れだったのだろうか。
 母に隠れるようにしてまで、騏驥に興味を……?

 やはり血だろうか。

「わかった」

 シィンは、ダンジァからの報告を噛み締めながら言った。


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