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【番外】離宮へ(8)
しおりを挟む『加えて……妃殿下はその乳母をあまりよく思っていないという事情があってだな……。もちろん乳母に問題があったわけではないのだが……乳母の後ろにいた皇太后さまと、あまり折り合いが良くなくて……』
そしてごにょごにょと語尾を誤魔化すように言うと、チラ、と傍を見る。——ウェンライを。
そうだ。そういえば彼はシィンと乳兄弟だという話だった。
と言うことは、シィンの乳母であり皇太后に信頼されていたウェンライの母親と、妃殿下——シィンの母親とがあまり上手くいっていなかった影響がシィンに及んでいると言うのか。
(子供同士はこんなに親しいと言うのに……)
それに、そんなことはシィンにはまったく関係のないことだ。
周囲のせいで……それもおそらく政治的な力関係が関わっているせいで、母親との仲もギクシャクしてしまっているなんて。
聞かされた話を思い返せば思い返す程に、シィンが不憫に思えてくる。
一介の騏驥の分際でこんな風に思うのもどうかとは思うが、王子という立場の大変さを一身に背負わされているように思えて可愛そうでならない。
「……そして、妃殿下はルゥイさまがもう騏驥に乗れなくなってしまったために、ルゥイさまにそれを思い知らせる存在である騏驥がお嫌い、と……」
妃殿下の冷たい言葉を思い出しながら、ダンジァは呟く。
事前にウェンライたちから事情を聞かされていなければ、さすがの自分もショックを受けていただろう。
『必要ない』と突き放すように言われてもさほど動じずに済んだのは、事前に背景を知らされていたおかげだ。「嫌われている」という心の準備ができていたからだ。
とはいえ。
(とんだとばっちりだ……)
そう思わずにはいられない。
が、母親にしてみればそんなものなのかもしれない。
自分の子供が——本来なら王子の一人として勇ましく騏驥を駆るようになったはず子が(しかも手元で育てた子が)、もう騏驥に乗れなくなってしまったのだ。ルゥイ殿下にとってみれば、騏驥は「従えることが出来たはずなのにもう絶対に届かなくなってしまったもの」だし、親としては、そんな存在それ自体を遠ざけてしまいたいと思ってしまうのだろう。
この離宮へ居を移したのも、まだ年若く、しかもその年齢以上に幼いままのルゥイ殿下のことを守りたい親心からなら、わからないこともない。
だが。
だからこそ、その一方で、
(ならば……妃殿下はシィン殿下のことはどうお思いなのか……)
そう思わずにはいられない。
ダンジァから見れば、シィンの妃殿下への気の使い方は、母親を敬っている以上のそれのように感じられる。
(殿下はどうなさっているだろうか……)
ダンジァは、今は共にいない愛しい人を想った。
あの場から立ち去らせてくれたのは自分のためなのだろう。相変わらず優しい方だ。だから逆に、そんなシィンのことが心配になる。
離宮の主は妃殿下である以上、自分など何もできないが……。
そうこうしていると、騏驥たちがいる厩舎にたどり着いた。
ここにいる騏驥は二頭だと聞いているが、そうとは思えない広さだ。外からざっと見ても、馬房は八つ、もしくは十だろう。しかもその造りも、王城の厩舎に負けない豪華さだ。
おそらく、万が一の際に備えて騏驥がより多く待機できるようにしているのだろう。なにしろ、王妃と王子の住まいなのだ。
いくら妃殿下が騏驥嫌いとはいえ、現時点では騏驥が最強の兵器であることは事実。となれば、いざとなった時にここを守るための準備として、騏驥のための馬房を備えておくのは当然だろう。
そのためか、放牧用と思われる草地も広いし、調教用と思われる坂路も長い。よく整地されているし、ここを思いきり駆けるのはさぞ気持ちがいいだろう。もちろん、シィンを背にして。
緑に囲まれた離宮だが、ここはひときわそれが顕著だ。
放牧場にも気持ちのよさそうな木陰があるし、全体的に木が多い。ただ、そのために妃殿下やルゥイ殿下が住み暮らす建物からは見え辛くなっているのは……偶然なのかそうでないのか。
やれやれ、と小さく苦笑したときだった。
「あ……」
声がしたかと思うと、厩舎の陰から、一人の騏驥が現れた。
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