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【番外】離宮へ(6)
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予想通りと言えばいいのか、予想以上と言えばいいのか、厩舎付近まで案内してくれた侍女は、道中、ほとんど何もしゃべらなかった。
和やかに世間話をしつつ、とまでは思っていなかったものの、できればこの離宮のことやルゥイ殿下について、さらには、もしできるなら妃殿下についてのより詳しいことも知りたかったのだが……。
案内してくれた侍女は、最初に「ではこちらへどうぞ」と言ったきり何も話さず、道の先に厩舎が見えるや否や、「ではここで」と帰って行ってしまった。
話どころか、これ以上は一緒にいたくないと——そう言うかのように。
(まあ、仕方がないか……)
普通の者は、騏驥を恐れるものだ。
この国の最強の兵器とはいえ、馬に姿を変える人——となれば不気味に感じたり避けたくなるのも仕方がないだろう。家族でさえそうなのだから(幸い、ダンジァの家族はダンジァがある日突然騏驥になっても態度を変えることはなかったけれど、総じてない家庭の方が多い——と言うのは育成施設で知ったことだ)、ただの侍女ならなおさらだ。
(もしくは……)
妃殿下の騏驥嫌いが侍女にまで広がっているか、だろう。
ダンジァは、周囲に広がる放牧場のような草地を見渡しながら、やれやれと息をつく。
王妃に挨拶を断られたこと自体は、実はそれほどの憂事ではない。ある意味では予想できていたことだからだ。
厩舎に向けて歩きながら、離宮へ来るまでのことを——『わたし一緒に離宮に行ってほしい』とシィンに誘われた時のこと、そしてその後、シィンの腹心達から聞いたことを思い出していた。
◇
自分の馬房にいたダンジァの元に、ツェンリェンからの使いがやってきたのは三日前のことだった。
シィンの騏驥であるダンジァを別の騎士が呼び出すことは、本来なら「ありえない」ことで、だからダンジァは騏驥であっても断れる立場だったが、むしろ「良かった」と思いながらその呼び出しに応じた。
どういう理由で呼ばれたのは凡そ想像がついていたし、それはダンジァも望んでいたことだからだ。
シィンとともに離宮に行くことになり、自分も色々と尋ねたいことや確かめたいことがあったけれど、騏驥の方からシィンの腹心の二人に連絡を取るのはなかなか難しいから。
使者に案内されて訪れたのは、今まで足を踏み入れたことのない王城の一角。人気のない奥まった場所にある、苔の香りのする庭と美しい小さな池をのぞむ東屋だった。
そこに待っていたのは、二人。
『悪かったな、急に呼び出すような真似をして』
どうぞ座って、自由に話して構わないから、と言われてダンジァが恐縮しつつ椅子に腰を下ろすと、円卓の向こうに座って茶を飲んでいたうちの一人——ツェンリェンが、済まなそうな顔を見せながらそう言う。
昔からシィンと親しく、今は近衛騎士の一人であるツェンリェンは、見た目が華やかな上に立ち居振る舞いが実に垢抜けており、それでいて気さくな一面もあってか騎士たちの中でも人気が高い。
しかし(?)、貴婦人たちからの人気はそれ以上で、だから一見は軽薄にも思われがちだが、実は慎重で、また、騏驥に対してかなり強く出られる立場にも関わらず、敬意を持って接してくれる騎士だ。
そんな彼に(軽くとはいえ)会うなり謝られ、ダンジァはますます恐縮しつつ『いいえ』と首を振った。
『お気になさらないでください。自分もお目にかかりたいと思っていたのです。もっと早く自分の方からお話を伺えるようお願いすべきだったと……』
『——だが、偶然に会いでもしなければ、きみの立場からではなかなか俺たちにコンタクトは取れないだろう? もっとも、きみは殿下の騏驥だからやろうと思えばやれないこともないが……強引にそういうことをしないところを気に入っているんだよ、俺たちは。だからこれでいいんだ』
ツェンリェンの言葉に、同席しているウェンライも静かに頷く。
彼もまた子供の頃からシィンと親しく(乳兄弟らしい)、今は片腕としていつも忙しく仕事をしている。ツェンリェンと対照的に洒脱な雰囲気で、よく見れば整った面差しなのに、なぜか印象に残らないという不思議な貌をしている。
(それでいて女性の姿になると絶世の美女になるからますます不思議だ)
ウェンライはいつものような——こちらの様子を検分するような視線でダンジァを見つめながらゆっくりと茶を飲むと、おもむろに口を開いた。
『念のため確かめておくが、数日後に、きみが殿下とともに離宮へ行くという話を聞いた。それは本当か』
『……はい』
『殿下に誘われて』
『はい。ルゥイ殿下の誕生日に、一緒に行ってほしいと……』
ダンジァがいきさつを話すと、二人はほぼ同時に頷いた。
『離宮の……妃殿下とルゥイ殿下のことについては、殿下から少しは聞いているのかな。それとも、なにも?』
今度はツェンリェンが尋ねてくる。知らない人が見たら尋問されているようにも見えたかもしれない。けれどダンジァにとっては、むしろありがたかった。二人がきちんと自分と話をしてくれると感じられたためだ。
だからダンジァも素直に——率直に応える。
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