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88 探(2)

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「……すみません……」

 ダンジァが謝ると、ユェンははっと息を呑む。そして「なに言ってるんだよ」と首を振った。

「きみは僕に謝らなきゃらならないようなことはしてないだろ? 謝罪の必要なんかないよ」

「ですが……ご迷惑を……」

 ユェンが巻き込まれるような形になってしまったのは事実だ。
 ダンジァがため息をつくと、励ますようにその肩を叩かれた。

「迷惑だとも思ってないよ。まあ、思ってもいなかったことになっちゃったなとは思ってるけど……。まさか城内で殿下がこんなことになるなんて……」

 ユェンは声を潜めて言いながら、シィンが横たわる寝台へ目を向ける。
 ダンジァも連れて目を向けると、ちょうど振り返った医師の一人と目が合う。その瞬間、医師はびくりと慄くような素振りを見せた。その顔も、歪に引き攣っている。

(?)

 ダンジァは内心首を傾げた。
 城の医師なら、騏驥を見るのは初めてではないだろう。いやそもそもここに来た時からダンジァのことは見ているはずだ。知っているはずだ。なのにどうして今、そんなに怯えたような——怖がっているような顔を?

 まるで、「見てはいけないものを見た」とばかりに顔を逸らすと、いつしか一緒になって話しているウェンライやツェンリェン、そして衛士や近侍たちの方へ向かう。
 医師の奇妙な様子に戸惑いつつ、ダンジァは思わず自分の顔に触れる。
 何か変、だったのだろうか?

「どうしたの?」

 すると、ユェンが不思議そうに尋ねてくる。
 どう答えればいいのか……とダンジァが困っていると、シィンの横たわる寝台の辺りが俄に騒がしくなる。
 思わず立ち上がって見れば、周囲を囲んでいた医師たちが離れ、代わりに衛士たちが集まり始めてる。まるで、さっき寝台をここへ運んできたときのように。

(もしかして)

 どこかへ連れて行くのだろうか。
 ひょっとして、医館へ?
 毒の種類が判明したのだろうか。より適切な治療ができるようになったのだろうか?
 それとも、もしかしたらもう快方に向かって……。

 考えると、いてもたってもいられず、ダンジァはシィンのもとへ足を向ける。
 衛士たちの間を縫うようにして寝台に近づくと、その傍に跪いた。今は薄布が下されているせいで姿を見ることは叶わない。けれどそれでも、せめて近くにいたかった。なるべく近くに。なるべく側に。

(シィン様——)

 そして祈る。
 
 なんとか無事回復されますように。
 またあの快活な声と輝くような姿を——。
 
「——ダンジァ」

 そのとき、背後から声がした。
 振り返ると、ツェンリェンが立っている。
 彼は床に跪いたままのダンジァを見下ろしていた。逆光のせいで表情が伺えない。
「離れろ」と、彼は静かに言った。

「殿下のお身体は、今から医館の方へ移す」

「——では、毒の治療法が……!?」

 期待とともに問うたダンジァに、ツェンリェンは頷いた。

「ああ。処置の遅れを取り戻すためにも、今後は医館で迅速に、より手厚い治療となる。急ぎ、衛士たちに運ばせる。——離れよ」

「付き添うことは……」

「それはならぬ——と先刻も申したはずだ、ダンジァ」

 と——。
 ツェンリェンの声が、それまでとは違った硬さを帯びる。
 当初は、ダンジァが口にした希望をくどく感じたのかと思ったが、どうもそうではないようだ。なんだか違う。そう、雰囲気が違うのだ。言葉だけでなく声だけでなく、彼が纏う雰囲気がそれまでとは違っている。
 ダンジァは息をつめて彼を見上げた。

 こちらを信じてくれつつも、立場的には調べなければならないから調べる——とも感じられていた先刻までの雰囲気に対し、今のツェンリェンはピリピリと張り詰めている。
 敵意——とまではいかないにせよ、疑いの気持ちが濃くなっているような、そんな気配なのだ。こちらに対しての警戒と懐疑の念が感じられる。
 その気配には、覚えがあった。ついさっき、医師の一人が見せたそれだ。
 ダンジァと目が合った時の、怯えたような慄くような、そんな気配。
 ツェンリェンはさすがに怯えを見せるようなことはないが、漂う雰囲気はよく似たものだ。

 でも、どうして。

 ついさっきまではこちらの話をきちんと聞いてくれていた。
 味方してくれていた、とまでは言わないにせよ、今のような気配ではなかったはずなのに。
 ダンジァは自身の神経もまたピリピリし始めているのを感じながら、言われるまま、静かにその場から離れる。とはいえ、とても立ち上がれる雰囲気ではないため、ジリジリと膝でにじって動くしかない。
 そうしている間も、ツェンリェンからの視線は冷たい。
 まるで喉元に鞭を突きつけられているかのようだ。

 そんなダンジァの背後で、衛士たちが寝台を運び出そうとしている音がする。
 シィンが行ってしまう。そう思うと、胸が引き絞られるように痛む。離れたくない。側にいたい。付いていけないなら、せめて見えなくなるまで見送りたかった。けれどそれさえ許されないような雰囲気だ。
 医師や薬師たちも部屋を出て行く音を聞きながら、ダンジァは眉を寄せる。
 視線の先のツェンリェンが、長くため息をつく。
 そして言った。

「先ほど、毒の質が判明した。医師も薬師も随分と手こずったようだ。この遅れがどう影響するか……。当然ながら医師たちには全力で治療にあたれと命じたが……」

 ツェンリェンは言葉を切る。ダンジァを見つめたまま、続けた。

「だが報告を聞いてみれば手こずったのも道理だ。用いられた毒は、毒であり毒ではなかった。しかも彼らには馴染みが薄い……」

「?」
 
 毒であり毒ではない?
 戸惑いに目を瞬かせたダンジァに向けて、ツェンリェンが一歩踏み出してくる。
 視線が鋭さを増す。息を呑むダンジァに、彼は言った。

「用いられたのは、薬だ。——但し、騏驥用の。騏驥用の薬物が殿下から検出された。人の体には毒になる、騏驥の薬が。競走出走時には使用を禁止されているはずの——禁止薬物が」

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