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52 大会当日
しおりを挟む開会式も無事に終わり、待機エリアに戻ると、そこは早くも大層な混み具合だった。
この大会中、会場内は大きく三つのエリアに分かれる。
一つは、開会式が行われた本馬場も含むメイントラックエリア。実際に競走が行われるところだ。
さっきは人の姿で足を踏み入れたが、これ以降は馬の姿で騎士と共に登場するエリアになる。スタンドには既に観客が入り始めているし、彼らが予想籤を買うための場所も特設されているし、食事を売る出店なども出ていて賑やかだ。
いわば、大会の「表の場所」と言えるだろう。
そしてもう一つはその手前のウォーミングアップのエリア。
ここは観客の入れないエリアで、表に対して「裏」の場所だ。
騏驥や騎士が、準備運動をしたり最終的な作戦を練る場所でもあると同時に、トラックエリア出る前に鞍をつける場所でもある。
騏驥は、特に問題がなければ自分の意思だけで姿を変えることができる。馬から人へも、人から馬へも自在にだ。
が、極度に疲労していたり緊張していたりすると、その変化が上手くいかなくなることがあるから、万が一に備えて早めに馬の姿に変わっておくものもいれば、馬の姿になることで聴覚や嗅覚が鋭敏になりすぎることを嫌って、装鞍直前まで人の姿のままのものもいる。
それらが混在していて、しかも調教師や騎士もいるから、一番慌ただしい場所だと言えるだろう。
そして、ダンジァが今いるのは、さらにその奥の待機エリアだ。
ここは騎士や騏驥、その世話係とな厩務員や調教師が、出走までの時間を過ごす場所——ウォーミングアップエリアに移るまでの時間を過ごす場所だ。
いくつかの大きな部屋が用意され、皆、それぞれ好みの場所を見つけては寛いでいる。もちろん緊張している者もいるが、リラックスするための放牧場のほか、食べ物や飲み物も用意されていて、流石に王城での大きな大会は至れり尽くせりなのだなと感心せずにはいられなかった。
ユェンとはここで合流する予定だったのだが……。彼はどこだろう。
探していると、メインのスタンドの方からわぁっと歓声が聞こえてくる。
ひとつ目の競走が始まったようだ。辺りも一気に騒々しくなる。
ここからでは、直接競走のの様子は見られないが、メイントラック周辺に置かれている魔術石が音や映像を受信し、ここやウォーミングアップエリアに置かれた石を通して投影される仕組みになっている。
つまり石同士が中継装置になることで、「裏」でも「表」の状況がわかるというわけだ。
そのため、その映像を見た待機中の騏驥たちの間からは次々歓声や応援の声が上がっている。同じ厩舎の仲間を応援する者もいれば、この後のレースに乗ってもらう予定の騎士の様子を気にしている者もいる。
調教師たちはコースの状況について話し合っているし、「裏」は「裏」で盛り上がっている。やはり皆、こうした大きな大会は自然と興奮するのだろう。
初参加のダンジァも、不安というよりむしろなんとなくワクワクしているぐらいだ。
予定では、午前に予選競争が八つ。同距離の競争が二競走行われて、そこで掲示板に乗った五頭ずつが本戦に出走することになる。
午後からの本競走は四競走。午後は鞍上試合の対戦も行われる。
ダンジァは、一哩半競走の、予選の二組目になっている。
二つ前の競争が始まる頃にウォーミングアップ開始だから、それまではここで待機だ。
(一哩半、か……)
ダンジァは自分が出走する予定のレースを思う。
走路を二周弱の計算だ。
紛れがなく、騏驥としての速さと強さがもっとも試される距離だと言われている。
(と言っても、もちろん他の距離や条件が劣るわけでもない。騏驥によって特性が違うだけの話だ)
昨日の昼間、事前にサイ師らと確認した限りでは、特に難あるコースではなかった。が、それはあくまで昨日時点のこと。
当日は、その走路に様々な難関が待ち受けているはずだ。
実際、さっきダンジァもチラリと見たひとつ目の競争では、走路の一部に水が撒かれていた。こうなると走り方も変わってくるから、臨機応変な対応が必要になってくる。
(それも含めてユェン師と少し話をした方がいいかな……)
本当は騎乗騎士と話すのが一番だが、多分シィンと会えるのは、鞍付けが終わってからだろう。
ダンジァが馬の姿に変わって、鞍も付け終わって、本馬場向かうとき。地下馬道辺りで待ってくれているに違いない。
今日の彼は主催としての立場もある。
王子としての立場もある。
貴賓席では、遠方の領地から出場する騎士が所属する騎士隊の隊長や領主と歓談するだろうし、今回のこの大会は、王子主催ということで近隣諸国も気にしていたらしく、一部の国からは開催を祝う使者も来ているようだから、彼らと会う必要もあるだろう。
きっと忙しい。
”騎士”としての彼と会えるのは、おそらく本番直前だろうし僅かな時間だ。
その時に最高の形で期待に応えられるように、事前に準備しておきたい。
しかし、騏驥や騎士が多いためかなかなかユェンは見つからない。
どこかの部屋にいるはずなのだが……と、ひとつひとつ部屋を確かめる。
どこで待機するか決めておけば良かったのかもしれないが、こんなにごった返して見つけづらくなるとは思っていなかった。
困ったなと思いつつ、しかしダンジァはそんな予定外のことも楽しく感じていた。
こんな経験も、大きな大会に出たからこそだろう。
確かに、こうした経験をしておけば、次の機会や遠征にも活かせるかもしれない。
とはいえ、あまりのんびりしてもいられない。
ダンジァが本格的にキョロキョロし始めたとき。
不意に、別の人が目に入った。
ツェンリェンだ。
警備……かと思いきや、なんだか様子が違う。
傍には、女性の姿。
彼は、美しい深衣を纏った女性の腰を抱き、溢れんばかりの笑顔を向けていたのだ。
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