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47 大会前日(7)
しおりを挟む「その、さ、先ほど陛下が広間にお見えになって……。色々と殿下にお言葉を……。それで……」
「……」
「それで……その……へ、陛下と殿下は、その……」
「仲が悪いのですか?」を遠回しに尋ねるにはどう言えばいいのだろう?
悩んでいると、
「見ての通りだよ」
ツェンリェンが言った。
口調は流石に変わらず穏やかだが、表情は硬い。険しい、と言ってもいいかもしれない。今までの優しげな貌とは違う、見たことのない顔をしていた。
彼もまた、シィンを心配し、王の態度に対して思うところがあるのだろう。
「なぜですか」
ダンジァは、思わず声を荒らげていた。
「どうしてあんな……。シィン様は実の御子ではないですか。それに、騎士としてもご立派な……」
話していると、あの時の悔しさが蘇るようだ。
“たまたま”顔を見せたのだって、わざわざ水を差すためだろう。
思い返してぎゅっと拳を握りしめていると、
「だから、だ」
ぽつん、とツェンリェンは言う。
次いで彼は「ちょっと待って」と言うように片手をあげると、夜の庭に向けてふっと視線を投げる。
「ユーファ」
そして歌うような軽やかさで呼んだ。
暗闇の中から、静かに一頭の騏驥が姿を見せる。
現れたのは、黒髪の、美貌の少女だった。
纏う服は紫紺に群青。所々に刺繍された刷毛跡のような黒の模様が美しい。ほっそりとしなやかな体躯はツェンリェンと並ぶと尚更華奢に見える。短めの丈から伸びる、すらりとした脚。
礼装ではないから普通の装いなのだろうが、彼女の可憐さを引き立たせる可愛らしいデザインだ。
花のような、という喩えがピッタリ当てはまりそうな騏驥。ツェンリェンの騏驥は始祖の血を引く騏驥だというが、目の当たりにすると他の騏驥とは一線を画す独特の雰囲気と美しさがありありとわかる。
描いたような美少女だ。
その手に、食べかけの大きな饅頭を掴んでいなければ。
「…………」
絶句してしまう。
騏驥は夜目が効くから、はっきりと大きさがわかる。それは、彼女の顔よりも大きい。おそらく——おそらくだが、宴の菓子料理の一つとして切り分けられて供されていたものではないだろうか。見た覚えがある。
それを丸ごと……?
手掴み?
そもそもそれは一体どこから……。
名乗ることも忘れるほど訝しく思うダンジァの視線の先で、彼女は二度三度瞬きする。
そしてツェンリェンに向けて「大丈夫」と小さな声で告げた。
声まで綺麗だ……。
と、思うダンジァの視線の先で、彼女は手にしていた饅頭を食べ始める。
食べるのを再開した——ということだろう。美味しそうに、笑顔で、しかし黙々と、黙々と食べている。
ツェンリェンが彼女の頭を撫でて苦笑した。
「大丈夫だ。彼女は耳がいいから辺りに誰かいればすぐにわかる」
「…………」
ああ——なるほど。
騏驥の耳の良さを、周囲の警戒に使ったのだ。
さっき彼女が言った「大丈夫」は、辺りに人はいない、という意味の「大丈夫」なのだろう。
確かに、これから話すだろうことは、あまり人に聞かれていい話ではない。
ダンジァも騏驥としては普通に耳がいいと思うが、彼女はそれ以上、ということか。
しかしそれより、その饅頭は……。
疑問に思うものの口に出せないダンジァの前で、ツェンリェンは目を細めてユーファを見つめる。
「その良さときたら騏驥の中でも特別でね。遠くに落ちたものが小麦の粒か大麦の粒かわかるぐらいだ。まあ、金貨と銀貨の区別はつかないんだが」
「…………」
頷いていいのか冗談なのかわからなくて黙っているダンジァの前で、ユーファはあっという間に饅頭を食べ切ってしまう。
だが最後の一口を食べ終わったと思った次の瞬間、彼女の反対の手には別の食べ物があった。香ばしく焼かれた肉の香りと香草の香りがする。
甘いものの次は塩辛いもの——だろうか。
しかもこれは量が尋常ではない。一つ一つは手のひらに乗るサイズだが、魔術のかけられた袋にでも入れてるのか、次から次へと出てくるのだ。そして彼女は、それを黙々と食べ続けている。
その場に行儀よく座って、品よく美味しそうにニコニコと。
——飲むように。
その凄さから——奇異さから目が離せずつい見つめてしまっていると、
「可愛い子はお金がかかる」
再び本気なのか冗談なのかわからない口調でツェンリェンが言う。
騎士の理想の騎士——と思われる彼だが、そんな彼の騏驥は始祖の血を引く特徴以外にも珍しい特徴を持つ騏驥のようだ(しかも、食べ続けているのに彼女のお腹はぺたんこのままだ。どこに入っているのだろう……? ダンジァも代謝のいい方だが、謎である)。
それとも、彼も見た目やちょっとしたやりとりからでは伺えない一面があるということだろうか。
そんなツェンリェンは、今ももぐもぐと口を動かしているユーファに向け、
「警戒だけはしっかりと」
と、短く伝える。その簡潔さや、「うん」というように頷くユーファの様子からは、二人の間に二人だけにわかる強い関係性があることが伝わってくるかのようだ。
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