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43 大会前日(3)
しおりを挟む騎士から、その騏驥に合った立派な誂を贈られるというのは、それまで騏驥を育て、訓練してきた調教師にとってもとても嬉しく、また誉高いものなのだ。
騎士にそれだけ見込んでもらえるような騏驥を育てられたのだ、と。
しかも、新しい礼装は、前夜祭用に着たこれの他に、さらに当日用のものが別にあるらしい。
落ち着いていて品がいい上に洗練された色味も目に心地よく、こんな格好をすることなど、もう二度とないだろう。そしてそんな装いに負けないこの剣の見事なことといったら……。
これだけが自分の手元に残るのかと思うと、耐えられなくなりそうだ。
(それにしても……)
ダンジァは、あの日の、あの夜の、激昂したシィンの貌を思い返す。
ずっと静かに怒っていることは伝わってきていた。それだけのことをしている自覚もあった。
(でもまさか、リィ様をあんなに……)
あんなに嫌っているとは思っていなかった。
名前を出した途端に人が変わったように怒りを露わにされて……。
あんなにお怒りになるとは思っていなかった。
(リィ様も色々と立場がおありのようだし、あまり仲が良くないのだろうか……)
騎士の方々の関係はよくわからないな、とダンジァはため息をつく。
まあそれを言えば、騏驥同士の関係も、騎士にはわからないことだらけだろうが……。
そう考えると、お互い遠い存在なのだと改めて感じる。
人の姿でいることも多いから勘違いしそうだが、騏驥は「人ではない」のだ。
そう、つまり。
同じ人同士でも想いを寄せることが畏れ多いような相手に、邪な気持ちを抱くなどあってはならないと——そういうことなのだ。
本来なら。
……もう遅いけれど。
だからある意味——。今回シィンと距離ができたことはいいことだったのかもしれない……。
ダンジァは思う。無理矢理でもそう思う。思おうとする。
こうして物理的にも心理的にも距離ができていれば、吹っ切れそうだ、と。
ただの騏驥としてこの大会で全力を尽くし、それで、終わり。
終わる、のだ。
剣は、残るのが辛いなら、見るのが辛いなら、しまい込んでしまえばいい。
どうせシィンの騏驥でなくなれば、もう佩くこともなくなるだろう。
見えないところに押し込めてしまえばいいのだ。
——なかったことのように。
初めから、何もなかったように。
ダンジァはため息をつく。
とはいえ、本当に自分は頑張れるだろうか。
体調はいい。そして実際、調教のタイムも良かった。
でも……。
胸を、シィンの貌が過ぎる。
少し前、この前夜祭がまだ始まったばかりのとき。
主催者として、王子として臨席している彼を見たとき、ダンジァはそのあまりの素晴らしさに息を呑んだ。
眩しいほどの美しさと凛々しさ。
命じられるまでもなく自然と見上げ、その足下に跪いてしまいたくなるほどの、有無を言わさぬ特別な佇まいは、身体の内側から光っているのではないかと思うほどだった。
普段からもちろん騎士らしい立居振る舞いではあったのだが、華やかで威厳ある装いに身を包んでいると、他の「騎士」とは全く違う、特別の立場なのだと、改めて感じられるようだった。
生まれながらの騎士で、加護の魔術を受けた稀なる方……。
(加護だけではなく、魅了か何かの魔術も身に付けていらっしゃるのではないだろうか……)
そんなシィンは、前夜祭が宴に移ってからは自らすすんで騎士たちに声をかけていた。騎士が連れている騏驥たちにもにこやかに話しかけていて……。
けれどダンジァは、そんなシィンの傍には呼ばれなかった。
この場のシィンは、「王子」。
王子として振る舞うのだから、ダンジァを気にかけている場合ではないのだと、頭ではわかっているけれど……。
きっとそれだけではない理由で、避けられている——。
ダンジァはそれが辛くて、広間から逃げ出したのだ。ここへやってきた。一人になれる場所に。シィンの声も聞こえない場所に。姿を目で追わずに済むところに。
こんなことで、明日の本番は大丈夫だろうか……。
ダンジァがまた一つため息をついた時だった。
「ああ——ダンジァ、ここにいたのか」
突然、焦った様子のシュウインが姿を見せた。
本来なら大会の出場者だけが参加できるこの宴だが、彼はツォ師の計らいで、特別に来ていたようだ。
王の騏驥のうちの数頭が見習いの騎士と共に大会に出場予定だから、その付き添いでもあるのだろう。
王の騏驥たちは、王族のための騏驥ではあるが、普段の調教は普通の騎士や騎士見習いによって行われている。実際問題として、毎日毎日、王や王子が全ての騏驥に乗って調教するわけにもいかないためだ。
だから大会に参加するとなれば、普段調教してくれている彼らを背にして出場することもある。今回も、そんなふうに出場する騏驥が何頭かいるようなのだ。
しかしそれにしても、シュウインは一体どうしたのだろうか。
戸惑うダンジァが理由を尋ねようとした寸前、
「早く、こっちに」
いきなり手を取られて引っ張られた。
そして彼は早口に言う。
「陛下がお見えになる。急いで」
「えっ」
陛下!?
そんな予定だっただろうかと、ダンジァは今までに聞いた全ての話を思い出そうとする。が、なかったはずだ。流石にそんな予定があれば覚えている。
戸惑いはしたものの、とにかくシュウインに引っ張られるまま広間に戻る。
と、そこは既に微妙に空気が変わっていた。陛下の件が伝わっているのだろう。
そしてダンジァは、あれよあれよという間にシィンの前までたどり着く。
目が合うと、彼は「ん」と言うようにひとつ小さく頷いた。
「父上がお見えになるそうだ。特別どうということはないだろうが……わたしの側で普通にしていろ」
「は、はい……」
「急なことですまない。皆にも……余計な気遣いを……」
最後の方の声は、ため息混じりのような、ほとんど呟きのような細さと小ささだ。チラリと見た横顔も、普段の、さっきまでの明るさがない。
一体どうして……と思っていると、先触れの者が陛下の訪れを告げる。
広間にいる全員が膝をつく。
やがて、扉が開く音がする。
視界の端に映るシィンのその貌は、いつになく張り詰めたような表情をしていた。
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