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37 騏驥の動揺

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  自分がどんな顔をしているのかわからないから、顔を上げなければと分かっていても上げられない。困ったなと思いつつ、それでもなんとか顔を上げ、しかし目を逸らすようにしてなんとなく身体を揺らしていると、そのせいで目についたのだろう。

「帯剣しているのか?」

 リィが確かめるように尋ねてくる。

「は——はい」

 ダンジァは自分の声が緊張を増すのを感じつつ、説明した。

「その……殿下に、いただい……て……」

 どうしても声が小さくなる。
 自分のようなものが、という思いが消えない。
 誤魔化すように、ダンジァは矢継ぎ早に言葉を継いだ。
 
「登城の際の通行証になるから、と、身に付けているのです。大会の時も人の姿の時は礼装になるから、慣れておけ、と言われて……。変でしょうか」

 そっと尋ねると、リィは微笑んで「いいや」と首を振った。

「似合っている。お前は上背があるから少し大きめの剣の方がいいのだろう。自然で気づかなかったほどだ。だが……」

 しかしそこで、彼は言い淀む素振りを見せる。
 なんだろう、とダンジァが不安になり始めた頃、リィは、彼にしては珍しく、戸惑いながらという様子で再び口を開いた。

「その、剣の銘は聞いているのか?」

 僅かに見上げるようにして、彼は訊いてくる。ダンジァは素直に「いいえ」と答えた。

「聞きそびれてしまって……。今更お尋ねするのも、なんだか気が引けてしまって聞けないままなのです」

「……そうか……」

「あの……」

 何かお気にかかることが?
 何か考えるように俯くリィに、ダンジァがそろりと尋ねると、

「……期待……されているぞ」

 再びダンジァを見つめ、リィがぽつりと言った。
 その貌は、直前までとは雰囲気の違う真剣さだ。
 なんだかただごとじゃない様子に、ダンジァは俄に落ち着かなくなる。
 目を瞬かせるダンジァの前で、リィは剣に目を移して静かに切り出した。

「正直なことを言えば、確信はない。わたしは剣にはあまり詳しくないからな。が……鞭には少々詳しい。その流れで一度だけ目にする機会があったんだ。殿下の剣を、いくつか」

「……」

 剣と鞭。
 剣はこの剣のことだろう。
 鞭?
 戸惑いが増すダンジァをじっと見つめ、リィは続ける。

「剣に詳しくないわたしが目にできたのには理由があった。それらの剣は少し特別なものたちだったんだ。端的に言えば、鞭と揃いになるように作られた、とても珍しいものたちだった。だから城の手入れ係と保管庫の者が、特別に見せてくれたんだ。わたしは、鞭のことで彼らと色々と話すことも多かったり、道具屋で顔を合わせることもたびたびで、親しかったからな」

 当時を思い出すような顔で、リィは続ける。

「保管についての助言を求められた面もあったのだと思う。鞭と剣では保管方法が違う。揃いで作られたものだが別々に管理していていいものだろうか、とな。結果としては別々にすることになったのだが——それはそれとして」

 リィはダンジァを見た。次いで彼が帯びる剣を。そして再び、ダンジァを。

「その剣は——お前が殿下から下賜されたその剣は、おそらく『星駕』だ。殿下がお使いの鞭である『景星』と揃える形で作られた剣のうちの一本だと思う」

「……」

「言わずもがなだが、素晴らしいものだ。殿下ならば他にも数多く名剣をお持ちだろうが……敢えてその剣を下賜されたということは、お前にとても期待をかけているのだろう」

「…………」

 リィの声や言葉は、静かだが励ましに満ちている。
 話の内容が他のことなら、それを嬉しく感じただろう。しかし今は、その内容の重みに、ダンジァは声も出せなかった。
 傍のシュウインが驚いたように「凄いな」と声を上げた気もしたが、それに反応することすらできない。

 腰の剣が、みるみる重さを増していく気がする。
 期待してくれているのは嬉しい。応えたいと思う。シィンの喜んでいる顔が見たいと思う。「よくやった」と褒められるのは嬉しい。
 でも。

 でも——。

(さすがに……これは……)

 腰の剣が重たい。今までとはまるで違ってしまったかのようだ。

「自分などがいいのだろうか」と思う一方で、手にした時から不思議と馴染んだ剣だった。こうして帯びているだけでなんだか嬉しくて、気恥ずかしいようなくすぐったいような感覚を覚える一方で、触れているだけで、眺めているだけで気分が浮き立つような……反面、落ち着くような。
 シィンから貰ったものだということを差し引いても、気に入っていた。あまり物に拘らない自分が、いつも目につくところに置いていたいと思うほどに。

 でも……。

 今のリィの話が本当なら(おそらく本当だろう)、それほどの由緒のある剣を自分が持っていていいのだろうか。
 シィンはどういうつもりで、これを自分に……?
 
 期待されている、とリィは言った。
 お前に期待をかけているのだろう、と。

 それは……嬉しい。
 嬉しいけれど……。

 でも。

 一番でもない自分が、果たしてこの剣に見合うほどの期待に応えられるのだろうか……。




 リィと別れ、シュウインに案内を再開してもらい、城内を見て回り、自分の馬房に戻ってからも、ダンジァの動揺と胸の中のモヤモヤは晴れないままだった。

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