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13 出場予定確定
しおりを挟む「え……」
いきなりのことに、すぐに返事ができない。
数秒後、
「む、無理です」
ダンジァ慌てて頭を振った。
そうだ。肝心なことを言っていなかった。
「無理です。できません。大会のことは知っていますが自分は登録していないので……」
しかし青年は「大丈夫だ」と平然と言う。
ダンジァは困惑した。
今までの言動からしても、目の前の青年騎士が相当の家格の貴族だということはわかる。だが、すでに登録期間の終わっている大会に出場する——させるというのは、さすがに無理ではないだろうか。
小さな大会ですらそんな話は聞いたことがない。規則あっての大会だし、次に開催が予定されているものは尚更だ。
王室主催の大会で——確か王子主催の大会で、騏驥の競技大会の中でもかなり大きなもの。騏驥や調教師によっては、この大会でいい成績を収めることを目標にしている者もいるほどなのだ。
しかし青年はまったく不安に思っていない様子だ。
その堂々とした様子を見ていると、「出られるのかどうか」とは違った訝しさが込み上げてくる。
この人は……。
この人は、もしかして……?
「あの……!」
名前すら、まだ知らない人。
まさかそんなはずは、と思いつつダンジァは彼に向けて口を開く。
あなたは誰ですか——?
そう、問おうとした寸前。
「お前はこの大会に出るのだ、ダン。わたしとともに」
「……」
「登録の有無など気にせずとも良い。お前は出られる。わたしが乗れば」
——この大会の主催はわたしだ。
続いた言葉に、ダンジァは「ああやはり」と思ったのが半分。
そして慌てたのが半分だった。
ダンジァは咄嗟に、今までの「互いに触れられる距離」から更に下がると、膝をつき、より深く頭を垂れる。
「っ……知らなかったこととはいえ、失礼いたしました」
目の前にいるのは、王子だ。
この国の王子。家格どころの話ではない。
立場としては一応「横並び」となっているはずの騎士たちだが、もちろん実際はそんなことはない。勲功や家柄で暗黙の序列があり、その頂点に君臨しているのが王家であり王だ。そして王子はといえば、実際は式典等以外で騏驥に乗ることのない王と違い、時には遠征にも出る立場だ。
つまり、実質は王子こそが騎士の頂点と言っても過言ではない。
とはいえ、王城所属の「王の騏驥」ならともかく、一介の騏驥では王や王子の顔など知る由もなく、顔を見てもわからなかった。
名前は……確かシィン。
シィン殿下だ。
名前だけは辛うじて聞いたことがあったから、彼の名を確かめておけばもっと早くわかっていたかもしれないのに。
ダンジァは自分の迂闊さに眉を寄せつつ、ただただ頭を下げる。
無礼は働いていないつもりだが、気付かぬところで失礼なことをしてしまったかもしれない。
サイ師に迷惑がかからなければいいが……と思っていると、
「顔を上げよ。そんなに俯いていては疲れるだろう」
頭上から声がする。
次いで近づく足音が聞こえ、ダンジァは慌てて更に下がる。
途端、プッと吹き出した声がした。
「馬鹿者。どこまで下がる気だ」
「で、ですが……その」
「お前は今、わたしの騏驥だ。寄れ。構わぬ」
まったく、と青年は——シィンはため息をつくようにして言うと、
「顔を上げろ」
と繰り返す。
「……」
ダンジァがそっと面をあげると、シィンは苦笑してダンジァを見つめていた。
「それで良い。言いたいことがあるなら言っていいぞ。全ての発言を許す。今までと同じだ」
「…………」
「もう少し近くに来い。遠い。お前は他の騎士と話す時もそんなに距離をとるのか? そうではあるまい」
暗に、今までのダンジァの距離感のことを指しているのだ。
仕方なく、ダンジァはそろそろとシィンに寄る。
さっきまでと同じぐらいに——しかしそれよりはほんの少し距離を取って。
全身が緊張しているのがわかる。
色々な騎士に乗ってもらってきたダンジァだが、流石に王子は初めてだった。
王をはじめとした王族は、普段は王城の厩舎に所属する「王の騏驥」に騎乗している。噂では、現王の第一王子は騎乗に巧みで優秀な騏驥の発掘にも熱心だと聞いてはいたが……。
だがまさか彼が「そう」だと思わなかった。
街で一人で気軽に食事をしていたような、彼が。
しかし言われて振り返ってみれば「だからか」と思い至ることも多々ある。
ダンジァから見ればかなりの我儘とも思えることが通用していたのもそのためだろう。
(リィ様を敬称で呼んでいたのもそのためか……)
王子だからこそ、形だけとはいえ同じく王族の血を引く相手をぞんざいには扱えないのだ。
だが。
「どうして黙っていらしたのですか……?」
ダンジァは尋ねる。
そう。どうして隠していたのか。
と、シィンは可笑しそうに軽く片眉を上げて見せた。
「お前、自分が今どんな態度をとっているか考えてみろ。早々に明かしていては、まともに話せなかっただろう? それは嫌だった。わたしはお前と話をしたかったのだ」
忌憚のない意見というのが聞きたくてな。
シィンはじっとダンジァを見つめて言う。
その気持ちはわからなくもない……ような気がする。
普通の騎士相手ですら、騏驥は遠慮する。それが更に王子となれば尚更だろう。
(ということは……)
彼は——シィンは本当に「騏驥の思う一番の騏驥」を知りたかったと言うことか。
それほど「一番」に拘るとは……。
さすが王子、ということなのだろうか。
ダンジァが考えていると、
「それはそれとして、大会に出るぞ。サイ師にはわたしから話しておく。いいな」
反論など許さない、という口調で念を押すようにシィンは言う。
だがダンジァはすぐに返事ができなかった。
大会のことは全く考えていなかった。しかも、彼に騎乗してもらって出場なんて。
すると、
「不満か」
シィンが微かに眉を寄せる。
ダンジァは「そういうわけでは」と首を振った。
「不満、というわけでは……ありません。ただ、突然のことで……」
ダンジァは言葉を選んで続ける。
「突然のことで、戸惑っております。なぜ自分なのでしょうか。もし殿下が出場なされるとあれば、それこそどんな騏驥でもお選びに——」
「わたしが出場したいというわけではない。わたしはお前を出したいのだ。お前を出すために、わたしはお前に乗る。そしてお前は勝て。勝てば『一番の騏驥』になる。それでなんの問題もない」
「! なぜ……」
ダンジァは、戸惑いのまま我知らず言葉を零していた。
「なぜそんな……」
自分にそこまで……?
ダンジァは問う。と、
「わたしがそうしたいからだ」
返ってきたのは「当然だろう」と言いたげな声だった。
一層驚くダンジァに向けて、シィンは続ける。
「お前はいい騏驥だ、ダン。だからわたしはそれを広く示したい。出場の理由はそれで充分だろう」
「…………」
「本番まではまだ間がある。わたしとともに練習を重ねれば、必ず優勝できよう」
案ずるな。
そして更に続けると、シィンはくしゃくしゃとダンジァの髪をかき混ぜる。
戸惑ったままのダンジァに目を細めて微笑み、彼は続けた。
「わたしの名には『星』という意味がある。覚えておけ、ダン。お前のここと同じ名前だ」
言いながら、シィンはダンジァの眉間に再び触れる。
他愛のない接触。
しかし途端、ダンジァはそこが燃えるように熱くなった気がした。
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