上 下
98 / 98

【番外】騎士と騏驥の旅(了) *有*

しおりを挟む

 ◇


「ぁ……ぅ……」

 ゆっくりゆっくりと挿し入ってきたものの、その大きさと圧迫感はいつも通りのかなりのもので、リィは身体の中身が押し上げられるような苦しさから何とか逃れようと切れ切れに声を零す。

「大丈夫?」

「ん……っ……」

 大丈夫——ではない。
 苦しい。
 けれどその苦しさも心地いい。

 胡坐をかいて座るルーランに向かい合って座るような格好で貫かれながら、リィは快感と苦しさに震える指でルーランの腕をきつく掴む。
 抱きしめられると、身体中に彼の鼓動が伝わってくる。首筋にかかる息はしっとりと湿り、彼もまた昂っているのだとわかる。それが——嬉しい。

「ぁ……っん……」

 深く埋められ、ぴったりと身体が重なったように感じられるとそれだけで胸の奥がぞくぞくとさざめく。彼と繋がっていると——彼の一部が、自分の中にあると思うだけで。

「……場所が場所だから、俺が乗っかると背中痛いかと思ってあんたに乗っかってもらったけど……膝、痛くない……?」

 ゆるゆるとリィの身体を揺らしながら、ルーランが尋ねてくる。

「ん……平気……だ……」

「ホント? いつもみたいな快適な寝台じゃないけど」

「いい……そんなの……お前がいる、から……」

 どんなに素晴らしい寝床でも彼がいないのならそこは冷たく寂しい場所だし、山の中でも彼がいるならそこは素晴らしい場所なのだ。愛しい相手と寄り添う以上に心地よい場所などないのだから。
  
 リィが応えると、その体奥のルーランの熱の塊が一層大きくなった気がする。
 張り詰めたそれはリィの身体が異物に馴染むのを待つと、徐々にその動きを活発にしていく。

「っん……っ……」

「気持ちいい?」

「ん……」

「俺もすごく気持ちいいよ。あんたの身体、温かくてすべすべしててつるつるしてて……ホント気持ちいい」

「ぁ……っ」

 言いながら首筋に軽く歯を立てられ、その疼くような刺激にリィは背を撓らせる。
 ルーランの動きがまだ激しくないためか、快感はじれったいほどゆるゆると充填されていく。中途半端に乱された衣が手足に纏いつくのがもどかしい。けれどそんなもどかしさにすら劣情を煽られる。

「髪も良い匂い。あんたの髪、つやつやで大好きなんだよね……」

 胸元に回された手で乳首を弄られながらそんなことを言われ、リィは真っ赤になりながら抵抗するように頭を振る。
 繋がっている部分と、先刻からずっと弄られている乳首と、時折ルーランの吐息を感じる首筋と。無防備に彼に明け渡しているところを執拗に——丹念に愛撫され、頭の中がぼうっとしてくる。
 気付けば、より深い快感を求めて腰を揺らしてしまう。
 そんな自分の淫らさにますます赤面していると、

「かーわいい」

 笑い交じりのルーランの声がした。うなじに、ちゅっと口づけられた。

「もっと動いてよ。それとも——俺が動く方がいい? 待ちきれない?」

「っ……」

「中が熱くなって、俺の締め付けてきてるもんね」

「っそ……んなことしてなぃ……っ……」

「いいのいいの。わかってるって。あんたは恥ずかしがり屋だけど身体は正直だもんな」

「……!」

 リィは一瞬で耳まで真っ赤になる。
 そんな顔までじっと見つめられて、リィは羞恥に目元を染めながらルーランを睨んだ。

「あ、んまり、見るな」

「ん? なんで?」

「恥ずかしい、から」
 
「そう? あんたのどこもに恥ずかしがるようなところなんてないけどな」

「それでもだ……っ」

「でも見たいし」

「っ……見るな……!」

「それは難しいなぁ」

「ぁ……っ、ル……ラン……っ……!」

 声とともにグン、と突き上げられ、その衝撃に大きく背中が撓る。
 そのまま立て続けに激しく抜き挿しされ、リィは必死にルーランにしがみついた。そうしていないと、次々と打ち寄せてくる快感に一気に攫われてしまいそうになる。
 散々焦らされていた身体は与えられる刺激に容易く応え、それどころかもっともっととねだるように蠢いてしまう。ルーランが抽送を繰り返すたび、リィもまた体奥の肉の感触を味わうように腰を揺らしてしまうのを止められない。

「あ……っゃ……っ」

「彼は、あんたの顔、見ながらするの……好きだけどな……」

「っあ……っ」

「俺として、気持ちよさそうな顔になってんの、見るの、凄い嬉しいし……っ——」

「ぁぁあッ——」

 腰を抱き寄せられ、一際深く埋められ、高い声が零れた。
 慌てて口元を押さえたけれど、手遅れだ。
 頭がくらくらする。熱くて——気持ちが良くて——彼のことが好きで堪らなくて——。

「あんたも、俺の顔見るの、好きだろ」

「っ……」

「好きだろ?」

「そん……っ……」

「正直に言えって。どうせ俺しか聞いてないんだし」

「ア——あっ——」

 揺さぶられながら繰り返し尋ねられ、リィは首まで赤くなりながらとうとう幾度も頷いた。
 好きだ。こうしてくっついて彼を身近に感じられることが。彼と混じりあっていると感じられることが。
 彼といることが。
 彼がいることが。
 ——彼が。

 彼がもし——もし何か隠し事をしているとしても、きっとずっと好きでいる。
 彼がもし——もし何かを誤魔化そうとしてるとしても、きっと好きなままでいる。
 彼がもし——自分の知らない”なにか”だとしても、きっと——。
 きっと、また好きになる。
 
「き……好き……っ」

「ん……」

「好き、だ……ルーラン……っ」

「うん……俺も——俺も大好き。好きだよ——リィ——」

「ル……ぁ……あ、ゃ……あァっ——」

「愛してる——リィ——俺の——」

「ゃ……ル……奥、ぁ……だめ——ぇ……」

「ダメじゃないよ。あんたのここ——もっと欲しがってる」

「や……ひぁ……っ」

「言ってよ……もっと欲しい、って——」

「ぁア——っ」

 背が軋むほどに強く抱きしめられ、猛った熱を叩きこまれる。
 それまでのゆるやかな交歓は嘘のように激しく求められ、突き上げられるたびに、頭の芯まで痺れるようだ。目の奥がチカチカして、喘ぐばかりで呼吸もままならない。
 なのに——まだ欲しい。

「ル……ラン……っ」

「ん」

「ル……ぁ……欲し、ぃ……っ……」

「うん——」

「もっと——もっ……奥まで……っ——」

 言い終えるより早く唇を塞がれ息ごと声を奪われる。
 口づけが深くなるごとに繋がりも深さを増し、絡み合う舌がより互いを求めるほどに抱擁も強さを増していく。

「ん、んんっ……ッぁンっ」

「声——恥ずかしいんだろ。だからずっと口づけてようぜ」

「ん……っん、ん、んぅ……ぁふ……っ……」

 粘膜が擦れ合うあられもない水音が耳を掠めるたび、その淫らさに身体の内外から犯されているような感覚になる。張り詰めた性器をルーランの腹に擦り付けるのが止められない。苦しいのに口づけをやめたくない。恥ずかしいと思っていても、より深くより濃密な快感をねだるのを止められない。
 奥まで何度暴かれても、もっと奥へ——もっと奥へと欲しがるのを止められない。

「ぁ、あ、アあッ——」

 リィが求めればルーランは応じ、彼が動くたび肉壁が悦びにさざめき、身体の奥で熱がうねるのがわかる。
 欲望が、解放を求めて暴れているのがわかる。
 
 リィはルーランにしがみつくと、いやいやをするように頭を振った。
 もっともっと気持ちよくなりたい。もっともっと。
 もっと彼が欲しい。彼が自分になってしまうまで。自分が彼になってしまうまで。
 ——溶けあいたい。

 終わりたくない。
 離れたくない。
 どうして。
 どうして離れなければならないんだろう。

 こんなに好きなのに。
 こんなに好き合っているのに。

「ル……ラン……っ……」

「ん……っ」

「ルーラン……っ、好きだ……」

 好き——。

 まるで口に出さなければ胸がいっぱいになって破裂してしまうかのように、リィは繰り返しその言葉を紡ぐ。なぜか零れた涙を、ルーランの唇が優しく掬ってくれる。
 強く——そして包むように抱きしめられ、愛してる、と吐息のような囁きを聞きながら、リィは快感の波の中に素直に身を投げ出していった。

 


 ◇ 




 疲れたのか、達した後もぐったりとしたままのリィの身体を拭いたり舐めたりして綺麗にしてやると、ルーランはリィが気にしていた火へと視線を向ける。目配せすると、消えかけていた炎が再び燃え上がり、徐々に程よい加減に収まる。
 それを確認して、ふん、と鼻を鳴らすと、ルーランは馬の姿に変わった。
 
 そしてゆっくりとリィの側に近づき、脚をたたんで座り身を寄せると、予想通り、リィはむにゃむにゃと寝ぼけたような声を上げながらくっついてきた。

「……ルーラン……?」

<……気にしないで寝ろよ。こっちの姿なら、もし何かあったときでもあんたのことを護ってやれるからな>

「……?? ルーラ……きもちいい……」

 会話になっていない。
 ルーランは馬の姿のまま思わず頬を綻ばせる。

(子供みたいだな)

 しかも、脱げかけた衣なんていつもの彼なら絶対に嫌がるだろうに、今のリィはルーランの毛並みが気持ちいいのか、むしろ露わになっている肌を摺り寄せてくる。

(人の姿の時と全然違うんだよなァ……)

 ルーランは喜んでいいのか悪いのか判断しかねたものの、リィの好きなようにさせておく。いずれにせよ、彼に抱きつかれて悪い気はしないからだ。
 するとほどなく、リィは、ごろりと横たわったルーランを抱きしめるような格好で、お腹に頬を寄せるようにして眠り始める。

「おまえ……暖か、ぃ……ふわふわして……毛が……暖かで……お前の心臓の、音……んん……」

 言葉になっていない寝言。無防備だ。
 だが無防備さでいえばルーランも同様だった。寝転んで腹を見せるなんて——他のヤツには絶対にしない。もっとも、それを言えば別の誰かの騏驥になること自体が”ありえない”のだけれど。

 だから。

<余計なことは思い出さなくていいんだよ、リィ>

 考えなくていい。
 それは、俺の役目。

 俺が考えて、今度こそなんとかする。

 そう胸に誓いながらじっとリィの寝顔を見つめていると、その瞼がぴくりと震え、微かに上がる。

「…………ルーラン……お前は……寝ないのか……?」

<言ったろ。俺は寝なくても大丈夫なんだよ>

「ん……」

<だから安心して寝ろよ。火も大丈夫だか……>

「……ルーラン……」

<ん?>

「守って、やるからな……」

<!?>

 その声に、ルーランは瞠目した。
 寝言だ。きっと意味なんかない。けれどその言葉は胸の奥まで届き、そこを震わせる。

<リ……>

 戸惑いつつ声をかけようとして——ルーランは止める。リィは再び小さく寝息を立てていたからだ。

(…………心臓に悪いなあ……)

 ルーランは苦笑すると、心臓近くに感じるリィの温もりに浸る。
 明日——王都に戻れば旅は終わる。次にまた二人で出かけられるのはいつになることか……。
 父親を探しに出かけては、がっかりするリィの顔を見るのは正直辛いけれど、二人だけになれる時間は嬉しく貴重だ。

 緩やかで規則正しいリィの寝息を気持ちよく聞きながら、ルーランは思う。
 このまま。
 このままずっと一緒にいられればいい。

 ずっと。
 何も変わらず。
 何も考えず。
 何も思い出さず。

 一緒にいられれば、それでいい。

<俺は、それでいい……>

 ずっと一緒にいて。
 そしてときに二人で旅して。
 またこうして山の中で寝るのもいいし今度は水辺だっていい。もちろんどこかの宿屋だって。二人なら、なんだって。
 
 そうしてまた王都に戻って、ずっと一緒に過ごすのだ。
 騎士と騏驥として。ずっと。
 笑い合って、時に喧嘩をしても仲直りしてまた笑って——。
 今度こそ——ずっと。

<……おやすみ、リィ。いい夢を>

 囁くと、心地よさそうに寄りかかって眠るリィを見つめる。

 
 彼にとっての特別を。
 彼にとっての唯一を。
 ルーランは朝までずっと、見つめ続けた。 



END
 
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...