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【番外】騎士と騏驥の旅(5)

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 いい加減にもほどがある。
 都合のいいことは全部覚えているくせに……。

(記憶能力に何か大きな問題でもあるんじゃないのか……)

 リィが眉を寄せつつ胸の中で毒づいていると、

「でも寝ないと疲れるぜ? 朝までずっと起きてるなんて無理なんだから、さっさと寝ろよ」

 そんなリィの思いなど全く意に介していないようなルーランの声が届く。リィは即座に言い返した。

「無理じゃない。一日ぐらいの徹夜なら平気だ」

「無理だって。昨日の宿でもヤったらすぐ寝ちまったじゃん。今日も、ずっとあちこち行きまくってたんだし徹夜なんて無理に決まってる。俺にはわかるんだからな」

「…………」

 先刻からの、騏驥が騎士に対しているとは到底思えない口調の数々に加え、昨夜を思い起こさせるような発言に(しかもリィがまったく情緒がないかのような言い草だ。立て続けに二度も行為に及べば疲れて眠ってしまうのもやむなしと思うのだが)、さすがに一言二言注意をしようかと思ったが、リィは睨むだけに留めた。

 言葉遣いはともかく、図星をさされた格好だからだ。そう。本音を言えば疲れている。
 父について何か手掛かりが掴めるのではと出かけては、空振りに終わって帰るのは、心身ともに疲れてしまうのだ。

 そしてそんなやるせないような疲労感は、ルーランには伝わってしまうのだろう。長く乗り続けていると、手綱を通して直接想いをやり取りするわけではなくても、跨り、直に触れ合うだけで、お互いなんとなくわかってしまうものなのだ。
 騏驥との間に、それだけ深い関係を築けていることは騎士にとって嬉しいことではあるけれど……。

 だからといって「じゃあ」と寝る気にはならない。
 さっき言ったように、ルーランに任せるのは不安なのだ。それに、父についての手がかりが得られなかったからこそ眠りたくない思いもある。なんとなく、嫌な夢を見そうなのだ。
 この数日が徒労に終わってしまった悔しさや悲しさ。そうした消化しきれない思いと、今夜はなぜか繰り返し感じている、ルーランに対してのもやもやとした違和感が、胸の中でないまぜになっているせいで。

 しかしルーランはといえば、すっかり火の番をやる気になっているようで、こっちを見たかと思えば「さあどうぞ」と言わんばかりに寝床の方を視線で指す。
 このままでは、彼の言葉に甘えて眠ってしまいそうになる。ただでさえ、眠りたいから。
 リィはそんな誘惑を振り払うように頭を振ると、なんとか寝ないための言い訳を探す。

「……いや……だがやはりわたしは起きている。……色々考えたいこともあるからな」

「『考えたいこと』?」

「ああ。父のこととか……他にも、たとえば、あのこととか。あの——わたしに似た誰かが、昔——」

 そう、言いかけた時だった。

「——うわっ!!」

 いきなり身体が浮く。
 ルーランに、不意に抱き上げられたのだ。

「わわ……!」

 慌ててルーランの首筋にしがみつく。
 ルーランはリィを横抱きにしたまま、滑るような足取りで寝床へ向かう。その間数歩。
 全く揺れない。
 けれどリィの胸の中は一瞬で不満でいっぱいになる。

「おい!」

「いーから。ほらほら寝た寝た」

「ルーラン!」

「火は大丈夫だよ。俺がちゃんと番をしてればいいんだろ。約束する」

 約束するって……。
 
 そんなのあてになるか!

 しかしリィが抗議するより早く、その身体は彼が作った寝床にふわりと下ろされる。
 思っていたよりも、ずっと寝心地が良い。一体どういう仕組みなんだろうと思っていると、彼が覆い被さってきた。
 
「おい!?」

 なんで圧し掛かってくるんだ!
 外なのに!!

 リィは足をばたつかせてもがく。が、ルーランはまったく退こうとしない。
 それどころかますます体重をかけてくる。リイが重く感じないように——しかし身動きできないように、巧みに。

「ルーラン!!」

「ん?」

「『ん?』じゃない!! なにをやってるんだ!」

 密着する身体。リィは徐々に体温が上がっていくのを感じながら声を荒らげる。

「っ……火、火は——」

「任せてよ。大丈夫。やることしたらちゃーんと朝まで見てるからさ」

「するな! 外なんだぞ! 何考えて……っ——」

 しかしその声は、ルーランの口づけに止められる。
 軽く触れるだけのそれ。
 けれどリィを狼狽えさせるには十分すぎるものだった。
 絶句するリィに、ルーランはにっこり笑う。

「大丈夫だよ。結界張ってんだから。それに、宿に泊まったら今夜もこうなってただろ? 場所はちょっと違うけど予定通りだと思えばいいじゃん。俺、場所は気にしないし」

「っ……っ……」

 なにが「こうなってただろ」だ!
 なってない!
 ……多分。

 それにこちらは場所を気にする。
 いくら結界を張っているとはいえ、目に入るのは森の中の風景で……つまり、外にいると意識させられるのは変わりない。恥ずかしさがなくなるわけではないのだ。

 だが、リィがなんとか逃れようと繰り返しもぞもぞ身じろいでも、ルーランは身体の上から退こうとしない。行為をやめる気はないようだ。
 リィは唇を噛むと、ルーランを睨み上げた。

「……いいかげんにしろ。あれこれ理由をつけてわたしを寝かせようとしたかと思えば、次にはこんなことまで……。いったいなにを企んでる?」

 のしかかってくる胸に腕を突っ張るようにして抵抗しながら、きつい口調で尋ねる。
 本当は、こんな態度を取りたくはない。彼のことが嫌いなわけじゃないのだ。むしろ好きだ。いや——とても好きだ。好きなどという言葉では到底表せないほどに。もちろん、触れ合うことだって。


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