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しおりを挟む「……どうして……」
彼がここに? どうやって?
驚きのあまり目を瞬かせるしかないリィに、ルュオインは「久しぶり」と片手をあげる。
本物——のようだ。
リィは驚きつつも立ち上がると、彼と挨拶の握手を交わす。
緩やかに波打つ金の髪に青い瞳。少し下がり気味の目元は彼の甘めの顔立ちを一層引き立てている。
騎兵一筋の名門家系に生まれ、その血筋にふさわしい活躍している彼は、明るくさっぱりとしつつもさりげなく周囲を気遣ってくれる頼り甲斐のある性格のためか、同性にも異性にもとても人気がある。
彼の指揮する隊に入りたいと志願するものは後を絶たないようだし、王立学校でも講義も人気のようだ。
そして何より、街の女性たちにとにかく人気があった。
友人や隊の下級兵たちとよく出掛けるからだろうが、「とても美しくとても親密な女性のお友達」が至る所にいるという噂を、噂に疎いリィでさえ何度も聞いた事があった。
最初に会ったのは、まだ騎士学校にいた時。
ヴォエン正教官に紹介されたのだ。
「お前は絶対に騎士になるから、こいつのことは知っておいた方がいい」と。
当時は彼も王立学校の学生だったと思う。
その後、何度か顔を合わせることはあったが、きちんと再会したと言えるのは、騎士になった後のこと。何度目かの遠征の時に一緒になり、彼の騎兵としての素晴らしい手腕を目の当たりにした時だ。
自身の勇敢さや強さはもちろんのこと、周囲との連携も抜群で、リィが騎兵の役割を重要に思っているのは、彼の影響も大きかった。
リィにとっては数少ない「知り合い以上」の相手と言えるだろう。
だから、そんな彼が師にわざわざ相談したことなら——しかもリィが経験したことと似ているなら、ぜひ話を聞きたいと思っていたのだが。
(なぜ、こんなに早く???)
師がルーランとリィの希望を聞き入れてくれて、使い魔らしき鳥を使って彼にそれを知らせたのは、この部屋に入る前。
階段を登りきり、部屋の扉の前で話をした時ではなかったか。
(では私たちはあれからずっとこの部屋の中を歩いていたということか?)
広いとは思ったが。
いや、しかし。
そんなにも長く歩いただろうか。
大体、どうして先を歩いていたはずの師が扉側から——リィたちがここへ辿り着いた方向からやってくるのか。
何もかもわからないことだらけだ。
魔術と魔術師の凄さを改めて感じてしまう。
リィも魔術を履修して身につけてはいるが、それは「魔術が使える」というだけで魔術師には遠く及ばない。
簡単に言えば、リィは呪文やジェムを組み合わせて「既にある魔術を使う」ことはできるが、「魔術を生み出すこと」はできない。
そこは魔術師の領分で、リィのような者でも魔術の力を伸ばしていけばたどり着けることもあるらしいが、大抵は生まれながらに「できる・できない」が決まっているらしい。
ともあれ、ルュオインが来られたなら話が聞ける。
そのことにホッとしていると、
「いや、驚いたよ。知らされたのが家に帰り着く前でよかった」
リィの向かいのソファに腰を下ろしながら、笑ってルュオインが言った。
師はリィの座るソファの右隣——ルュオインから左隣にあるソファに腰を下ろす。コの字型に置かれたソファそれぞれに三人が座ったような形だ。
もっとも、リィの隣にはルーランがいる。許可していないのに騎士の隣に座るなどあり得ないのに、彼は立ち上がろうとする素振りも気配も見せようとしない。
(相変わらず……)
リィはチラリとルーランを見る。
この騏驥は、育成施設で何を学んできたのだろう?
馴致に手を焼く係員の姿が目に浮かぶようだ。
(昔も今も抵抗を続けている騏驥——か……)
三つも「輪」を、枷をつけられながら、それでも運命に抗う騏驥……。
改めてそう考えると、自分はとんでもないものに乗っていると思い知る。
が。それはともかく、今は彼をどうするかだ。
今更「立って少し離れていろ」とも言い辛いし、それに何より、こうしてルュオインの話が聞けるのは、彼がその希望を師に言ったことがきっかけだ。
自分だけだったなら、きっとそれは叶わなかっただろう。
リィはそれを噛み締めると、師の顔を、そしてルュオインの顔を順に見て言った。
「その……今回こうして私が師に話をすると同時に、ルュオイン殿から話を聞く機会を得られたのは、その……ここにいる私の騏驥が希望したことなのだ。もちろん、私もそれを望んでだが。それに、そもそも彼を連れてきたのも、私と一緒に遠征先での気になることを体験したからで……つまり当事者の一人でもある。というわけで、彼をここに同席させるがよろしいでしょうか。……構わないかな」
師に、そしてルュオインに尋ねると、二人は一瞬驚いた顔を見せる。
騏驥を同席させることに、いうよりもリィが珍しく長く喋ったからだろう。
普段、リィはあまり口数の多い方ではないし、やや口籠もりながらもこれだけ一気に話したことで、リィも緊張と興奮で頬が熱くなっているのを感じた。
まったく——この騏驥に関わると、こんなことばかりだ。
それでも、彼に助けられたことは事実。それは彼が騏驥であろうがなかろうが変わらない事実だ。
ならば彼に感謝して、彼の立場を守るべきだろう。
きっとリィだけだったら、師に相談はできていても、今この、ルュオインも含めて顔を突き合わせている時間は作られていないに違いないのだから。
リィは反対されないことを願いつつ二人を見る。
すぐに、カドランド師が笑顔で頷く。
ルュオインも微笑んだ。
「構わないよ。あと、いつもみたいに”ルュオイン”でいい。なるほど、騏驥からの提案、か」
そしてルュオインはルーランに目を向ける。
「遠征の時にリィが乗っていた騏驥か。馬の姿は見てたんだけど、人の姿の時は初めてかな? ——ああ、そのまま直接答えていいよ。師も僕も君の同席を認めているんだから、自由に話していい」
騏驥相手にも朗らかなその声は、彼の明るさそのもののようだ。
周囲から慕われるのがよくわかる。
ルーランはルュオインの質問に「おそらくそうだと思います」と落ち着いた声で答える。
ルュオインが頷いた。
「そうか。じゃあ改めてよろしく。君のおかげで僕も興味深い話が聞けそうだ。師を捕まえて話をしておいて幸運だったな。ずいぶん待ったけれど」
「その分、長々と引き止めてくれた。危うくリィを待たせるところだったぞ」
師の苦笑混じりの言葉に、ルュオインは「失礼しました」と苦笑する。
リィは二人のやりとりに微笑みながら、同意が得られたことで、ホッと息をついた。
(良かった……)
安堵しつつ、傍を見る。
「許してもらえはしたが、だからといって調子に乗るなよ」——と、そう釘を刺しておくつもりだった。
だが。
「…………」
ぶつかったのは、思いがけず真摯な——それでいてとても幸せそうな双眸で、息を呑んだ。
そんな目を、そんな貌を彼がするとは思っていなかった。
見ていると、なんだか胸の奥がギュッと引き絞られる気がして、苦しくなる気がして、リィはそっと目を伏せた。
目を合わせていられない。
「っ……こ、こんな機会はあまりないことだし、許してもらえたからには、できるだけちゃん話すようにしろ。——いいな」
舌まで縺れる。なんとかそれだけを告げると、ルーランが「ん」と短く答える声がした。
それだけのことなのに、胸が跳ねる。
いつもなら「ちゃんと『はい』と答えろ」と言うところなのに。
(なんなんだ、いったい)
心臓の鼓動が速い。いつもより音が大きい気がする。
——どうして?
(なんなんだ、いったい)
何が理由で、何が原因で彼はあんな目でこっちを見ていたんだ。
あんな顔で。
あんな——。
思い出すと、胸が軋む。
痛いわけじゃない。けれど痛さに似た切なさが、胸の奥の奥——隠している柔らかな部分を音もなく撫でる。
そして撫でられるたび、そこは優しく疼き、さざめいて、リィを落ち着かなくさせる。
こんなことは、初めてのことだった。
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