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14 なぜか二人で騎士学校

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 遠征時にはルーランに騎乗するリィだが、普段の日は他の騎士同様、何頭もの騏驥に調教をつける。
 主に調教場で、ときに許可を得て郊外まで出かけ、調教師からの依頼に合わせて騎乗して、長い時間走らせてみたり、速く走らせてみたり、わざと足場の悪いところを走らせてみたり、と、その騏驥がなるべく自らの能力を発揮できるように教えていくのだ。
 生まれた時から他の騏驥とは別に飼育される「始祖の血を引く騏驥」以外は、どの騏驥も育成施設を経てきているから、それなりに気性も能力も整っているが、中には、自分の特性がわかっておらず、それゆえになかなか活躍できない者もいるから、実際に乗ってその感触を知ることは、騎士の大切な仕事でもあった。

 騏驥は決して粗雑に扱われることはないが、「この騏驥はあまり役に立たない」と騎士に思われる事が続けば、当然、乗られる機会は少なくなる。
 騎士は皆、なるべくいい騏驥に乗って功を上げたいのだ。

 そうなれば維持する場所とお金ばかりがかかるから、その騏驥はやがて遠からず「処分」されることになる。
 能力はあっても、自らの境遇に耐えられず発作的に逃亡を試みてしまうような騏驥も同様だ。逃げられるわけもなく捕まり、よくすれば「再教育」、普通はそのまま廃用——「処分」になる。

 だから、リィはなるべく、調教には積極的に乗るようにしていた。
 騎士によっては、朝早くから行われ、調教師たちとの意見のすり合わせもある日々の調教を面倒だと嫌う者もいたけれど。

 そして幸いにして、リィは調教師からも騏驥たちからも評判が悪くはなかった。
「例の噂」のせいか、関わり合いになることを避けようとする者もいはするが、基本的に騎士の良し悪しはその技術で判断される。
 そのため、学校時代から上手いと言われていたリィは、「乗ってみてくれないか」と頼まれることも多かった。

 普段ルーランに騎乗しているから、という理由もあるだろう。
 格別にいい騏驥の乗り心地を知っている騎士は、「それと比べてこの騏驥はどうか」「どこを伸ばせばいいか」「改善すればいいか」の話ができるためだ。
 とはいえ、それについてリィは「あまり期待しないでほしい」とも思っていた。

 ルーランの乗り味に関しては……正直なところ口で説明できないから。

(ただ——)

 リィは背後から聞こえてくる喧しい声に眉を寄せながら思う。

 ただ、「『アレ』に比べて良い点」ならいくらでも挙げられる、と。

 その「アレ」であるところのリィの騏驥——すなわちルーランは、先を急ぎたいリィの思いなどまったく意に介していない風で、「おー」だの「ほー」だのの歓声を、立て続けに、好き勝手に上げている。
 多分、三歩歩くごとに上げているだろう。
 さっきから「さっさと来い」と言っているのに、気づけばリィだけが先を歩いている事が何度もあった。

(まったく……)

 この騏驥に比べれば、どの騏驥も本当に聞き分けがいい思う。
 馬の姿の時も人の姿の時も、「騎士に従う」ということが徹底されている。
 当然だ。育成施設での馴致では、それを一番に叩き込まれるのだから。

 なのにこの騏驥は……。

 リィはため息をつく。
 朝からその回数は数え切れないほどだ。


 騏驥は許可がなければ厩舎地区から出る事は叶わないから、こうして外を自由に歩けて嬉しいというのは——まあ解る。
 遠征に出る以外で外の空気を吸うことは、騏驥にとってはそうないことだから、はしゃぐのも致し方ないだろう、と。
 そして訪れたのが初めて来た騎士学校で、物珍しいというのもわかる。

 わかる——が。

 門をくぐって以降、そうも度々足を止められていては、目的の場所に着くまでに日が変わってしまいそうだ。

「ルーラン! いい加減にしろ! 立ち止まってばかりじゃなく、さっさと歩け」

 こめかみを抑えながら、振り返ってリィは言う。

 そうでなくとも遅刻などしたくないのに、今回は、急な話だったにもかかわらず快くリィの訪問を許してくれた師の元へ行くためやってきたのだ。
 約束の時間に一秒だって遅れたくないというのに。


 この学校の教官の一人であり、魔術研究の第一人者であり、自身もまた魔術師であるモス=ウォム=カドランド師に会い、話をするためだ。
 魔術のことなら、彼に尋ねるのが一番いいだろう、と考えて。

 だがまさか、騏驥連れで来ることになるとは。

「いやー、ほんとに広いんだな。へえ、あっちには馬がいるわけだ」

 見るもの全てが珍しいのだろう。
 またフラフラと道を逸れかけたルーランを慌てて引き止めると、

「そっちじゃない! こっちだ!」

 リィは、とうとうその腕を掴んで歩き始める。

 騎士学校に行くつもりだという話をしてしまったのは失敗だったと悔やんでも遅い。
 だがまさか彼が同行を希望するなんて、考えもしなかった。
 面倒くさがりのくせに、今回は興味が勝ったということか。
 もしくは、外に出られる機会は逃さないという抜け目のなさか。

 本当なら、こんな危険物連れてきたくなかったのだ。
 そもそも連れ歩きたくない。

 だがその一方で、彼は国境近くでの一連の出来事の全てをリィと共有した唯一の存在でもある。
 自分だけでは気づかなかったこともあるだろう。正解を求め、そのためより正しく、より多く師に情報を伝えるには、彼がいたほうがいいのも確かなのだ。
 だからこうして連れてきた。
 これほどあちこちに気が散る奴とは思っていなかったが。 


『あんたの魔術が効かなかったんだろ。もしくは、敵の魔術師の方が上で、破術したか解術したんじゃねえの?』

 それでも、ルーランが言っていた言葉はずっと気になっている。
 その後も考えたが、結論は出ないままだ。

 確かに、対峙した敵の中に魔術師がいたのならば、斥候を命じた者たちがその役目を果たせなかったことに説明は付く。
 リィが彼らに施していた魔術が破術され、何かしらの目眩ましをかけられたのならば。


 人に、もしくは物に対して特殊な影響を与える魔術——それを使える魔術師については、国それぞれによって対応がまちまちだ。
 おそらく、もっとも嫌っているのは唯蘇国。
 そして厚遇しているのはこの国、成望国だろう。
 この国では、魔術師たちは国の中枢にも関わっている。

 騏驥の存在のためだ。

 当初、騏驥は忌まれ、隠された存在だったという。
「馬に変わる化け物」だと、家族間やそれが出現した一部の地域だけで秘密にされていたからだ。
「普通」とは違う「化け物」「異物」。
 平穏な生活を脅かす、危険な、隠蔽し、排除すべき存在——。

 そんな騏驥の扱いが一変したのは、それが戦いにおいて「使える」とわかったとき。
 魔術師の魔術を持ってすれば——魔術を込めた「輪」や鞭や手綱を媒介にすれば、彼らを従わせることができる——兵器として「使える」とわかったときだ。

 そして現在、魔術師らは騏驥に関しての事柄だけではなく、王の政の補佐として、騎士学校の教官として、月読みや星見をする塔の住人として、数は少ないものの、当たり前のようにこの国に存在している。

 しかしあの森の向こうに位置する隣国、唯蘇国はその対極だ。
 近隣の国のうち、もっとも魔術師を冷遇していると言っていいだろう。

 いや、聞いた話によれば、冷遇どころではないらしい。
 特殊な力を持つ魔術師たちによる反乱を恐れ、魔術師だと知られれば処罰されるほどだというのだ。
 だからはあの国には魔術師は一人もいない……と以前からそう言われていたが——実は密かに存在していたということなのだろうか。
 だが、もしそうなら、かの国で正体を隠して暮らしている魔術師が、彼らに寛容なこの国に侵攻する加担するだろうか。

 リィは首を傾げる。

 だからリィは、カドランド師を訪ねることを決めた。
「魔術の調査」と称して、今もたびたび周辺国を巡っている彼ならば、何か自分の知らない各国の状況を知っているのではないかと思って。

(せめて何一つだけでも手がかりが掴めればな……)

 この国は、騏驥によって領土を広げてきた。周囲の国々を、時には”平和的に”支配下に入れ、時には押さえつけ、時には滅ぼす格好で。
 だからあちこちに火種は燻っている。

 ここしばらくは大きな揉め事もないようだし、今は国内の整備の時期と考えているのか、他国への侵攻が再開される様子はないが、何か一つをきっかけに大きく変わってしま可能性は残り続けているのだ。
 王宮内の人々だって、騎士たちだって、おそらく一枚岩ではない。
 極端な話、先祖代々成望国の家系の者もいれば、リィのようにそうでないものもいる。

(とは言え——生まれる前の話では、ただの昔話だが)

 いずれにせよ、後々のために憂いはなるべく早くなくしておきたい。
 そう思って、ここへやってきた——のだが。

「あ。なんか剣の音がしてるじゃん。そういう授業の時間?」

 耳のいいルーランは、また足を止め遠くを指して言う。
 リィは大きくため息をつきつつも「おそらくは」と頷いた。
 無視したいのは山々だが、そんなことをすればこの騏驥は次にもっと大きな迷惑をかけようとするに違いない。

「使っているのは模擬剣だろうが……そういう授業もある」
「へえ。得意だった?」

 面白そうに尋ねてくるルーランに、リィは頷く。

 騏驥に乗るのが騎士、と言っても馬上で敵と戦う以上は剣技も必修だ。
 正式に騎士になれば自らに合った剣を佩くことになるが、授業で使う剣はリィの腕には重過ぎて、なかなか上手く扱えなかった。
 生徒同士の試合でもしばらくは負けてばかりだったし、時には酷く打ち据えられることもあり、身体だけでなく顔にも何度も傷を作った。
 それでも、「絶対に騎士になる」と思えばめげずに頑張ることができた。
 そしてどんな目に遭っても、騏驥や馬を前にしていれば辛さを忘れられた。

 やがて、誰を相手にも負けなくなった。
 上級生相手にも、体格に勝る相手にも。

 懐かしいな……と思い返すリィの傍で、ルーランがくっと笑う。
 なんだ、と見ると、彼は愉快そうに笑って言った。

「俺、あんたのそういう謙遜しないところは好きだよ」
「……!」

 揶揄うようなその言葉に、リィが言い返しかけた寸前。

「楽しかった?」

 重ねて、ルーランが尋ねてきた。
 眩しい何かを見るように微かに目を細め、直前の巫山戯たような表情や声とは違う様子で。

「この学校、楽しかった?」
「……まあ……」

 なぜそんなことを気にする? 

 そう思いつつも別に隠すことではないので素直に答えた。
 なのにルーランの視線はまだリィに向けられたままだ。

 なぜか——どうしてかそれか気恥ずかしく思えて、リィは視線を外すように辺りを見回した。
 そこには、在校時と変わらない風景が広がっている。
 懐かしい甘酸っぱさが胸の中に満ちていく。

 
 鼻を掠めるのは、学校中に漂う馬の香りだ。
 厩舎が離れたところにある王城では感じることのない、生き物の香り。
 入学当初はどこへ行っても——食堂でさえ仄かに香るこの香りに面食らったけれど、数日経てば、どんな匂いより好きだと思えた。

 香りが記憶を呼び覚ますのか、ここに来ると学生に戻ったような気持ちになる。
 リィは成績優秀で普通の生徒よりも早く卒業したから在籍は短い。
 でもその分、密度の濃い学生生活だった。

 寮暮らしだったけれど、部屋よりも厩舎にいた時間の方が長かった。泊まり込むことも何度もあった。
 少しでも馬や騏驥の側にいたくて。

 そしてときには、人の姿で語らう騏驥たちの昔話に一晩中耳を傾けたこともあった。
 学校にいる騏驥たちはもう年を取り、引退した騏驥たちばかりだったから、みんな乗りやすくて性格も穏やかだった。
 だから、いざ騎士となって現役の騏驥に乗ったときには、その元気さと荒々しさに戸惑ったものだが、それも今では笑い話だ。

 来たのはしばらくぶりだから、きっと校内の様子は少しずつ変わっているだろう。けれど、それでも漂う空気はそのままで、懐かしいなとしみじみ思う。

 騎士学校の象徴である、『嘶く騏驥を従える騎士』の像。
 古くとも手入れの行き届いた、歴史ある八つの厩舎。それぞれが個性のある建てられ方をしていたが、リィは、螺旋階段のある大きな書庫を有する緑の校舎が一番好きだった。次は調教場に近い赤の厩舎だ。
 そう。騎乗練習のための幾つもの馬場は、それぞれ地面の土質や硬さが違って、慣れるまで大変だった。
 季節によってとりどりの花を咲かせる、光射す中庭は、忙しい学校生活の中でも和める場所だったし、その花の中には、蜜が美味しいのだ、と、騏驥たちが好んで口にするものもあった。
 そして——父のことを揶揄され、悔しくて隠れて泣いた裏庭の木陰……。
 思い出のある場所ばかりだ。


 授業で初めて騏驥に跨ったときのことは、今でも覚えている。
 その背から見た世界は、広く、とても綺麗で、どこまでも続くように感じられて……。

 思いがけず過去に浸ってしまったリィは、ややあって我に返ると「行くぞ」と上擦ったような声を上げながら再びルーランの腕を掴む。
 まったく、なにをやっているのか。
 ルーランにつられてこんなところで足を止めてしまうなんて。
 恥ずかしさに頰を熱くしながら歩き出した時。

「おーい!」

 不意に、どこからか声がした。
 驚いてキョロキョロしていると、「あっち」と、ルーランが斜め上を指す。

 言われた通り振り仰ぐと、道沿いにある橙の校舎の三階の窓の一つから、一人の男が顔を出し、手を振っているのが見えた。
 逞しさに満ち溢れた日に焼けた肌と、生き生きとした大きな瞳。
 目が合うと、

「やっぱりリィか! ちょっと待っててくれ」

 男は大声で言い、ほどなくリィのもとに駆け下りてくる。
 教官の一人、騎兵学科のヴォエン正教官だった。

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