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近藤玖美子2 ※グロ、ホラー表現あり

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「さて君達、『中京のウユウ』って知ってるか?」

 車を運転しつつ、サダヒトは皆へ問いかけた。後部座席の、マサエが答える。

「あたし知ってる! 愛知県最強の怨霊でしょ?」

「ご名答。今から諸君と共に行く所さ」

 助手席のヨリコが尋ねる。

「知らなーい。どういうの? 教えて」

「今から10年位前。とある住宅街の外れに、ある姉妹が2人で暮らしていた。生まれつき身体が不自由な妹を姉が世話していたけど、ある時姉が出かけている間に、家が火事になった。
妹が家に居て、動けないからそのまま焼け死んでしまった。その妹の霊が出るんだ。『お姉ちゃん、助けて、行かないで、私動けないんだよ~』って」

 サダヒトが説明すると、マサエの隣のヒデオが口を挟む。

「絶対それ、介護が嫌んなった姉が火をつけたんだろ? 姉んとこ出りゃあいいのに」

「ははっ! そうなんだけど、身体動けないから、姉のとこまで行って祟れないんじゃねえか? 家に住んだり、やって来る奴に祟るんだって。
…でも、この話の怖いとこはそこじゃない。
…『話』をした奴のとこに、飛んでくるらしい」

 内容を知ってるマサエもニヤニヤする。

「こうやって話をする分には大丈夫なんだけど、その『妹』の名前を言っちゃうと、霊が来て呪われるんだって」

「え? その名前が『ウユウ』ってか?!」

 ヒデオがわざと大声で言う。マサエが苦笑する。

「違うよ」

「そもそも何で『ウユウ』って言うんだ?」

「烏有に帰す」

「そう! 『焼き尽くされて何も残ってない』って言う意味。よく知ってんね!」

 サダヒトが感心して言うと、ヒデオが嬉々として腕組みする。

「何だろうな、名前。ユウコとか?」

「ねえ、待って。さっき『ウユウに~』って言ったの、マサエ?」

 助手席のヨリコが怪訝な顔で振り返る。マサエは首を振る。

「え? ヨリコじゃなかったの?」

「言ってないよ?」

 車内が不穏な空気になる。サダヒトが額の汗を拭う。

「おいおい、君達やめてくれよ…」

「もしかすると案外もう来たのかもな! ユーウコさ~ん!!」

 ヒデオがおどけた瞬間。

「ギャアアアッ!!!」

 サダヒトが絶叫し、急にハンドルをきる。頭をぶつけたヒデオが怒鳴る。

「バーロー! 危ねえ…、ふぐぅ?!」

 運転席の真後ろのヒデオは、もろに見てしまった。フロントガラスにへばりつく、焼けただれた女の顔と手を。

「ああああっ!!! うわああ!」

 パニック状態のサダヒトはハンドルを滅茶苦茶にきり、車内は阿鼻叫喚の地獄。ヨリコが悲鳴をあげながらサダヒトに叫ぶ。

「ねえちょっと…、前見て! ちゃんと運転してよ!!」

「見えねえよ! どうなってんだよ、これぇ!!」

 車は色んな所に擦り接触しまくり、曲がり切れずにガードレールに突っ込んだ。若者4人は白煙が漂う車内で、呻いた。
 ヒデオが赤黒く染まる膝を抱える。

「ぐはぁ…。あし、脚が…!」

 耳元で声がした。

「大げさ。脚くらいで」

 横の窓には、焼けただれた顔の女が居た。ヒデオは絶叫する。


(満足。今日は若者4人ね)

 『中京のウユウ』こと近藤玖美子は浮遊すると、衝突した車を俯瞰で眺め、『家』へ戻る事にした。

 玖美子が『霊』になって、10年以上が経っていた。死んだ事を自覚したのは、いつだろうか。覚えていない。
 元々、半分死んでいるみたいなものだったからか。


 気づいた時には、更地となった姉夫婦宅の跡地に立ち尽くしていた。
 姉と義兄が何処に行ってしまったのか、玖美子には分からなかった。恐らく、玖美子の様に焼死してはいないのだろう。

 大怪我を負う以前の様に動ける事に気づいた玖美子は、近所を散歩したりして、感覚を覚えていった。
 生前と違い宙に浮かんだり、高速で移動したり、瞬時に思った場所に行く事も可能で、ある意味玖美子は感動した。

(すごい。こんな事もあんな事もできるなんて。自由だ)


 その一方で、姉に対する憎しみが晴れる事はなかった。普通、身内が死んだのだから、現場に花を手向けたりしに来るだろう。
 更地で待てど暮らせど、姉が来る事は無かった。

(そりゃそうね。手を下した妹の所に好き好んで行くわけ無いよね)

 今頃、手のかかる妹が死んだのをいいことに、楽しい家庭でも築いて光の差す所で暮らしているのだろう。


 霊生活2年目。跡地が整備され、一軒家が建てられた。いかにも生活に余裕のあるだろう一家が、移り住んだ。

 有名自動車メーカーの役職に就いている父親は、ある時、食卓でこんな話を切り出した。

「いやあ、参ったよ。経理のおばちゃんが横領しやがった」

「あら、そうだったの?」

「『出来心です、勘弁して下さい。まだ子供も小さいんです』とか泣かれたけど、クビになったよ。これだから片親は嫌なんだ」

 片親家庭のため、色眼鏡で見られた経験を思い出した玖美子は、父親の『夢枕』に立つのを試みた。
 最初は『片親でも善人は居る』とメッセージを込めたがダメだったので、『若くして自由を奪われ焼け死んで、幸せそうなお前達が憎い』との方向へ変えてみた。

 父親は汗びっしょりで飛び起きた。

(生きてる人には憎しみの方が伝わりやすいのか…)

 コツを掴んだ玖美子は、一家が癪に触る発言や行動(主に金銭的余裕のない人間への暴言や嫌味。プライドが高い家族だから多かった)をする度、死んだ時の姿で夢に現れるようになり、憂さを晴らした。


 霊生活3年目。一家は耐えかねて霊媒師を連れてきた。

「空襲で亡くなった沢山の霊が居ます。供養をして下さい」

 散歩中に他の霊を見かけた事はあったが、この家の敷地内に他の霊は見た事ない。

(なーんだ。この霊媒師、霊感無いのね。所詮ペテンか)

 読経やお浄めに居合わせたが、昇天する事も無く変わらない。玖美子はその晩、夢に出て嘲笑ってやった。

[あんなの効きません]


 一家は別の霊媒師を呼んだ。霊媒師は玖美子を一瞥すると言った。

「質の悪い霊が居ますね」

(あら、この人は私が見えるのね)

 一瞬、感心したが。

「タチバナさん、これは狸ですよ。皆が騙されて怖がるから、それを糧にどんどん強くなっている。怖がっちゃ駄目だ」

 玖美子は憤慨した。その夜、怒り心頭の玖美子は娘が洗髪中に後ろに立った。

「…狸じゃない!」

「え?」

 娘は振り向いたが、玖美子の姿は見えないようだった。だが娘が正面に向き直った時、鏡には焼け焦げてボロボロの玖美子の姿が、映った。


 それをきっかけに、玖美子は一時的に自分の姿を現せるようになった。霊の原動力は怒りと憎しみなのだ。玖美子はある意味感動した。

(生前は怒ったり誰かを憎むと、どっと疲れたものだけど、『霊』になると逆なのね。死んでるのにすごくイキイキする!)


 一家は、娘がノイローゼを発症したため、夜逃げの様に早々に引っ越した。近所では『霊の出る家』として囁かれ、買い手のつかない空き家になった。


 霊生活4年目。地元の不良や若者が肝試しに訪れるようになった。

「えー、ここお化けが出るって有名じゃん。やめようよ~」

 甘ったるい声で話す女が、男の左肩にもたれかかる。

「いいじゃん、ちょっと見るだけだからさぁ」

 カップルはイチャイチャしながら、庭を進んだ。男は笑った。

「ほらぁ、何もなかったでしょ?」

「えー、でも何か怖い~」

 男は右肩に寄りかかる女の髪を手で梳いた。ところが。

「あれ? タツエ?」

「何?」

 女は左肩側に居るじゃないか。この右肩の髪の毛は…?
 玖美子は焼けただれた顔を男の方に向け、至近距離で笑ってみせた。

 男は絶叫すると、女を突き飛ばして逃げ出した。

(あーあ、彼女放り出して。絶対この後、修羅場になるね)


 霊の世界としては、見た目が美しいよりも無残で惨たらしい姿である程、皆の記憶に残り大きく驚かれる。人間の世界とは真逆だった。


 改造車とバイクに乗った連中が大勢来た。大量の吸い殻やゴミを捨てられ、玖美子の『家』の壁には落書きをされた。
 玖美子は怒りに震えた。

(何て事を…!!)

 先頭を行く改造車の後ろを、改造バイクが追走して帰るとき、1台のバイクが異変に気付いた。

「なあ、総長ヘッドの車の屋根、あんなパーツあったっけか?」

「ああ?」

 道路の段差で車が弾んだ時、屋根に乗っていた『それ』が落ちた。落ちた物は路面でバウンドすると、後続バイクの人間の鼻先の高さまで跳ね上がった。
 それは焼けただれた女の首だった。

 女は首だけなのに、青年を見て『ニヤリ』と顔を歪ませた。運転操作を誤り転倒したバイクを巻き込んで、バイク10台の玉突き事故になった。

(ふう。家から離れて姿を現すと、さすがに疲れるわね。とは言えここまで出来るなんて、自分で言うのもなんだけどすごいよね)


 霊生活5~7年目。名が広く知れ渡り、大忙しだった。夏場の毎週末は、肝試しの若者がやって来た。

 霊能者気取りで線香や花を供える者がいた場合は、何もしなかった。あくまで『悪しき訪問者』じゃないと玖美子は燃えないのだ。

 働く回数を減らした月もあったが、その不確定さが『ウケた』のか、訪問者数はいつも横ばい状態だった。
 そして、玖美子の『悪霊』としての技術も洗練されていった。

(単独の人を脅かすより、一瞬だけでも複数人を脅かす方が、『パニック状態』になって相乗効果が出るわね)


 霊生活8年目。とうとう、玖美子の技術に、人がついて来れなくなった。以前はひと月に2組来ていた客が、ふた月に1組来ればいい方。
 『本当に、あそこはヤバいから行かない方が良い』と認定されたのだ。

(何かつまんないな。そうだ、範囲を拡大しよう)

 とは言え通り掛かる車や人を、手当たり次第に脅かす趣味は無い。自分の事を話した人間の所に遠征してみよう。

 耳の神経を研ぎ澄ませ、自分の事を話す声を探った。『A町にあるお化け屋敷』、『黒焦げの女の霊』、『焼け死んだ妹』…。
 それっぽいのが聞こえたら現場に行き、話の内容と話している人物の立ち振る舞いを確認した。

 自分で決めた一定のルールに達していれば、脅かした。噂は広がり、話をする人間も言葉を変えて話すようになったりした。

 『烏有に帰す』という単語を使い始めたのは、誰だっただろう。確か大学の教授だった。黒焦げになった自分は、見たままカラスの様だ。
 頭の良い人は、適切な難しい単語を知ってるものなのだな。玖美子はその言葉をいたく気に入った。


 それから至った現在。『中京のウユウの本名を言うと祟られる』に、噂は行き着いている。
 悪霊として、色んな技術を持った玖美子は、闇雲ではなく自由自適に悪霊生活を送っている。

 有名になった玖美子だが、姉は未だに玖美子の所に手を合わせに来ない。

(もし悪霊としての私が終わるとしたら、それはお姉ちゃんが来た時かな)

 そもそも、生きてるか死んでるかすらも判らない姉。そう言えば亡き母に、玖美子は逢った事が無かった。

(ああ、母さんは天国に行ったからなのかな。でも天国なんて、別に行けなくてもいいや。現世で悪そうな人を脅かす方が、楽しいし)


 世にも珍しい悪霊は、今日も夜の空を彷徨っていた。

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