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武山徹
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武山徹が妻の実家の仕事をするようになって、2年半が経とうとしていた。
徹の実家は自動車の整備工場を営んでいたが、東日本大震災による大津波が、両親と自宅兼整備工場を奪い去った。
30歳を前に家業を継ぐため、自動車整備士の専門学校に通っていた徹は、地震当時に内陸部のホームセンターへ行っていて、難を逃れた。
父は消防団員として沿岸部へ、母も沿岸部に住む足の不自由な知人の元に赴き、それぞれ帰らぬ人となった。
母は3日後に父は5日後に見つかり、混乱の中、他人と共に簡素な合同葬で弔った。
中途半端をしていた徹には、父の事業の知識も立て直しの手段も無く、家も丸ごと無くなったので、生活がままならくなった。
途方に暮れる徹を助けてくれたのは、幼い頃から家族同然に付き合っていた、幼馴染の一家だった。
生前の父が最後に整備した妻の車は、震災から7日後に、奇跡的に津波を受けずにいたのを見つけた。
エンジンがかかった瞬間、父から『未来へ向かって強く生きろ』と言われた気がして、思わず涙ぐんだ。
いつまでも居候するわけにいかないので、その頃から、青果の卸しをしていた妻の実家の家業を手伝うようになった。
卸売市場が再開して、勉強の為に同行した時、妻の知り合いの訃報を聞いた。沿岸部にあった保育園に、自分の子供を迎えに行き、津波に巻き込まれたという。
他にも沢山の訃報を聞いたが、妻があんなに落ち込み泣いたのは、その知り合いだけだった。詳しくは知らなかったが、思い人だったのだろう。
その時、徹は『彼女を自分が支えたい』と、強く思った。
失意の妻を支えやがて相思相愛となり、結婚をしたのは、震災の翌年の初夏だった。家族同然だった幼馴染一家とは、本当の家族となった。
着信音が鳴り電話を見ると、実家の整備工場にかつて勤めていたベテラン整備士の男からだった。
「はい。こんにちは」
『こんちわ~、徹くん元気か?』
「ああ、おかげさまで」
『実はさ、車検が立て込んでて、手伝って欲しくて電話したんだわ』
両親が死に、自宅も工場も無くなったので、整備士学校を退学しようとした徹だが、妻と義父が反対した。
卒業まで通い資格も取得し、繫忙期の知人の元へ車両整備をたまに手伝いに行く。
「いいですよ、いつですか?」
『うーん、再来週とその次の週かな。そうそう、出産祝い渡させてよ!』
3週間前、徹には待望の第一子が誕生したばかりだった。
「えー、そんな気を遣わなくていいのに」
『いいって!俺にとっては孫みたいなもんだし』
電話を切ると、配送を終えた徹は帰宅した。
「おかえりー」
妻:百花は寝間着姿で食器を洗っていた。
「お前! 産後間もなくに家事やるなって言ってるのに!!」
百花にとっては自宅が実家だし、両親に頼れる環境ではあるのだが、目を離すと何でもやろうとしてしまう。
「えー、だってもう産後3週間も経つよ? そろそろ床上げしなきゃ」
口を尖らす百花に、義母:千絵が息子:零央を抱きながらたしなめる。
「ほんと『動いてるのが好き』なんて、おばあちゃんそっくりね」
「やめてよ~」
百花の母方祖母:むつ子の葬儀の時、祖母の弟:政嗣から『君はとてもパワフルでむつ子姉さんにとても似てる』と、百花は話し掛けられたらしい。
ところが彼は『でも、人を思いやる心や謙虚さを持っていて、いい意味で全然違う』と続けた。
命のバトンは次の世代へ繋がっていく。似てるところや、新しい要素も加わって。
自宅の電話が鳴ったので、千絵が電話を取った。相手は政嗣だった。話し終えた千絵は車の鍵を持って、支度する。
「どっか行くの?」
「うん、おばあちゃんのとこにお墓参りしたい人が居るらしくて」
車で25分。向かった叔父宅。待っていたのは、見知らぬ小柄な初老の女性。
千絵と同世代くらいのその女性は、深々と頭を下げた。
「初めまして。手塚と申します」
「こちらこそ初めまして。波島むつ子の娘の、武山千絵です」
政嗣は千絵に説明した。
「手塚さんは、姉さんに孤児院で世話をしてもらったんだそうだ」
千絵は思わず目を見開いた。
「『むっこおばちゃん』って、呼んでいたんです」
墓に向かう車内。手塚は昔話を始めた。
「おばさんから、娘さんと息子さんが居ると聞いていました。年も近かったので、いつか一緒に遊んでみたいって、勝手に思っていました」
対向車線は工場用車両が多く行き交う。2年半経過しても、『復興』はまだまだ途中だ。
「おばさんがある日突然来なくなって、寂しかったのを覚えてます。詳しい理由は、中学3年の頃かな? 先生が亡くなる前年に、教えて貰いました。
…きっと武山さんは、私よりもっとずっと寂しかっただろうとお察しいたします」
手塚が少し沈んだ声を上げると、千絵は弁解した。
「いえいえ、滅相もございません! 孤児院の話は、母も話してくれなかったので。慕ってくれた方が居て、私は嬉しいです」
手塚は伏せていた目を上げた。
「いつか、娘さんに会って謝りたかったんです。『お母さんを独占してごめんね』って。会えて良かったです」
到着した波島家の墓。手塚は静かに手を合わせた。合掌を終えた手塚は、自身のバッグから何かを取り出す。
「武山さん、良ければこちら、頂いてくれませんか?」
差し出されたのは、古い絵本だった。裏表紙に千絵の目が留まる。
そこには、亡き母の字で『なみしまちえ』と名前が書かれていた。
「これは…」
「おばさんから貰った絵本です。元は武山さんの物だったと思いますが、お下がりで頂いて手元に置いていたんです」
むつ子は家にあった小さくなった子供服や、玩具も孤児院によく持って行っていた。この本もきっとそうだったのだろう。
むつ子の家は津波で押し流され、遺品はあって無いようなものだった。
自分の名前を書いた亡き母の懐かしい文字。忌まわしくて、愛おしいような…。千絵は言った。
「でもこれ、大切に持っていたのに…」
「いいんです。元々の持ち主の元で、どうか大切にして貰いたいんです」
50余年越しの母の愛が、娘の元に戻ってきたかの様だった。
時を同じくして。
徹は散歩がてら、ある場所に足を運んだ。
「いらっしゃいませ! あら、徹くん。今日は何にする?」
「あー…、ミルクティーで」
オーダーを受けた万結美は、珈琲を飲めない徹の為に、ティーカップを取り出した。
「モカちゃん元気? 零央くんは?」
「元気元気。今日もオシメ替えしてたら、どっさりやってスッキリ顔してたよ」
徹は言いつつ、今朝の零央の画像を万結美に見せた。
「あはは、徹くんてばすっかりパパね。『俺はガキの画像なんぞ持ち歩かない』って言ってたのに」
「えー、言ったっけか? 覚えてねえ」
まんざらでもない表情で、徹は答えた。出されたミルクティーを一口飲み、徹はふと切り出した。
「翔平くんとは…、もう1年経ちますか?」
「うん。最近はどこで覚えて来たのやら、口達者になってきたよ」
万結美の元夫だった慎平が、当時の妻:七海を殺害したのは、震災からひと月余りの頃だった。
当時、世の中は原発事故の問題で騒がれている時期だったので、事件はあまり大きく取り上げられる事はなかった。
慎平の息子:翔平の親権を、元夫実家と七海の実家とで話し合い、事件から半年後、横田家側が持つ事となった。
そして色々あったが、服役中の慎平と万結美が獄中再婚をして、晴れて万結美は翔平の『養親』となった。約1年前の事だった。
色んな立場の人から様々な意見が出たが、『親子』として2人は人生を歩んでいる。
「『パパ』ねぇ。実感あるような無いようなだけど」
遠い目をする徹に、万結美は微笑む。
「『親』ってね、急に『親』にはなれないんだって。子供と一緒に、親も成長するんだってさ」
「ふ~ん。信念のある人は違うね」
「あら。そんな事無いわよ。あたしにあるのは、信念ではなく覚悟よ」
万結美の言葉に、徹は意外そうな顔をした。
「覚悟?」
「えーとね、モカちゃんには話したんだけど…。
七海さんのお葬式でお線香つけた時ね、祭壇脇の菊の花弁が2つ、触っても無いのにいきなり『はらり』と落ちたの。それでその後、新盆と秋のお彼岸でも、あたしがお線香つける度に、目の前で供花の花弁が落ちたんだ。
そして親権が横田家のご両親になった時に『私達と一緒に翔平を育てて欲しい』と言われて、『いえいえ私なんかが…』って言ったらね、また目の前でお仏壇の花の花弁が1枚落ちてきて…」
「うわ、何それ怖っ!!」
「でしょ? でも何かそれを見た時、『七海さんが私達を見ていて、翔平の行く末を案じている』って思ったの。それで親になる覚悟を決めた。
そしたら、花弁落ちるのも無くなった」
「えー…、そんな事もあるんだ」
徹は感心してミルクティーを口にした。万結美は続けた。
「再婚もね、いつかシンちゃんが戻って来た時に、帰る場所作りたかったからなんだ」
被災したホテルマークホワイトは全て取り壊され、まっさらな更地になった。
現在は津波の堤防道路として、かさ上げ工事が行われている。罪を償った慎平が戻る頃には、景色もすっかり変わるだろう。
「翔平もね、零央くんの画像見せたら会いたいって言ってたよ。モカちゃんと一緒に会いに来てね!」
万結美はにっこり笑うと、本日のスイーツであるアップルパイを切り分けた。
「新人さんの、お迎えに行ってくれますか?」
青蓮華はそう言うと、懐かしい白い紙袋を幾つか机の上に置いた。
「あ、はい。隣の棟ですか?」
「ええ。3階に居るそうです」
制服や靴の入った袋を持ちつつ、那由他は尋ねた。
「お名前は、何て言うんですか?」
「『訶魯那』さんです」
そう言えば自分が連れ出されてからは、あの病院の様な場所に行ってない。那由他は思いながらエレベーターに乗った。
(そもそも、名前聞いたけど男なのか女なのか)
ここの職員は、お経の様な特殊な名前の人ばかりだ。名前から性別を推測出来ない。
隣の棟の3階へ。相変わらず、何の音も無く静かだ。個室の並び、1番手前だけが戸が閉まっている。那由他はノックをした。
「はい」
女の声がした。
「失礼します」
戸を開け中に入ると、20代前半くらいの眼鏡をかけたロングヘアの女性が、ベッドに腰かけていた。
「初めまして、那由他と申します」
顔を上げた瞬間だ。
(新城颯十)
謎の単語が頭に浮かんだ。
「訶魯那さん、初めまして。ようこそ不可称へ。極量センターの那由他と申します」
単語では無い。
(シンジョウハヤト。俺の…、生前の名前だ)
微笑みを浮かべる那由他は、穏やかならぬ心持ちだった。訶魯那は、那由他を見て一瞥すると口を開いた。
「『カロナ』とは、何ですか?」
訶魯那は、とても冷たい目を向けていた。
青蓮華の元に内線が入る。
「もしもし、青蓮華です」
『青蓮華さん、縁者さんがこちらに来られます』
「…『審議』、ですか?」
『はい。名を近藤喜美子さんとおっしゃいます』
徹の実家は自動車の整備工場を営んでいたが、東日本大震災による大津波が、両親と自宅兼整備工場を奪い去った。
30歳を前に家業を継ぐため、自動車整備士の専門学校に通っていた徹は、地震当時に内陸部のホームセンターへ行っていて、難を逃れた。
父は消防団員として沿岸部へ、母も沿岸部に住む足の不自由な知人の元に赴き、それぞれ帰らぬ人となった。
母は3日後に父は5日後に見つかり、混乱の中、他人と共に簡素な合同葬で弔った。
中途半端をしていた徹には、父の事業の知識も立て直しの手段も無く、家も丸ごと無くなったので、生活がままならくなった。
途方に暮れる徹を助けてくれたのは、幼い頃から家族同然に付き合っていた、幼馴染の一家だった。
生前の父が最後に整備した妻の車は、震災から7日後に、奇跡的に津波を受けずにいたのを見つけた。
エンジンがかかった瞬間、父から『未来へ向かって強く生きろ』と言われた気がして、思わず涙ぐんだ。
いつまでも居候するわけにいかないので、その頃から、青果の卸しをしていた妻の実家の家業を手伝うようになった。
卸売市場が再開して、勉強の為に同行した時、妻の知り合いの訃報を聞いた。沿岸部にあった保育園に、自分の子供を迎えに行き、津波に巻き込まれたという。
他にも沢山の訃報を聞いたが、妻があんなに落ち込み泣いたのは、その知り合いだけだった。詳しくは知らなかったが、思い人だったのだろう。
その時、徹は『彼女を自分が支えたい』と、強く思った。
失意の妻を支えやがて相思相愛となり、結婚をしたのは、震災の翌年の初夏だった。家族同然だった幼馴染一家とは、本当の家族となった。
着信音が鳴り電話を見ると、実家の整備工場にかつて勤めていたベテラン整備士の男からだった。
「はい。こんにちは」
『こんちわ~、徹くん元気か?』
「ああ、おかげさまで」
『実はさ、車検が立て込んでて、手伝って欲しくて電話したんだわ』
両親が死に、自宅も工場も無くなったので、整備士学校を退学しようとした徹だが、妻と義父が反対した。
卒業まで通い資格も取得し、繫忙期の知人の元へ車両整備をたまに手伝いに行く。
「いいですよ、いつですか?」
『うーん、再来週とその次の週かな。そうそう、出産祝い渡させてよ!』
3週間前、徹には待望の第一子が誕生したばかりだった。
「えー、そんな気を遣わなくていいのに」
『いいって!俺にとっては孫みたいなもんだし』
電話を切ると、配送を終えた徹は帰宅した。
「おかえりー」
妻:百花は寝間着姿で食器を洗っていた。
「お前! 産後間もなくに家事やるなって言ってるのに!!」
百花にとっては自宅が実家だし、両親に頼れる環境ではあるのだが、目を離すと何でもやろうとしてしまう。
「えー、だってもう産後3週間も経つよ? そろそろ床上げしなきゃ」
口を尖らす百花に、義母:千絵が息子:零央を抱きながらたしなめる。
「ほんと『動いてるのが好き』なんて、おばあちゃんそっくりね」
「やめてよ~」
百花の母方祖母:むつ子の葬儀の時、祖母の弟:政嗣から『君はとてもパワフルでむつ子姉さんにとても似てる』と、百花は話し掛けられたらしい。
ところが彼は『でも、人を思いやる心や謙虚さを持っていて、いい意味で全然違う』と続けた。
命のバトンは次の世代へ繋がっていく。似てるところや、新しい要素も加わって。
自宅の電話が鳴ったので、千絵が電話を取った。相手は政嗣だった。話し終えた千絵は車の鍵を持って、支度する。
「どっか行くの?」
「うん、おばあちゃんのとこにお墓参りしたい人が居るらしくて」
車で25分。向かった叔父宅。待っていたのは、見知らぬ小柄な初老の女性。
千絵と同世代くらいのその女性は、深々と頭を下げた。
「初めまして。手塚と申します」
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政嗣は千絵に説明した。
「手塚さんは、姉さんに孤児院で世話をしてもらったんだそうだ」
千絵は思わず目を見開いた。
「『むっこおばちゃん』って、呼んでいたんです」
墓に向かう車内。手塚は昔話を始めた。
「おばさんから、娘さんと息子さんが居ると聞いていました。年も近かったので、いつか一緒に遊んでみたいって、勝手に思っていました」
対向車線は工場用車両が多く行き交う。2年半経過しても、『復興』はまだまだ途中だ。
「おばさんがある日突然来なくなって、寂しかったのを覚えてます。詳しい理由は、中学3年の頃かな? 先生が亡くなる前年に、教えて貰いました。
…きっと武山さんは、私よりもっとずっと寂しかっただろうとお察しいたします」
手塚が少し沈んだ声を上げると、千絵は弁解した。
「いえいえ、滅相もございません! 孤児院の話は、母も話してくれなかったので。慕ってくれた方が居て、私は嬉しいです」
手塚は伏せていた目を上げた。
「いつか、娘さんに会って謝りたかったんです。『お母さんを独占してごめんね』って。会えて良かったです」
到着した波島家の墓。手塚は静かに手を合わせた。合掌を終えた手塚は、自身のバッグから何かを取り出す。
「武山さん、良ければこちら、頂いてくれませんか?」
差し出されたのは、古い絵本だった。裏表紙に千絵の目が留まる。
そこには、亡き母の字で『なみしまちえ』と名前が書かれていた。
「これは…」
「おばさんから貰った絵本です。元は武山さんの物だったと思いますが、お下がりで頂いて手元に置いていたんです」
むつ子は家にあった小さくなった子供服や、玩具も孤児院によく持って行っていた。この本もきっとそうだったのだろう。
むつ子の家は津波で押し流され、遺品はあって無いようなものだった。
自分の名前を書いた亡き母の懐かしい文字。忌まわしくて、愛おしいような…。千絵は言った。
「でもこれ、大切に持っていたのに…」
「いいんです。元々の持ち主の元で、どうか大切にして貰いたいんです」
50余年越しの母の愛が、娘の元に戻ってきたかの様だった。
時を同じくして。
徹は散歩がてら、ある場所に足を運んだ。
「いらっしゃいませ! あら、徹くん。今日は何にする?」
「あー…、ミルクティーで」
オーダーを受けた万結美は、珈琲を飲めない徹の為に、ティーカップを取り出した。
「モカちゃん元気? 零央くんは?」
「元気元気。今日もオシメ替えしてたら、どっさりやってスッキリ顔してたよ」
徹は言いつつ、今朝の零央の画像を万結美に見せた。
「あはは、徹くんてばすっかりパパね。『俺はガキの画像なんぞ持ち歩かない』って言ってたのに」
「えー、言ったっけか? 覚えてねえ」
まんざらでもない表情で、徹は答えた。出されたミルクティーを一口飲み、徹はふと切り出した。
「翔平くんとは…、もう1年経ちますか?」
「うん。最近はどこで覚えて来たのやら、口達者になってきたよ」
万結美の元夫だった慎平が、当時の妻:七海を殺害したのは、震災からひと月余りの頃だった。
当時、世の中は原発事故の問題で騒がれている時期だったので、事件はあまり大きく取り上げられる事はなかった。
慎平の息子:翔平の親権を、元夫実家と七海の実家とで話し合い、事件から半年後、横田家側が持つ事となった。
そして色々あったが、服役中の慎平と万結美が獄中再婚をして、晴れて万結美は翔平の『養親』となった。約1年前の事だった。
色んな立場の人から様々な意見が出たが、『親子』として2人は人生を歩んでいる。
「『パパ』ねぇ。実感あるような無いようなだけど」
遠い目をする徹に、万結美は微笑む。
「『親』ってね、急に『親』にはなれないんだって。子供と一緒に、親も成長するんだってさ」
「ふ~ん。信念のある人は違うね」
「あら。そんな事無いわよ。あたしにあるのは、信念ではなく覚悟よ」
万結美の言葉に、徹は意外そうな顔をした。
「覚悟?」
「えーとね、モカちゃんには話したんだけど…。
七海さんのお葬式でお線香つけた時ね、祭壇脇の菊の花弁が2つ、触っても無いのにいきなり『はらり』と落ちたの。それでその後、新盆と秋のお彼岸でも、あたしがお線香つける度に、目の前で供花の花弁が落ちたんだ。
そして親権が横田家のご両親になった時に『私達と一緒に翔平を育てて欲しい』と言われて、『いえいえ私なんかが…』って言ったらね、また目の前でお仏壇の花の花弁が1枚落ちてきて…」
「うわ、何それ怖っ!!」
「でしょ? でも何かそれを見た時、『七海さんが私達を見ていて、翔平の行く末を案じている』って思ったの。それで親になる覚悟を決めた。
そしたら、花弁落ちるのも無くなった」
「えー…、そんな事もあるんだ」
徹は感心してミルクティーを口にした。万結美は続けた。
「再婚もね、いつかシンちゃんが戻って来た時に、帰る場所作りたかったからなんだ」
被災したホテルマークホワイトは全て取り壊され、まっさらな更地になった。
現在は津波の堤防道路として、かさ上げ工事が行われている。罪を償った慎平が戻る頃には、景色もすっかり変わるだろう。
「翔平もね、零央くんの画像見せたら会いたいって言ってたよ。モカちゃんと一緒に会いに来てね!」
万結美はにっこり笑うと、本日のスイーツであるアップルパイを切り分けた。
「新人さんの、お迎えに行ってくれますか?」
青蓮華はそう言うと、懐かしい白い紙袋を幾つか机の上に置いた。
「あ、はい。隣の棟ですか?」
「ええ。3階に居るそうです」
制服や靴の入った袋を持ちつつ、那由他は尋ねた。
「お名前は、何て言うんですか?」
「『訶魯那』さんです」
そう言えば自分が連れ出されてからは、あの病院の様な場所に行ってない。那由他は思いながらエレベーターに乗った。
(そもそも、名前聞いたけど男なのか女なのか)
ここの職員は、お経の様な特殊な名前の人ばかりだ。名前から性別を推測出来ない。
隣の棟の3階へ。相変わらず、何の音も無く静かだ。個室の並び、1番手前だけが戸が閉まっている。那由他はノックをした。
「はい」
女の声がした。
「失礼します」
戸を開け中に入ると、20代前半くらいの眼鏡をかけたロングヘアの女性が、ベッドに腰かけていた。
「初めまして、那由他と申します」
顔を上げた瞬間だ。
(新城颯十)
謎の単語が頭に浮かんだ。
「訶魯那さん、初めまして。ようこそ不可称へ。極量センターの那由他と申します」
単語では無い。
(シンジョウハヤト。俺の…、生前の名前だ)
微笑みを浮かべる那由他は、穏やかならぬ心持ちだった。訶魯那は、那由他を見て一瞥すると口を開いた。
「『カロナ』とは、何ですか?」
訶魯那は、とても冷たい目を向けていた。
青蓮華の元に内線が入る。
「もしもし、青蓮華です」
『青蓮華さん、縁者さんがこちらに来られます』
「…『審議』、ですか?」
『はい。名を近藤喜美子さんとおっしゃいます』
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