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 認知症だった私の母方の祖父の話。 


 晩年の祖父は徘徊を月1ペースで行い、親族みな疲弊しつつ探したものだ。 

「それにしても、おじいちゃんは何でそんなに出かけたがるんだろう」 

 私が呟くと母は答えた。 

「おばあちゃんのせいなんだよ」 

「どういう事?」 


 昔から祖母は『嫁がなかなか来ない家に嫁いでやった』という意識が強く、性格自体もキツイ方だった。 

 曾祖母の介護を祖母が1人でやっていた事もあり、祖父には『私がお前の親の面倒を見てやった』『親の面倒も見れない親不孝者』と、何かにつけて罵っていたそうだ。 

 そして認知症になった現在も、毎日その時の愚痴を吐いているらしい。 私はドン引きした。


「うわ、何で今になっても言うんだろう?」 

「何かおばあちゃん、そうやって日常のストレスぶつけてる節があるんだよね」 


 男は認知症になっても、妻の名は忘れない。世代的に身の回りの雑用をやってもらう要員だから、忘れないらしい(女性の場合は夫の名前。煩わしいものはさっさと忘れる)。 

 祖父は祖母の名前をいち早く忘れて、自分の建てた家なのに『この家は自分の家では無い』と認識している。
 祖父はもう有りもしない、少年の頃に暮らしていた『自宅』を探して彷徨っているらしい。


 数年後、祖父が亡くなった。老衰だった。葬儀は自宅近所の葬儀会館を使う事になった。 


 自宅から斎場に移動するにあたり、私、弟、末弟は父の運転する車で(妹は祖母宅で留守番)、母は伯母と伯父、祖母を車に乗せて出発する事になった。 

 あくまで出棺と異なり、自宅から斎場への移動なので、霊柩車に喪主(祖母)は乗せないという。
 最初に喪主を乗せた母が出て、次に霊柩車、そして私達の順で車を出した。 


「何だこれ、やばいな」 

 最初に声を上げたのは父だった。 

「どうしたの?」 

「ラッシュの時間なのに、霊柩車が全然渋滞に嵌らず進んでる」 

 時刻は17時半。いつもならこの道路は渋滞が起きているはずなのに、今日は何処にも車列が無い。 

 1つ目の信号を青で通過。 

「信号全部で3つあるよね? まさか全部行けちゃう?」 

 弟もにわかに信じられない、と言った表情。 

 2つ目も青で通過。 

「1つ目と2つ目は連動してるけど、3つ目は押しボタン式だね…。どうなるだろう?」 

 道をよく知る私も息をのむ。末弟が思わず目を背ける。 

「嘘だろ…」 

 3つ目も青で通過。目の前は学校なので、帰りの生徒も多いのに。
 結局、霊柩車は平素なら10分以上かかるところ、わずか6分で到着した。 

 車を駐車場へ入れつつ、父は呟いた。 

「…じいちゃん、ばあちゃんの居るあの家から、よっぽど出たかったんだな」 

 言ってしまえば偶然なのだが、私はとてもやるせない気分だった。 


 生前、元気な頃は、祖母が感情的に物を言っても、ニコニコと穏やかにしていた祖父。
 あんな祖母とも円満を貫いたのは、余程好きだからなのだろうと思っていたが。


 …本当の所は本人の『終わり』に現れるのかもしれない。 


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