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スタートエンド

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 長く働いていると、色んな出会いと別れがあるものだ。

「鳴瀬さん、『ミサイルGIRL』ってアイドルグループ知ってますか?」

 話しかけてきたのは、唐揚げ屋従業員:間渕。ゆず子は答えた。

「えー、最近の音楽って詳しくないから、分かんない」

「去年、その中の人気メンバーが脱退して、有名なパティシエと電撃結婚したんですね。で、そのメンバーがここのSCに、プロデュースしたケーキ屋を出すらしいんですよ」

「へえ、東京じゃなくこっちなんだ」

「ええ、出身がこっちなので。ネットでも話題なんですよ! 聖奈やんのお店、楽しみ」


 有名人気アイドルグループ:ミサイルGIRL、メンバーの菅田聖奈すだ せいな(27)は人気絶頂のさなか、急な脱退と芸能界引退を表明。
 引退から2ヶ月後、新進気鋭のパティシエ:千条イヅルと電撃結婚。元々、お菓子作りが趣味だった事もあり、かねてからの夢だったケーキ店の新設に至った。

 『聖奈やん』夢の1号店:パティスリー・ハニープレートは、菅田の出身地である○○県△△市にある滝童SC内に、来春開店予定である。



「聖奈やん見たよ。引退したけど変わらず可愛いままだった!」

 ホクホク顔で言ったのは、唐揚げ屋店長:赤石。ゆず子は尋ねた。

「へー、いつ見たの?」

「先週の店長部会。いつも、新店は店長や社長が挨拶するんだ。心なしか司会進行役であるSCのゼネラルマネージャーも、表情が明るいっちゅうか。さすが『100年に1人の美少女』って言われるだけあるね」

「そんなに可愛いの?」

「まあ、俺的には」



 ゆず子がその『元アイドル』を見かけたのは、それから2ヶ月後のことだった。

「あ! 鳴瀬さん、あの人ですよ!」

 ゴミ集積所:所員の森下が指し示す先にいたのは、工事業者と共に歩いている菅田だった。

「へぇ、あの子がそうなの」

 ゆず子も手を止めてそちらを見やった。

(100年に1人の美少女ねえ…。確かに可愛いけど、そこまで大袈裟で無いような気も)

 後ろで束ねた長い黒髪は艶やかで、色白な小顔、長い手足、まあ確かに可愛いだろう。

(あれぐらいの子なら、どこにでも居そうな感じもするのよね。所詮、私がおばさんだからそういう感性なのかしら)

 距離もあるからか、芸能人のオーラ(元だが)と言ったものも、特に感じられない。それが、ゆず子が菅田聖奈を見て抱いた、最初で最後の印象だった。



 『パティスリー・ハニープレート』は、開店前からメディア取材が多かった。

(ふーん、今日は□□テレビの車があるなあ)

 出勤時に、業者用駐車場にテレビ局のロケ車が停まっていると、それは大体パティスリー・ハニープレートの取材だった。

「今週3件目。先週から数えると5件目だね」

 警備員:阿久津は、ゆず子にそう教えてくれた。

「まだ開いてないのに、すごい話題になのね」

「…実はさ、改装工事まだ終わってないから何も作れないわけ。で、銀座の本店で作ったやつを持ち込んで、紹介してるみたいだよ」

「え、そうなの?」

「うん。大声で言えないけど」

 どうせ開店したら同じ物を出すから、作成場所はどうでもいいのか。『帳尻合わせ』の様な姿勢に、ゆず子は閉口した。

(大人の事情ってやつですね)



「鳴瀬さん、これチラシ」

 休憩中の赤石が、業務で近くを通りかかったゆず子に、パンフレットみたいな薄い冊子を見せてきた。

「『蜂蜜スイーツ専門店パティスリー・ハニープレート』…。へえ、こんな感じなんだ」

 旧とんかつ店だった店内は、蜂蜜色の内装に作り替えられ、トロリとした蜂蜜の入った瓶と大匙の宣材写真が大きく載っている。
 美味しそうなケーキとスイーツのメニューも写真付きで紹介され、裏表紙は例の元アイドルが『代表』との肩書で、顔写真付きで掲載されていた。

 ゆず子は感想を述べた。

「どれも美味しそうね。それに随分豪華なチラシだこと」

「でしょ? 結構金かかってるよ、これ。て言うか、聖奈やん店長じゃないらしい。ガッカリ」

「え、そうなの?」

「うん。あくまで『店舗のオーナー』なんだと。店長は不愛想なオッサンだった。仕事の合間の癒しと思ったのに」

「あらら、残念ね」

 ゆず子は微笑んだ。



 パティスリー・ハニープレートは、事前に色んなメディア取材で広報活動をしていたため、かなりの注目を浴びていた。
 そのため、近隣住民や関係者のために異例のプレオープンをする事になった。

 プレオープンは客が大勢並び、行列の最後尾はSCの建物の外まで続いた。

「はぁ~、すごいね、これ」

 思わず自店から出てきたラーメン店従業員:末永は、ゆず子と一緒に吹き抜けから階下の客を眺めた。

「初売りセール並みの人数だよ。あたしの知る限り、新店オープンでここまで並んだお店は無いね」

「そうなんだ」

 感心するゆず子に、末永は言った。

「何かね、誘致合戦が凄かったらしいよ。ここの偉い人がだいぶ頑張ったんだって」

「ここまで話題になってお客さん来るんだったら、そりゃあ誘致するよね」

 プレオープンのために準備した商品は昼過ぎには完売したそうで、プレオープンは早々に店仕舞いしたという。



 パティスリーはグランドオープン後も、連日大盛況だった。売り切れが相次ぎ、イートインも含めて閉店時間を前倒しにする事も多かった。

「宣伝の効果ってすごいわね。テレビ局だけじゃなく、ネットニュースとか会員制動画サイトも取材受けたんでしょ? 元アイドルだと、どのメディアが有効か熟知してるのね」

 ゆず子が休憩中のラーメン店副店長:会田にそう言うと、会田は少々苦笑いを浮かべた。

「うーん、それもあるけど…。個人的には、力を入れるべき所を間違えた感じあるよ」

「『間違えた』? どういうこと?」

「宣伝うったら、人が来るのは当たり前だよ。しかも新店でしょ? 宣伝しなくてもある程度来るよ。1番の問題は、商品在庫とか製造のキャパシティを越えちゃってるとこだよ」

「ほう」

 会田は渋い顔をして続けた。

「『わざわざお店行ったのに、売り切れで何も買えなかった』って言うのは、絶対やっちゃいけないの。次に行って確実に買えるならまだいいけど、この半月で何回『売り切れによる前倒し閉店』をしてると思う? 何回も買えなかったら、もう行かなくなるよ」

「成程、そういうこと」

「多分、3ヶ月を待たずに客足鈍るよ」




 結果、会田の予言は当たった。

 開店して2ヶ月も経つと、ほとんど行列は伸びなくなった。お陰で仕事上がりのゆず子は並ばずに買えたのだが。

(あらま。ケーキ1切れで690円!シュークリームですら380円もするのね)

 たかだかショッピングモールなのに、強気な百貨店価格に面食らいながらも、ハニーアップルパイ(\650)をゆず子は買った。
 蜂蜜で煮リンゴを仕立てたそうで、とてもいい匂いと味で申し分なかった。

(うん、半年に1回でいいわ。スペシャルなご褒美ってやつね)

 高価格のためか、他の客もゆず子同様にあまりリピート来店してない様だった。



 開店当時に居た店長は、欠品続きとリピーター不振の責任を問われたのか、開店3か月目に交代となった。
 2代目店長は開店時のメンバーが繰り上がり就任したようだが、初代同様高慢で他店スタッフに挨拶もしない男だった。

「ほんと何あそこ。店長のくせに挨拶しねえんだけど!」

 男子トイレで会った赤石は口を尖らせた。

「あたしも挨拶したのに無視されたわ。そういう方針なのかもね」

「当たり前の事が出来ないから、売り上げも伸びねえんだよ。聖菜やんも全然様子見に来てないみたいだし、人任せにしてるんだな、きっと」

 パティスリーの売上不振は他店舗の耳にも入っていたが、一部の店員の立ち振る舞いの所為で誰も同情はしていない様だった。



 そんな中、ある事がきっかけで話すようになったパティスリーの従業員:瀬戸は、こんな事をゆず子に言った。

「私ね、入社してすぐここの会社に見切りつけたんですよ。多分この事業、未来が無い」

「未来が無い?」

「ええ。食べ物屋が、手を出すとハイリスクな食材っていうのがあるんですよ。その食材を主原料にしてるから」

「ハイリスク…。どういう事?」

「高額・希少・加工に時間がかかる、この3点ですね。蜂蜜は全部該当しますよ」

 瀬戸は困った様に笑うと続けた。

「あと1年勤めて、退職金が貰えるようになったら、辞めるつもりです。添い遂げるなんて、毛頭ありませんから」



 開店半年近くになると、ぼちぼち離職者が出るようになった。求人を常に出していたが、なかなか人が集まらず苦戦。そんなさなかの洋酒窃盗事件。

「ゼネラルマネージャーも、流石におかんむりみたいね。だって裏での挨拶ちゃんとしないし、開店早々品切れでの臨時閉店はあったし、そこからの売上低迷だし」

 会田は鼻で笑って皮肉った。



 店長交代の話も浮上したみたいだが、候補が居ない。店長候補の求人もしたが、人が集まらない上に、やっと来た人間は面接を土壇場でバックレたという。

「そんな事って、やるもんなの?」

 ゆず子がパティスリー:従業員の稲田からその話を聞き、思わず問うとこんな説明を受けた。

「…実は、オーナーの旦那さんである千条さんが、自身の公式動画サイトでよそのケーキ屋さんをディスる発言をしたみたいで。『炎上』してるんですよ」

「あらま」

「一応、うちから見れば『親会社』なもので、とばっちりです~。親の所為で子供がヤケドっすよ! ハハッ、大迷惑!!」



 初めてのクリスマス商戦は、高価格ではあったがそれなりの売り上げをおさめたようだ。
 思ったより悪くなかった結果を『攻め時』と考えたか、そこでオーナーはテコ入れとして、新たに2号店の構想を始めたそうだ。

「2店舗目? ないない! 無理ですよ、こんな状況で。いや私がではなくうちの店が」

 懐妊した瀬戸は、育休明けに移る事を打診されたようだが、断り退職を選んだ。



 瀬戸の引き留めに失敗し、売り上げアップに東奔西走していた2代目店長は疲弊し、彼もまた退職を選んだ。

「鳴瀬さん、もし私が店長になったら、喜んでくれます?」

 虚ろな目で、稲田が言って来た時は、ゆず子は耳を疑った。

「え? 決まりそうなの?」

「いえ、まだですけど。ササキ店長が辞めたので、このお店で1番の古株が21歳の私なんですよ。それと、将来的には千条取締役の甥っ子さんがここの店長をやるべく、いまパティシエの学校に通ってるみたいなんですけど、まだ19歳なんです。つなぎでいいから『店長』出来ないか、って打診されるかも。募集かけても誰も来ないし」

「えーと…」

 素人であるゆず子の目から見ても、パティスリー:ハニープレートの現状はすごく厳しい。流石のゆず子も返事に困る質問だった。覚悟を決めて、ゆず子は口を開く。

「私はね、あなたの不幸は喜ばないよ。あなたが幸福になるなら、喜ぶけど」

「…ありがとうございます」

 虚ろな目のまま、稲田は場を後にした。退職したのは、それから間もなくの事だった。



 パティスリー:ハニープレート開店から1年半のある日、閉店が決まった。

「カフェが買収したらしいよ。ルーンコーヒーグループ」

 末永がスマホのネットニュースを見ながら、ゆず子に教えてくれた。

「赤字経営もいいとこだったからね。例の聖奈やんだっけ? あの人も大変ね」

「ああ居たね、そんな人。あの人離婚して、ハワイに移住したみたいよ」

「え」

「夢に見切りつけるの、はやっ!! ま、世の中そんなもんだ」


 かつて一瞬だけ一世を風靡したケーキ屋は、こうしてこの世から消えたのだった。

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