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幸せの先

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 多種多様な生き方を認める動きが、盛んな昨今。とは言えまだまだ途上の現在、新旧様々な価値観がひしめき合っている。


(そう。まだ途中なのよ。『完成』の段階って、どんなのかしら?)

 もっと言えば、太古の昔から現在に至るまで、何が完成を迎え何がまだ途中なのだろう。建造物?理論?生物の進化?むしろ完成品など存在しないのではないか。

(行き着く先は無いのかもね。『歴史は繰り返す』って、言うくらいだし)

 哲学的な考えを巡らせたのは、ルーティンワーク(1週間分溜めた報告書記入)のせいかもしれない。

(毎回、繰り返しなのよ。でもいいの。ここの珈琲、飲みに来てるだけだから)

 出来ていない焦燥、やりたくない意思、全てリセットしてくれる香り。このために自分は進んで繰り返しているのだ。ゆず子は息をつくと珈琲を口にした。


 隣のボックス席に座ったのは、20代半ばから後半くらいのカップル。彼女が口を開く。

「あー、涼しくて別世界~。毎年暑くなってるよね、絶対」

「むしろ、暑くなかった夏の記憶が無いし」

 彼氏も苦笑して頷く。2人は軽食とアイスコーヒーをオーダーした。

「そういや、姉さん帰ったの?」

「うん、先週帰ったよ。ヒジリも一緒」

「もう帰ったん? まだ生まれてひと月っしょ?」

「産後の里帰りなんてそんなもんだよ。カリナもユウもそうだったもん」

(産後の里帰りねえ。最近は帰らずに、民間や行政の産後ヘルプサービス受ける人も居るらしいわね)

 もっと言えばゆず子世代の誕生時は、地域差もあるが自宅出産が多かった。産褥期は家族や親族総出で、家事や上の子の世話をするのが主流だった。

(休めるようで休めないのよね、皆で赤ちゃんの顔を見に来たりするから)

 旧時代は不便だが、それなりの利点もあった。それは現代も同じである。
 彼女が何かを思い出し、ワクワクした声でこんな事を言う。

「そうそう、すごい事があったの。お姉の里帰り中に」

「何あったの?」

「お姉の友達のオカンが、押し掛ける様にうちに来て、それをお姉が返り討ちにした」

「はあ? どういう事」

(『返り討ち』…。そういう言い回し、イマドキの人なのにするんだ?)
 ゆず子の耳も自然と隣を向く。彼女は言った。

「お姉の友達『ナツ』さんのママさんだからナツママってうちでは呼んでるんだ。中高一緒だったから、お姉もうちのオカンも互いに顔見知りでさ。まあ、普通の人だったんだけど、お姉が結婚した辺りから、ちょっと『強烈』な人になっちゃって」

「『強烈』? どんな風に?」

「娘の婚活に超熱心になった。口癖は『誰かイイ人、紹介してくれない?』。オカンとお姉とも言ってたけど、娘の学歴で優位取った気になってたのに、お姉の結婚で下剋上になったと思って、焦ったんだと思う」

(成程ね、下位に見ていた相手が先に結婚して、高学歴の自分の娘がまだだから、競う気になっているのかぁ)

 昨今で言う『マウント』も、昭和の頃から既にあった。跡取りが生まれた、産み分け上手、何処の学校へ入学し、大手に就職した、行き遅れる前に嫁いだだの、『優位』判定となる事柄はあまり変わらない。

「えー、娘が30になっても『ママ友のマウント合戦』あるの?」

 呆れた声を上げる彼氏に、彼女は笑う。

「人によるよ。うちのオカンは相手にしてない~」

「そのナツママの娘って、そんなにいい学歴なん?」

「国立A大卒! 大手のアパレルBに勤めて、今はジュエリーデザイナーやってるよ」

「何だよ、想像の上行ってるじゃん。ナツママはそれでも不満なの?」

「みたいだね。昭和の人だから『女の価値は結婚と出産』って思ってんでしょーよ」

(平成生まれでも、まだそういう価値観の人居るわね。まあ、大体は親や周囲の環境の影響だけど)
 ゆず子は聞きつつ、紙にペンを走らせる。彼氏は苦笑して言う。

「そんなに『結婚出産ファースト』なら、娘を大学に入れずにお見合いさせりゃいいのに」

「確かにそうだね。ナツさんが行きたがったか、『いい学校入れてナンボ!』みたいに当時は思ったとか?」

「典型的な毒親やな。自分の思い通りじゃないと不満とかって」

「ねー、ほんと。ナツさんも大学出てからずっと実家帰ってないみたいだよ。うちのお姉とは、よく電話したり会ってるけど」

(昔もそういう親居たけど、今ほど『嫌悪』はされてなかったな。まだまだ『親の言いなりが普通』とか、『周りと同じような人生を送るのが普通』の時代だったから)

 昭和時代も家業を蹴って独立したり、脱サラして開業する人も少数派だが居る事は居た。誰でも副業したり簡単に起業できる現在と比べたら、体制やセオリーの整ってなかった当時はかなり苦労しただろう。

 彼女は続けた。

「ナツママがうちのオカンに『ヨシノちゃんの旦那さん関係で、独身の誰か紹介して』とか言って来るんだけど、ナツさんはまだ結婚望んでないでしょ? だからずっと適当にかわしてたんだけど、どこで聞きつけたのか、お姉が里帰り中なの知ったみたいでさ。『お祝い渡したいから、会わせて!』って言い始めて…。
それを口実に来て、『紹介』を頼むつもりだよ~って、あたしとオカンで警戒してたのよ」

「ハハッ、執念だね」

「そしたらお姉がね、『会ってもいいよ』って言いだしたの」

(あらま、お姉さん産後の育児も大変なのに)
 ゆず子の気持ちを代弁したように、彼氏も言った。

「え、何でまた? 大丈夫なん?」

「あたしもオカンもびっくりよ。で、とりあえず『15分だけ』って事で、家に戻る前日に会ったんだよね。一応オカンとあたしも同席して、我が家で」

「おー、直接対決か」

「当日、ナツママがお祝いとか色々持って来てくれたんだ。『わぁ、可愛い!赤ちゃんなんてもう何十年ぶりかしら』なんて言ったりして。近況? 生まれた時の事とか、色々話してたら『うちのナツは一体いつ結婚するのかしら』とかぼやきだして、オカンと『ああ~、始まった』って顔を見合せたら、お姉が『ナツママって、結婚してから楽しい事ばかりあったんですか?』って言いだしたの」

(ほう?)
 思わずゆず子のペンの動きが止まる。

「『楽しい事もあったけど、苦労もいっぱいだよ。1回うちのお父さん、リストラ遭ったし』ってナツママが言って、お姉も『ですよね、私も結婚してから、初めて色んな苦労や嫌な事あるって気づきました~』って、3人の奥様で軽く互いの苦労話」

「まあ、当人達しか分からねえ話題だわな」

 彼氏は頷きつつ、お冷を口にする。彼女はこう言った。

「それでお姉が、『人生で何が不幸か幸せかって言ったら、[やりたい事が出来ないこと]が1番不幸だと思うんです』って言い始めたの」

「おお、深いね」

「『結婚願望がある人が結婚出来ないとしたら、[独身で不幸]って言えるけど、こういう仕事したい! こういう趣味を持ちたい! で出来ないなら、その人は[結婚しても独身でも不幸]、私はそう考えるんですよ』」

 ゆず子はふと気づいてペンを動かすのを再開した。彼女は続けた。

「『私はうちの子の[やりたい事]を応援出来る親になりたい、って思ってます。もちろん、幸せになる事も』って言って、約束の時間。お姉すごいわ…! ってなった」

「確かに。結婚だけが幸せじゃないって言葉、既婚者が言った方が重みあるわ。結婚しても不幸や嫌な事もあるって、最初に確認させてるもんな」

(若いのに悟ってるのね。すごいわ、彼女のお姉さん!)

 『結婚』というものは特別視されているが、そこには何て事ない生活の続きが待っているだけ、なのである。結婚すると、社会的かつ人間的な信用も貰えがちだが、既婚者に人格破綻者や犯罪者が皆無な訳でも無い。

 未婚でも、同棲やルームシェアなどで人と共同生活する、孤独じゃない老後も可能だ。つまり、未婚と既婚で出来ない事の垣根がなくなりつつある時代なのである。

(いつか来るのかな、『結婚=幸せって価値観』が主流じゃ無くなる日。むしろ生きてる間に見れるかしら)

 ゆず子は珈琲を口にしつつ、まだ見ぬ未来を想った。

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