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葬送勇者と刀剣勇者

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 怒ると語彙力が低下すると言う俗説は本当らしいと、身をもって知ることになったあたしである。

「うーん、もしかしてとは思ってたけど。信乃ちゃんって結構バカ?」

 止めに入った隊長の苦笑いに、肩を縮こまらせる。

「……すいません」

 不覚。

 元よりあたしは、頭に血が上りやすい。

 上ったが最後、自分でも制御できなくなる。

 そして、今回みたいに醜態をさらすことになるのであった。

「ま、幸い二人とも大怪我はしてないようでよかったよ」

 確かに、そこまでの怪我はしていない。

 せいぜい、噛み跡やひっかき傷くらいだ。

「あの、さっきのことって問題になりますか?」

「うん? まあ大丈夫じゃないかな。拷問のうちには入らないと思うよ」

「そっちじゃなくて、あいつ……エテルノのことです」

 昨日の今日で失念しかけていたけど、警察に暴力行為って、規則的にはかなり問題行動だ。

「彼女が心配かい?」

「べっ……別に、心配って訳じゃ無いですよ。ただその、彼女だけ罰せられるのは寝覚めが悪いというか」

「ああ、そう言うことネ。こっちが言わなきゃ問題にはならないさ。信乃ちゃんは問題にしたくないんだろう? なら黙ってればオーケーよ」

「そうですか――」

 それは良かったですと続けようとして、慌てて口をつぐんだ。

「……部屋に戻ります」

「尋問は続けるのかい?」

「もちろんです。これで終わらせるつもりはありませんから」

 そもそも今日のは、尋問にすらなっていない。

 ただ喧嘩だ。

「あんまり、無理しない方がいいよ? 信乃ちゃんがやろうとしてることは、古傷を自ら抉るようなものだからネ」

「……」

 古傷、か。

「……けど、これは抉る必要がある傷なんです」

 もう二度と、間違えたくないから。





 勇者として戦っていた頃、民間人達と野営を共にしたことがあった。

 敵軍に村を焼かれた民間人が、保護を求めてきたからだ。

 彼らの中には負傷者も多く、それが原因で命を落とす者もいた。

 そんな中、千草は大量にポーションが入った木箱を運んでいた。

 飲めば、大抵の傷を癒やせる治癒薬。

 傍らにいる包帯だらけの幼子も、数分後に駆け回ることが出来るだろう。

 だが、ハイポーションに分類されるこの薬はとても高価であり、一般庶民には到底手が出る代物では無い。

「勇者様……」

 声をかけられた。

 周囲に仲間はいない。

 どうやら自分が呼ばれているらしい。

 面倒臭いと思いつつ、振り向いた。

 立っていたのは、三十代半ばとおぼしき女性と、彼女の腕に抱かれている幼子。

 母親は頭に包帯を巻いていたが、子供の方が重傷だ。

 赤くにじんだ包帯だらけで地肌が見えない。

 ああ、死ぬなこのガキ。

 この時点で、声をかけられた理由がなんとなく分かった。

「後生でございます……どうか我が子に、ポーションをお恵みください」

「嫌だね」

 即答した。

「な、何故……?」

 希望が断たれたと言わんばりの母親に、千草は淡々と告げる。

「この箱に入っているポーションは三十七本。そして俺と仲間の人数は合わせて三十七……そう言うことだよ」

 いくら一騎当千の勇者と言えど、戦えば当然負傷する。

 事実千草も、二の腕に包帯が巻かれていた。

 少し慣れたが、妙に痺れて繊細な動きが出来なくなっていた。

「お願いです! 夫も娘も殺され、私にはもうこの子しかいないんです! どうか、どうか……!」

「だから、何だよ」

「え……?」

「アンタの旦那が死んだ。娘が死んだ。息子は今死にかけてる……で? それが、俺がポーションをくれてやる理由になる訳ねえだろ。不幸自慢なら余所でやれ」

 話は終わりだと踵を返す。

 何度もポーションを請う声を聞こえたが、足を止めるつもりは無かった。

 最後の方は、涙でぐしゃぐしゃになり何を言っているか聞き取れなくなっていた。

 刺すような視線を、方々から感じる。

 それらを全て無視して、千草は仲間の元へ向かった。

 その一部始終を、信乃に見られていたことに気付かぬまま。




 翌朝、野営地をブラついていた千草は自分の目を疑った。

 目の前に居るのは、自分がポーションの譲渡を拒否した親子だった。

 あれだけ悲痛に歪んでいた母親の顔はしかし、花開くような笑顔だった。

 そして彼女と一緒にいるのは、元気が溢れんばかかりの男の子。

 どこも包帯なんて巻いて折らず、健康そのものだった。

 あり得ない。

 あんな短時間で回復することは不可能だ。

 それこそ、あのハイポーションでも飲まなければ――




 朝の鍛錬をこなし、テントに戻ってきた信乃に、ポーションが入った瓶を投げてよこした。

「使えよ。まだ半分残ってる」

「……」

「そんで、何か言うことはねえか、信乃」

「……勝手にあたしの部屋に入らないで、とか?」

「部屋って言える程ご立派なものかよ。つか、それならおまえだって人のこと言えねえだろ……単刀直入に聞く。おまえ、ポーション飲んでねえだろ。つーかあげただろ」

「な、何のことかしら?」

 本当に嘘が下手だ。

 目が泳ぎまくりである。

「とぼけるのは結構だけどな。まずは腕の包帯を隠してからにしろよな、オーケイ?」

「ぐっ」

 案の定、あの親子にポーションをよこしたのは信乃だった。

「理由は聞かねえ。大体予想が付くからな……まさか、見てたのか?」

「……まあね。て言うか、断るにしても、もっと他の言い方あったでしょ」

 千草は、歯に衣着せないところがある。

 その癖はこの世界に来てからも変わらず、そのせいで誤解を受けることが多々あった。

 もっとも、半分くらいは誤解ではなく事実なのだが。

「オーケイオーケイ。善処するよ」

「絶対に直す気無い奴だこれ……」

 横目で睨みつつ、緑色の液体を流し込む。

 メロンソーダとドクターペッパーがフュージョンしたような奇妙な味。

 未だに慣れないなと思っていると、右腕の痛みが引いていくのが分かった。

 包帯を外すと、傷は跡形も無く消えていた。

 元々傷が浅かったと言うのもあるが、半分飲んだだけでもこの効能だ。

「ったく、おまえのお人好しは今に始まったことじゃねーどけど、まずは自分を優先しろよな」

「仕方ないでしょ。放っておけなかったんだから」

「何度も言ってるけど、全然理由になってないからなソレ」

 昔から、信乃は困っている人を放っておけない。

 余程の悪人で無い限り、誰にでも手を差し伸べる。

 それが信乃を尊敬している理由であり、気に食わないところでもある。

「……それ、一番千草に言われたくないんだけど」

「いーや、少なくとも俺は助ける相手は選ぶぜ。おまえみたいに節操なしじゃないんだな、これが」

「そう言う意味じゃないわよ」

「じゃあ、なんだってんだよ」

「なんて言うか……千草ってさ、あまり自分のこと顧みないじゃん」

「――」

 しばしの沈黙。

 言った矢先に後悔した。

 薄々気付いていた事とは言え、あまりにもオブラートに包まなすぎた。

「……そうかもな」

 肯定の言葉に、胸の奥がチクリと痛んだ
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