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再会と出発
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「――ハーゼ」
懐かしい声が聞こえた。
目を開くと、もう二度と見れないはずの、少女の笑顔があった。
「リエール……」
「久しぶり。やっと会えたね」
本物、なのだろうか。
止めどなく溢れ出る涙を拭おうともせず、確かめようと手を伸ばし――
「ふんっ」
「ぐぼぉ!?」
思いっきり腹パン。
「お怒りパンチ!」
「い、一体何を……」
「お怒りパンチとは! どうしても心の中で処理しきれなかった怒りの感情と脂肪を拳に乗せて打ち出す八つ当たり技なのです! ついさっき考えつきました!」
ああ、リエールだこれ。
いきなり突拍子も無いことをする所とか特に。
「ハーゼ。私は怒っているんだよ?」
怒っている……?
「それは、あれか。昔おまえが取っておいたケーキをうっかり食べてしまった事か?」
「そっちじゃない! いや、あれもすごい怒ったけどね!? 私が怒っているのは、ハーゼが無茶なことして死んじゃったことに決まってるでしょーが!」
無茶なこと……?
「すまないリエール。まるで心当たりがないぞ」
「あんな鎧着て葬送勇者に挑むのが、無茶以外の何だって言うの!?」
「違うぞ。勝算はあったのだ。結果的に敗北したが、勝算があった以上無茶というわけでは無い」
「そう言う問題じゃなくて! 私はハーゼに死んで欲しくなかったの! お祖父ちゃんになるまで平和に暮らして欲しかったの! こっちに来るのは、幾ら何でも早すぎってもんでしょーが!」
「し、しかしだな。これはあくまで俺の選択であって……」
「言い訳無用!」
「んぐぅ」
「正座!」
「はい」
完全に言われるがままである。
「まったく……こんなんだったら、予め言っとくべきだったよ。もし私が死んでも変な事しない
ようにって」
「それは無理だろう。お互い死ぬなんて欠片も思っていなかったのだからな」
今思えば、虫の良い話だった。
恋人を持っていようがいなかろうが、死は平等かつ理不尽に訪れる物なのだから。
「そりゃそうだけど……んがー、自分でもよく分かんない! ハーゼがそこまで私が好きなのは嬉しいけど、やっぱりそれで死んじゃうのは悲しすぎるよ……」
「悲しい、か」
リエールは悲しいと言ってくれた。
だが、自分はどうだ?
葬送勇者に敗れ、復讐を果たせなかったことは腸が煮えくりかえる思いだ。
断言出来る。
だが、自分が死んだことについては、残念ながらなんとも思えない。
元より、死んだも同然だったのだ。
リエールが殺されてからの自分は紛れも無く動く死人だった。
思考に靄がかかったように曖昧になり、何もかも灰色に見えた。
だが今は、色がある。
自分も、先程から怒髪天を衝きまくりなリエールも。
死んだ筈なのに、今の方が『生きている』実感があった。
「……ハーゼ。今、死んでも別に悲しくないとか思ったでしょ」
「正直に言えばそうだな」
「お怒りパンチ!」
「ぐふぅ!」
嘘をつけない性分と言うのは、こう言う時に損である。
「で、では聞くが、もしリエールが俺の立場だったら一体どうしていたのだ……?」
「そりゃあ、殺した奴見つけ出してぶっ殺して、その後はハーゼの後を――」
「ええい、まったく同じでは無いか!」
「あれぇ!?」
結局、リエールもリエールで人のことを言えたものでは無かったのである。
「で、でも、やっぱり私は……」
「分かっているさ。リエールが悲しんでくれることは嬉しい。俺にそこまでの価値を見いだしてくれたのだからな……だが俺は、そこまでの価値を己に見いだすことはできなかった。それよりリエールに再会できたことに舞い上がりそうになっている始末なのだからな」
「うぐっ、随分と卑怯な」
「そればかりは譲れないからな」
「反則! 絡め手なんて反則だってば!」
「絡め手……はて、俺は自らの思いの丈を口にしただけなのだが」
「それが反則なんだよぉ!」
「???」
哀れ、リエールの叫びはこの朴念仁にはまるで効果が無かった。
「しかし……ここはどこだ? 死後の世界、と言うにはいささか殺風景がすぎるような気がするが」
リエールとの再会で内心狂喜乱舞していて失念していたが、ここが何処なのかさっぱり見当が付かない。
「この世とあの世を隔てる境界、かな。本当はみんなもいたんだけど、先に行っちゃった。シュルなんて『せいぜいいちゃいちゃすればいい』だって」
「シュル嬢がいかにも言いそうなことだな……さて、どうしたものか。何をすればいいかさっぱり分からんぞ」
「うーん、焦る必要は無いんじゃないかな? のんびり行こうよ」
「ふむ……それもそうか」
思えば、ここしばらく心からの休息を取った記憶が無い。
リエールの言う通り、のんびり行くのも悪くないだろう。
「……む?」
ふと違和感を感じて、口元に手を当ててみる。
「……リエール。俺は今、どんな表情をしている?」
「ん、笑ってるよ」
「そうか……笑っているのか、俺は」
「うん、笑ってる。ちゃんと笑ってるよ、ハーゼ」
久々なせいか、どうもむず痒い。
この感覚に慣れるのは、まだしばらく先のことになりそうだった。
懐かしい声が聞こえた。
目を開くと、もう二度と見れないはずの、少女の笑顔があった。
「リエール……」
「久しぶり。やっと会えたね」
本物、なのだろうか。
止めどなく溢れ出る涙を拭おうともせず、確かめようと手を伸ばし――
「ふんっ」
「ぐぼぉ!?」
思いっきり腹パン。
「お怒りパンチ!」
「い、一体何を……」
「お怒りパンチとは! どうしても心の中で処理しきれなかった怒りの感情と脂肪を拳に乗せて打ち出す八つ当たり技なのです! ついさっき考えつきました!」
ああ、リエールだこれ。
いきなり突拍子も無いことをする所とか特に。
「ハーゼ。私は怒っているんだよ?」
怒っている……?
「それは、あれか。昔おまえが取っておいたケーキをうっかり食べてしまった事か?」
「そっちじゃない! いや、あれもすごい怒ったけどね!? 私が怒っているのは、ハーゼが無茶なことして死んじゃったことに決まってるでしょーが!」
無茶なこと……?
「すまないリエール。まるで心当たりがないぞ」
「あんな鎧着て葬送勇者に挑むのが、無茶以外の何だって言うの!?」
「違うぞ。勝算はあったのだ。結果的に敗北したが、勝算があった以上無茶というわけでは無い」
「そう言う問題じゃなくて! 私はハーゼに死んで欲しくなかったの! お祖父ちゃんになるまで平和に暮らして欲しかったの! こっちに来るのは、幾ら何でも早すぎってもんでしょーが!」
「し、しかしだな。これはあくまで俺の選択であって……」
「言い訳無用!」
「んぐぅ」
「正座!」
「はい」
完全に言われるがままである。
「まったく……こんなんだったら、予め言っとくべきだったよ。もし私が死んでも変な事しない
ようにって」
「それは無理だろう。お互い死ぬなんて欠片も思っていなかったのだからな」
今思えば、虫の良い話だった。
恋人を持っていようがいなかろうが、死は平等かつ理不尽に訪れる物なのだから。
「そりゃそうだけど……んがー、自分でもよく分かんない! ハーゼがそこまで私が好きなのは嬉しいけど、やっぱりそれで死んじゃうのは悲しすぎるよ……」
「悲しい、か」
リエールは悲しいと言ってくれた。
だが、自分はどうだ?
葬送勇者に敗れ、復讐を果たせなかったことは腸が煮えくりかえる思いだ。
断言出来る。
だが、自分が死んだことについては、残念ながらなんとも思えない。
元より、死んだも同然だったのだ。
リエールが殺されてからの自分は紛れも無く動く死人だった。
思考に靄がかかったように曖昧になり、何もかも灰色に見えた。
だが今は、色がある。
自分も、先程から怒髪天を衝きまくりなリエールも。
死んだ筈なのに、今の方が『生きている』実感があった。
「……ハーゼ。今、死んでも別に悲しくないとか思ったでしょ」
「正直に言えばそうだな」
「お怒りパンチ!」
「ぐふぅ!」
嘘をつけない性分と言うのは、こう言う時に損である。
「で、では聞くが、もしリエールが俺の立場だったら一体どうしていたのだ……?」
「そりゃあ、殺した奴見つけ出してぶっ殺して、その後はハーゼの後を――」
「ええい、まったく同じでは無いか!」
「あれぇ!?」
結局、リエールもリエールで人のことを言えたものでは無かったのである。
「で、でも、やっぱり私は……」
「分かっているさ。リエールが悲しんでくれることは嬉しい。俺にそこまでの価値を見いだしてくれたのだからな……だが俺は、そこまでの価値を己に見いだすことはできなかった。それよりリエールに再会できたことに舞い上がりそうになっている始末なのだからな」
「うぐっ、随分と卑怯な」
「そればかりは譲れないからな」
「反則! 絡め手なんて反則だってば!」
「絡め手……はて、俺は自らの思いの丈を口にしただけなのだが」
「それが反則なんだよぉ!」
「???」
哀れ、リエールの叫びはこの朴念仁にはまるで効果が無かった。
「しかし……ここはどこだ? 死後の世界、と言うにはいささか殺風景がすぎるような気がするが」
リエールとの再会で内心狂喜乱舞していて失念していたが、ここが何処なのかさっぱり見当が付かない。
「この世とあの世を隔てる境界、かな。本当はみんなもいたんだけど、先に行っちゃった。シュルなんて『せいぜいいちゃいちゃすればいい』だって」
「シュル嬢がいかにも言いそうなことだな……さて、どうしたものか。何をすればいいかさっぱり分からんぞ」
「うーん、焦る必要は無いんじゃないかな? のんびり行こうよ」
「ふむ……それもそうか」
思えば、ここしばらく心からの休息を取った記憶が無い。
リエールの言う通り、のんびり行くのも悪くないだろう。
「……む?」
ふと違和感を感じて、口元に手を当ててみる。
「……リエール。俺は今、どんな表情をしている?」
「ん、笑ってるよ」
「そうか……笑っているのか、俺は」
「うん、笑ってる。ちゃんと笑ってるよ、ハーゼ」
久々なせいか、どうもむず痒い。
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