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アブソリュートゼロ
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「ひでぇツラだなエテルノ。唯一の長所が台無しだぜ?」
その声に、安堵感を抱く自分が情けなかった。
「う、うるせーのじゃ! そ、そもそもどうやって復活したんじゃ!? 心臓どころか傷が全部塞がっとるのはどう言うコトじゃ!? ちゅーかそなたの体内にある魔力量がとんでもないことに……!」
「悪い、質問は全部後で答える。図々しいのは七百も承知なんだが、一緒に戦ってくれ。どうも俺は、今も昔も、剣(あいぼう)がいなくちゃ何も出来ねーらしいんだ」
しばし呆けた表情をしていたエテルノはやがて、はあ、と倒臭そうに嘆息したが、
「面倒臭いのう……そなたが死にかけている間、妾はしなくてもいい心労をいっぱいめいっぱいかけさせられたのじゃ。それなのに、また力を貸せと? 本来であればその存在丸ごと凍てつかせてもいいのじゃが……そうかそうかー、妾が必要なのかー、うむうむ――ならば我が力、我が刃、存分に振るうがよい!」
その顔は、どの角度から見ても満面の笑みを浮かべていた。
「ああ、振るってやるよ。存分にな!」
剣に変じた氷竜の柄を握り締める。
「……力を取り戻したか、葬送勇者」
「70パーオフだけどな。けど、テメーを殺すにはこれで十分だ」
無論ハッタリである。
素の身体能力では勝っているだろうが、今のハーゼにはデスペラードがある。
相手の実力を推し量れない訳では無いが、どちらが勝つのかはまるでビジョンが見えない。
よくてトントンってとこか?
ったく、あのクソ野郎、もう少しサービスしやがれっての。
とは言え、この三割の力で良かったのかも知れない。
先程から、体の至る所が悲鳴を上げていた。
この三倍以上の痛みと、かつての千草は四六時中共にしていたわけだが、なんでコレに耐えら
れ続けていたのか我が事ながらまるで見当も付かない。
「俺を殺すか。出来るのか、貴様に?」
「出来るぜ。今の俺はアンタが俺に向けているのと同レベル、いやそれ以上の殺意を抱いてんだからよお……!」
同時に、大地を蹴る。
瞬く間に火花が散り、消えていく。
――いいか千ヶ崎、殺し合いに勝つのは常に殺意が勝っているヤツだ。
暴君教師こと与田切夜見の言葉が脳裏を掠める。
――殺意ってのは言わばガソリンだからな。一リットルしか入ってないF1マシンと百リットル入っている軽トラが競ったら結果は明白だろ。つまりはそう言うコトだ。分かるか?
分かるも何も軽トラに百リットルも入れたら大爆発するのがオチだっつーのと突っ込んだら殴られた。
とは言え、まるで理解出来なかった訳では無い。
「俺の相棒を殺そうとしたんだ、その料金は高く付くぜ!」
「彼女の命は、リエール達よりも重いとでも言うのか!」
「俺の中ではな! テメーもそうだろ!? 赤の他人千人とダチ十人。どっちかしか助けられねえってんのなら、迷うまでもねえだろうが!」
勝手なもんだ。
何人も平気な顔で殺しておいて、いざ自分の親しい人間がたった一人殺されかけただけで、ここまで怒りが湧いてくるのだから。
二人は完全に拮抗していた。
剣術こそ遅れを取っているが、千草は豹を彷彿させる身のこなしでそれをカバーしていた。
これでも、あの時に比べては児戯に等しい。
だがその児戯を切り札にせざるを得ないのが現実であり限界だ。
『千草! そなたの魔力、もらい受けるぞ!』
「ああ、遠慮無く持ってけ!」
魔力が流れ出す感覚と共に、脳内に術式の情報が流れ込んで来る。
「――『フリーズオービット』!」
二人の詠唱が重ね合わせ、虚空に氷竜を一閃させる。
剣の軌道を模した氷の刃が一瞬のうちに構築され、撃ち出される。
ハーゼはヴァガボンドで絡め取る。
勢いを殺さぬまま撃ち返そうとしたその瞬間、
『爆ぜよ!』
刃が爆散した。
「……!」
デスペラードが曲がりくねった状態のまま凍り付く。
右半身が動かない。
「お返しだオラァ!」
千草の踵が鳩尾に食い込む。
既に痛んでいた内臓がついに限界を迎え破裂した。
噴き出す血に構わず、その右足を掴み岩に叩きつけた。
赤い花弁が咲き乱れ――すぐにつぼみにもどる。
逆行時計が使えている。
三割しかインストールしていない影響だろうか――どっちにしたって行幸だ。
「なら、最大限利用させて貰うぜ!」
言うが早いとばかりに、自らの足首を切り落とした。
激痛に顔を歪めながらも、隙を逃さじと追撃を加える。
「なっ……正気か貴様!」
「どうだか、な!」
本当は今にも泣きだしたかった。
自傷趣味の奴らの気が知れないとつくづく思う。
――これが、葬送勇者か。
攻撃を捌きながら、ハーゼは戦慄した。
剣技は荒削りだが、刃の軌道の先には確実に自分の急所がある。
それは戦い始めた頃から感じていたことだ。
身体能力が劣っていた分、それは明確な脅威になり得ていなかったが、力の一端を取り戻した今、その前評価は撤回せざるを得ない。
騎士道とは無縁の、灰色の殺人術がそこにあった。
「シィッ……!」
刺突を避ける。
冷気が首筋を撫でた。
少しでも遅ければ、殺られていた――
だが、負けるわけにはいかない。
イマジナリブラッドが燃え上る。
極寒の縛めは瞬く間に露と消えた。
『どんだけ無茶苦茶なんじゃあの鎧はぁ!』
「俺達だけには言われたくないと思うけど……な!」
精霊剣+アンデッド、おまけに勇者の力も少しばかり。
我なら反則だ。
だが、反則と言えど力であることには変わりが無い。
使える物ならなんでも使え。
手段に構うな。
そしてもぎ取れ
勝利を!
「ゼアァアアアアア――!」
「オオオオオオ――!」
鉄の味がする咆哮が、森を揺らした。
肉が避け、骨が砕ける。
血は止めどなく流れるが、その体から熱は奪われていなかった。
――まずいな
限界は予想より早く近付いてきている。
視界がぼやけ始めている。
痛覚も既に失われて久しい。
死に近付いているのにも関わらず、ハーゼの思考は澄み渡っていた。
元より、死は覚悟の上だ。
だが、限界を迎える前にこの仇敵は仕留めなくてはならない。
あの力は無尽蔵のものでは無いことは明白。
四肢を斬り飛ばしても無意味。
ならば再び心臓を破壊する――心臓にヴァガボンドを貫き固定すれば、心臓を修復することも不可能だろう。
喉元を狙った攻撃を弾き、距離を取る。
ヴァガボンドの刃を連結させ、水平に構えた。
それが引き金になったのか、イマジナリブラッドが激しい熱を帯び、刀身に蛇のように絡み付
いた。
「……っ」
千草は息を飲んだ。
終わらせる気だ。
その構えには、僅かにも隙は無い。
距離があるのにも関わらず、あれは避けられないと確信できた。
ならどうする?
決まっている、避けられなきゃ受ければいい。
その時にこっちも叩き込むのだ――切り札を。
「エテルノ!」
『分かっておる。出し惜しみはせぬぞ!』
「そうこなくっちゃな――!」
刀身が蒼い輝きを帯びる。
「『装填《セット》――アブソリュートゼロ』」
空気が一瞬でに凍り付き、熱が、魔力が、すべて氷竜に吸収されていく。
腰を落とし、左手で大地を掴む。
シャイタに授けられた、獣を彷彿とさせる構えを取った千草は、正面からハーゼを見据えた。
彼もまた、千草を見ていた。
互いの瞳に燃えるのは、純粋な殺意のみ。
「――行くぞ。これで最期だ」
「――来いよ。恋人の所に送ってやるぜ」
瞬間、大地が抉れる。
「アルデール・ラディウス――!」
炎が駆ける。
万物を焦がさんばかりの豪炎と共に繰り出されたその刺突を、視認することは叶わなかった。
一旦伸縮し、突き出された瞬間に射出された刃は、弾丸に匹敵するスピードで千草の心臓を撃ち抜いた。
その炎は、千草の心臓を焼き貫いても止まらず、彼の後方にあった森林を焼き焦がす。
遅かった。
言い換えるならば、先手を打たれた。
体が内部から焼けていく。
切れてはいけない何かが、ぶつりと切れた気がした。
意識が再び、肉体から離れていく。
勇者の力を得てもなお、それは避けられないのだろうか――
『千草――!』
――そんなの、ウチの精霊が納得するわけが無い。
意識が引き上げられる。
心臓を貫かれた? そんなの知ったことか。
俺がやるべき事はたった一つ。
前へ進め。
修復なんて後回しだ。
あいつを仕留める――今、この場で!
「チェックメイトだ!」
「舐めるな……!」
斜めに走る刃を、ヴァガボンドが受け止める。
相手に刃を突き立てながら、攻撃を防ぐ――
伸縮自在故に可能な芸当だ。
二つの剣は拮抗し、砕けた。
「何!?」
ハーゼは驚愕し、
「オオオオオ――!」
千草は吠えた。
物質には特定の温度まで冷却すると、極端に脆くなる性質がある。
それを利用して物体を破壊するのが、凍結粉砕。
実行するには専用の機械が必要になる他、なんでも破壊できる訳では無い。
が、凍結の大精霊を力を持ってすれば、それを一瞬でしてのけるくらい造作でも無い。
阻む物が無くなった氷竜の刃はしかし、デスペラードの外装を掠めるだけに留まった。
外したか――いや。
勢いは一切衰えさせぬまま、刃を反転させた。
急上昇した刃はそのまま、ハーゼの体をデスペラードごと逆袈裟に切り上げ、駆け抜ける。
これぞ四宮流鳥ノ型――!
「――偽燕返し!」
伝説上の剣士が使ったとされる剣技を再現したものの、さらに贋作。
オリジナルには及ばずとも、鍛錬を詰んでいくなかでかろうじて真に迫ることができたその技は、ハーゼが生命活動を維持するのに必要な器官を悉く斬り壊した。
鮮血が大地に降り注ぐ。
「――」
ハーゼの唇が僅かに動く。
彼が口にしたのは仇敵の名か、それとも恋人の名か。
崩れ落ちた騎士を背に、刀身に付着した血を振り払う。
氷竜に付着した血や脂はすぐに凍り、剥がれ落ちていくのだが、それを知っていても癖というのは中々抜けない。
『まだじゃ! まだ終わっておらぬ!』
勝負はすでに決したにも関わらず、エテルノが緊迫した声音で――いや、待て。
イマジナリブラッドが脈動している。
先程のような炎のような鮮やかさは無く、ただただどす赤い、酸素を吸った血の色だ。
「おいおい……!」
嫌な予感程的中するものである。
錆び付いた自動人形のように、再びハーゼは立ち上がった。
――いや、もうそれはハーゼでは無い。
瞳孔は開き、肌には血の気がまるで無い。
ざっくりと切り開かれた傷口からは内臓が堰を切ったようにこぼれ落ちていた。
ハーゼは千草のようなアンデッドでは無い、普通の人間だ。
生命活動が停止したが最後、その結末は死のみ。
それにも関わらず、肉体は動いている。
正確にはデスペラードが動かしている、と言うべきか。
『これも鎧の力、か……醜いにも程があるわい』
「同感だな……」
氷竜《エテルノ》を構えず、千草は嘆息した。
「俺が言えた義理も筋合いもねーけどさ……見てらんねえよ、おまえ」
――開帳
傷口を起点に、一瞬にしてハーゼの肉体は凍り付き、跡形も無く砕け散った。
しばらく微動だにしなかった千草達だったが、やがてぽつりと声を漏らした。
「……終わったな」
「じゃのう。復讐の果てに自らも返り討ちにあって死んだ……三文小説にも劣る展開ではあった
がな」
「おい、俺が殺された方が良かったってのかよ」
「いいや? そうなれば妾は確実に路頭に迷うからのう。それゆえそなたに力を貸したまでじゃ」
「それは素直に感謝すっけどな……そういや、シャイタはどうしたんだろうな」
「まあ大丈夫じゃろ、シャイタじゃし」
なんともテキトーな返答だったが、妙な説得力があった。
まあ、それはさておくとして、
「エテルノ、シャイタと合流したら俺のこと街まで運んどいてくれるか?」
「じゃ? なんで妾がそんなことをしなくてはいかんのじゃ」
「俺心臓ブチ抜かれてんじゃん。それに構わずつっこんでいったからダメージがやばくてさ……つーわけで、頼む」
「げっ!? の、のう、それ本当に大丈夫なんじゃろうな!? ここでぽっくり逝くとかそんな
巫山戯た展開は認めぬぞ!?」
「善処するぜ……」
「千草ー!」
エテルノの叫びを耳にしながら、本日三度目の、ブラックアウト。
その声に、安堵感を抱く自分が情けなかった。
「う、うるせーのじゃ! そ、そもそもどうやって復活したんじゃ!? 心臓どころか傷が全部塞がっとるのはどう言うコトじゃ!? ちゅーかそなたの体内にある魔力量がとんでもないことに……!」
「悪い、質問は全部後で答える。図々しいのは七百も承知なんだが、一緒に戦ってくれ。どうも俺は、今も昔も、剣(あいぼう)がいなくちゃ何も出来ねーらしいんだ」
しばし呆けた表情をしていたエテルノはやがて、はあ、と倒臭そうに嘆息したが、
「面倒臭いのう……そなたが死にかけている間、妾はしなくてもいい心労をいっぱいめいっぱいかけさせられたのじゃ。それなのに、また力を貸せと? 本来であればその存在丸ごと凍てつかせてもいいのじゃが……そうかそうかー、妾が必要なのかー、うむうむ――ならば我が力、我が刃、存分に振るうがよい!」
その顔は、どの角度から見ても満面の笑みを浮かべていた。
「ああ、振るってやるよ。存分にな!」
剣に変じた氷竜の柄を握り締める。
「……力を取り戻したか、葬送勇者」
「70パーオフだけどな。けど、テメーを殺すにはこれで十分だ」
無論ハッタリである。
素の身体能力では勝っているだろうが、今のハーゼにはデスペラードがある。
相手の実力を推し量れない訳では無いが、どちらが勝つのかはまるでビジョンが見えない。
よくてトントンってとこか?
ったく、あのクソ野郎、もう少しサービスしやがれっての。
とは言え、この三割の力で良かったのかも知れない。
先程から、体の至る所が悲鳴を上げていた。
この三倍以上の痛みと、かつての千草は四六時中共にしていたわけだが、なんでコレに耐えら
れ続けていたのか我が事ながらまるで見当も付かない。
「俺を殺すか。出来るのか、貴様に?」
「出来るぜ。今の俺はアンタが俺に向けているのと同レベル、いやそれ以上の殺意を抱いてんだからよお……!」
同時に、大地を蹴る。
瞬く間に火花が散り、消えていく。
――いいか千ヶ崎、殺し合いに勝つのは常に殺意が勝っているヤツだ。
暴君教師こと与田切夜見の言葉が脳裏を掠める。
――殺意ってのは言わばガソリンだからな。一リットルしか入ってないF1マシンと百リットル入っている軽トラが競ったら結果は明白だろ。つまりはそう言うコトだ。分かるか?
分かるも何も軽トラに百リットルも入れたら大爆発するのがオチだっつーのと突っ込んだら殴られた。
とは言え、まるで理解出来なかった訳では無い。
「俺の相棒を殺そうとしたんだ、その料金は高く付くぜ!」
「彼女の命は、リエール達よりも重いとでも言うのか!」
「俺の中ではな! テメーもそうだろ!? 赤の他人千人とダチ十人。どっちかしか助けられねえってんのなら、迷うまでもねえだろうが!」
勝手なもんだ。
何人も平気な顔で殺しておいて、いざ自分の親しい人間がたった一人殺されかけただけで、ここまで怒りが湧いてくるのだから。
二人は完全に拮抗していた。
剣術こそ遅れを取っているが、千草は豹を彷彿させる身のこなしでそれをカバーしていた。
これでも、あの時に比べては児戯に等しい。
だがその児戯を切り札にせざるを得ないのが現実であり限界だ。
『千草! そなたの魔力、もらい受けるぞ!』
「ああ、遠慮無く持ってけ!」
魔力が流れ出す感覚と共に、脳内に術式の情報が流れ込んで来る。
「――『フリーズオービット』!」
二人の詠唱が重ね合わせ、虚空に氷竜を一閃させる。
剣の軌道を模した氷の刃が一瞬のうちに構築され、撃ち出される。
ハーゼはヴァガボンドで絡め取る。
勢いを殺さぬまま撃ち返そうとしたその瞬間、
『爆ぜよ!』
刃が爆散した。
「……!」
デスペラードが曲がりくねった状態のまま凍り付く。
右半身が動かない。
「お返しだオラァ!」
千草の踵が鳩尾に食い込む。
既に痛んでいた内臓がついに限界を迎え破裂した。
噴き出す血に構わず、その右足を掴み岩に叩きつけた。
赤い花弁が咲き乱れ――すぐにつぼみにもどる。
逆行時計が使えている。
三割しかインストールしていない影響だろうか――どっちにしたって行幸だ。
「なら、最大限利用させて貰うぜ!」
言うが早いとばかりに、自らの足首を切り落とした。
激痛に顔を歪めながらも、隙を逃さじと追撃を加える。
「なっ……正気か貴様!」
「どうだか、な!」
本当は今にも泣きだしたかった。
自傷趣味の奴らの気が知れないとつくづく思う。
――これが、葬送勇者か。
攻撃を捌きながら、ハーゼは戦慄した。
剣技は荒削りだが、刃の軌道の先には確実に自分の急所がある。
それは戦い始めた頃から感じていたことだ。
身体能力が劣っていた分、それは明確な脅威になり得ていなかったが、力の一端を取り戻した今、その前評価は撤回せざるを得ない。
騎士道とは無縁の、灰色の殺人術がそこにあった。
「シィッ……!」
刺突を避ける。
冷気が首筋を撫でた。
少しでも遅ければ、殺られていた――
だが、負けるわけにはいかない。
イマジナリブラッドが燃え上る。
極寒の縛めは瞬く間に露と消えた。
『どんだけ無茶苦茶なんじゃあの鎧はぁ!』
「俺達だけには言われたくないと思うけど……な!」
精霊剣+アンデッド、おまけに勇者の力も少しばかり。
我なら反則だ。
だが、反則と言えど力であることには変わりが無い。
使える物ならなんでも使え。
手段に構うな。
そしてもぎ取れ
勝利を!
「ゼアァアアアアア――!」
「オオオオオオ――!」
鉄の味がする咆哮が、森を揺らした。
肉が避け、骨が砕ける。
血は止めどなく流れるが、その体から熱は奪われていなかった。
――まずいな
限界は予想より早く近付いてきている。
視界がぼやけ始めている。
痛覚も既に失われて久しい。
死に近付いているのにも関わらず、ハーゼの思考は澄み渡っていた。
元より、死は覚悟の上だ。
だが、限界を迎える前にこの仇敵は仕留めなくてはならない。
あの力は無尽蔵のものでは無いことは明白。
四肢を斬り飛ばしても無意味。
ならば再び心臓を破壊する――心臓にヴァガボンドを貫き固定すれば、心臓を修復することも不可能だろう。
喉元を狙った攻撃を弾き、距離を取る。
ヴァガボンドの刃を連結させ、水平に構えた。
それが引き金になったのか、イマジナリブラッドが激しい熱を帯び、刀身に蛇のように絡み付
いた。
「……っ」
千草は息を飲んだ。
終わらせる気だ。
その構えには、僅かにも隙は無い。
距離があるのにも関わらず、あれは避けられないと確信できた。
ならどうする?
決まっている、避けられなきゃ受ければいい。
その時にこっちも叩き込むのだ――切り札を。
「エテルノ!」
『分かっておる。出し惜しみはせぬぞ!』
「そうこなくっちゃな――!」
刀身が蒼い輝きを帯びる。
「『装填《セット》――アブソリュートゼロ』」
空気が一瞬でに凍り付き、熱が、魔力が、すべて氷竜に吸収されていく。
腰を落とし、左手で大地を掴む。
シャイタに授けられた、獣を彷彿とさせる構えを取った千草は、正面からハーゼを見据えた。
彼もまた、千草を見ていた。
互いの瞳に燃えるのは、純粋な殺意のみ。
「――行くぞ。これで最期だ」
「――来いよ。恋人の所に送ってやるぜ」
瞬間、大地が抉れる。
「アルデール・ラディウス――!」
炎が駆ける。
万物を焦がさんばかりの豪炎と共に繰り出されたその刺突を、視認することは叶わなかった。
一旦伸縮し、突き出された瞬間に射出された刃は、弾丸に匹敵するスピードで千草の心臓を撃ち抜いた。
その炎は、千草の心臓を焼き貫いても止まらず、彼の後方にあった森林を焼き焦がす。
遅かった。
言い換えるならば、先手を打たれた。
体が内部から焼けていく。
切れてはいけない何かが、ぶつりと切れた気がした。
意識が再び、肉体から離れていく。
勇者の力を得てもなお、それは避けられないのだろうか――
『千草――!』
――そんなの、ウチの精霊が納得するわけが無い。
意識が引き上げられる。
心臓を貫かれた? そんなの知ったことか。
俺がやるべき事はたった一つ。
前へ進め。
修復なんて後回しだ。
あいつを仕留める――今、この場で!
「チェックメイトだ!」
「舐めるな……!」
斜めに走る刃を、ヴァガボンドが受け止める。
相手に刃を突き立てながら、攻撃を防ぐ――
伸縮自在故に可能な芸当だ。
二つの剣は拮抗し、砕けた。
「何!?」
ハーゼは驚愕し、
「オオオオオ――!」
千草は吠えた。
物質には特定の温度まで冷却すると、極端に脆くなる性質がある。
それを利用して物体を破壊するのが、凍結粉砕。
実行するには専用の機械が必要になる他、なんでも破壊できる訳では無い。
が、凍結の大精霊を力を持ってすれば、それを一瞬でしてのけるくらい造作でも無い。
阻む物が無くなった氷竜の刃はしかし、デスペラードの外装を掠めるだけに留まった。
外したか――いや。
勢いは一切衰えさせぬまま、刃を反転させた。
急上昇した刃はそのまま、ハーゼの体をデスペラードごと逆袈裟に切り上げ、駆け抜ける。
これぞ四宮流鳥ノ型――!
「――偽燕返し!」
伝説上の剣士が使ったとされる剣技を再現したものの、さらに贋作。
オリジナルには及ばずとも、鍛錬を詰んでいくなかでかろうじて真に迫ることができたその技は、ハーゼが生命活動を維持するのに必要な器官を悉く斬り壊した。
鮮血が大地に降り注ぐ。
「――」
ハーゼの唇が僅かに動く。
彼が口にしたのは仇敵の名か、それとも恋人の名か。
崩れ落ちた騎士を背に、刀身に付着した血を振り払う。
氷竜に付着した血や脂はすぐに凍り、剥がれ落ちていくのだが、それを知っていても癖というのは中々抜けない。
『まだじゃ! まだ終わっておらぬ!』
勝負はすでに決したにも関わらず、エテルノが緊迫した声音で――いや、待て。
イマジナリブラッドが脈動している。
先程のような炎のような鮮やかさは無く、ただただどす赤い、酸素を吸った血の色だ。
「おいおい……!」
嫌な予感程的中するものである。
錆び付いた自動人形のように、再びハーゼは立ち上がった。
――いや、もうそれはハーゼでは無い。
瞳孔は開き、肌には血の気がまるで無い。
ざっくりと切り開かれた傷口からは内臓が堰を切ったようにこぼれ落ちていた。
ハーゼは千草のようなアンデッドでは無い、普通の人間だ。
生命活動が停止したが最後、その結末は死のみ。
それにも関わらず、肉体は動いている。
正確にはデスペラードが動かしている、と言うべきか。
『これも鎧の力、か……醜いにも程があるわい』
「同感だな……」
氷竜《エテルノ》を構えず、千草は嘆息した。
「俺が言えた義理も筋合いもねーけどさ……見てらんねえよ、おまえ」
――開帳
傷口を起点に、一瞬にしてハーゼの肉体は凍り付き、跡形も無く砕け散った。
しばらく微動だにしなかった千草達だったが、やがてぽつりと声を漏らした。
「……終わったな」
「じゃのう。復讐の果てに自らも返り討ちにあって死んだ……三文小説にも劣る展開ではあった
がな」
「おい、俺が殺された方が良かったってのかよ」
「いいや? そうなれば妾は確実に路頭に迷うからのう。それゆえそなたに力を貸したまでじゃ」
「それは素直に感謝すっけどな……そういや、シャイタはどうしたんだろうな」
「まあ大丈夫じゃろ、シャイタじゃし」
なんともテキトーな返答だったが、妙な説得力があった。
まあ、それはさておくとして、
「エテルノ、シャイタと合流したら俺のこと街まで運んどいてくれるか?」
「じゃ? なんで妾がそんなことをしなくてはいかんのじゃ」
「俺心臓ブチ抜かれてんじゃん。それに構わずつっこんでいったからダメージがやばくてさ……つーわけで、頼む」
「げっ!? の、のう、それ本当に大丈夫なんじゃろうな!? ここでぽっくり逝くとかそんな
巫山戯た展開は認めぬぞ!?」
「善処するぜ……」
「千草ー!」
エテルノの叫びを耳にしながら、本日三度目の、ブラックアウト。
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この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
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◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
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二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
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初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
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