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運動の後にはレモネードを
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「――草、千草! ええいしっかりせんか愚物め!」
言葉と同時に感じたのは、まるで爪の裏を氷付けにされたような感覚――
「って実際凍らされてるよなコレ!?」
意識が一気に覚醒し、身を起こす。
先程の一撃であっさり気絶してしまったようだ。
シャイタの力が規格外なのか、俺の耐久力が無さ過ぎるのか、はたまたその両方か。
「すまない千草。私としたことが力加減が上手く行かなかったようだ……」
ぺたんとオオカ耳を垂れるシャイタが非常に可愛らしかったので、気にしないことにした。
男というのはかく単純な生物なんだぜ。
「ふうむ。頭部が吹っ飛んだ時はもしやと思ったが、どうやら記憶はそのままのようじゃな。」
「思ったより大惨事だったな俺!?」
人間だったら言うまでも無く即死だ。
「うう、そんなつもりでは無かったのだ……やはり私は向いていないのか……」
「あー、良いって良いって。間違いは誰にでもあることだし」
一歩間違えてたらお陀仏になっていたところだが、実際は死んでいないのでノープロブレム。
エテルノだったねちねち責め立てるところだったが、シャイタなので別に責め立てる必要は皆無なのだよ。
「……って待てよ」
「む?」
「もしかしなくても、俺がアンデッドだってことシャイタにバレてないか?」
「うむ。そう言うことになるな」
「命ばかりはお助けを!」
シャイタは敬虔なトルク教徒。
異端とされているアンデッドを放っておくとは思えない。
聖水だのなんだのとまどろっこしい真似なんかせずに、そのまま腕力で浄化されてしまうのではなかろうか。
「む? 別に私はそんなつもりは毛頭無いぞ」
あれ?
「え、でも、アンデッドって異端なんだろ? 信者だったら即浄化なんじゃねえのか?」
「アレは異端審問官共が勝手にやっているだけに過ぎん。経典にもアンデッドを滅せよなんて記述は一つも無い。私自身、おまえの存在を不快には感じていない」
「マジでか。焦ったー……んじゃ、仕切り直しと行こうぜ」
首を鳴らしながら立ち上がっ俺に、シャイタは目を丸くした。
「……いいのか? 自分で言うのもなんだが、またあんなことになるかもしれないぞ?」
「へっ強くなれるんだったらそれくらいどうってことねーよ」
「おーい足が震えとるぞー」
「それくらいカッコ付けさせてくれませんかねえ!?」
さて、ぐだぐだながらも始まった修行だが、
「モウムリ、シム」
ストレートに言えば、滅茶苦茶キツかった。
ヤムチャポーズで地面に転がっている俺は完全に虫の息である。
休憩を挟んではいたが、三時間もシャイタとの模擬戦をしていれば誰でもこうなる。
「つーか、シャイタ強すぎんだろ……あいつ、マジでどうなってんだ?」
結局、一太刀も浴びせられなかった。
氷竜を使っても構わないと言われた時は万が一のことを危惧したが、なるほど当てられなかったら木刀だろうが真剣だろうが関係ないな。
「うご~、もう一歩も動けぬ。故に帰りは妾を背負うがよい」
「おまえは剣になってただけだろ。背負ってもらいたいのはこっちだっての」
「では本二冊で手を打とうぞ。さすれば妾がそなたを引きずって家路についてやるのじゃ」
「二冊も要求するクセにサービス最悪だな……」
一応、突っ込む気力は残っている。
「二人ともお疲れ様。塩レモネードがあるから飲むといい」
「サンキュー……」
シャイタから受け取った瓶の中身を一気に煽る。
疲弊した――つーか半分死にかけた体に炭酸の刺激が心地よく染み渡った。
「あ~生き返る~」
「疲弊した体には、塩分と糖分を補給するのが一番だからな。今の状況にこれほど最適な飲み物はないだろう?」
「確かにそうかもな。どこで売っているんだこれ?」
「基本的にどこでも売っているが、これは格別だぞ? 針音のお手製だ」
「針音って、あの守銭奴ショタロリコンか? なんつーか意外だな」
あいつははレモネードを作るよりレモネードを薄めている姿の方がしっくりくる。
が、素材を惜しげも無く使わなければここまでの物は出来ないのも事実だ。
「針音は無駄が嫌いなだけなんだ。美味しくするために必要と判断すれば躊躇無く使うヤツだぞ」
「人は見かけによらぬっちゅーことじゃな。して、千草よ。何か妾に言うことがあるのでは無いかのう?」
「妙にドヤ顔なのがなんともムカつく」
「そっちじゃねーのじゃ! 不思議に思わぬのか!? それが長時間屋外に置いといてもキンキンに冷えていることに!」
「あー、言われて見ればそうだな。サンキューシャイタ」
「冷やしたのは妾じゃ愚物めぇ!」
ことごとくスルーされ、エテルノはほぼ涙目である。
「エテルノが瓶を凍らせてくれたお陰で、中のレモネードも温くならずに済んだんだ。さすが凍結の大精霊だな」
「ふっふんくるしゅーないぞ」
自分の力が誉められエテルノはすっかりご満悦だ。
それが『レモネードの瓶を冷やした』と言う、いささかショボいというか庶民的なものではあるのは言わぬが華ってことにしておこう。
「ほれほれ千草。シャイタのように妾を敬ってもよいのじゃぞ?」
「遠慮しとく」
「ちっ、いっその事中身も凍らせてやろうかのう」
「瓶も割れるから止めろ」
こんなに美味い物をつまらん動機でおじゃんにされるのはまっぴら御免だ。
「しかし、千草は本当に勇者だったのだな」
「そりゃまあそうだけど……どうしたんだ急に?」
「冒険者になりたての頃は誰も動きがぎこちない。だが千草の身のこなしは戦いが体に染みついていないとできないものだ。課題と言えば、体がその動きにまるで付いていけていないと言うことだな」
「あー、そゆコトね」
冒険者を始めて一週間、それは何度も実感していた。
むしろ、実感しない日など無かった。
反射神経は以前とさほど変化していない。
が、肝心の肉体が著しく弱体化しているためにテンポが無茶苦茶になるのだ。
そのせいで今日も、シャイタの攻撃を避けるために後方に跳んだが、距離が全然足りず、モロに食らうハメになった。
「五メートルくらい跳んだつもりだったんだけどなあ」
「実際はその半分もいっとらんかったぞ」
「うるへーやい。俺だってそんなことは理解してるっつーの」
感覚を今の肉体にチューニングしていくのが急務だな。
「つか、よく俺を勇者だって信じたよな。復活してからずっと一緒にいるコイツすら信じてないんだぜ?」
「日々の行いのせいじゃろそれは」
「俺は勇者の頃からこんな感じなんだよ。そのせいで、あのクソ姫からもっと勇者らしく振る舞ってくれと言われてたけどな。つか、俺よりも問題行動起こしてた奴だってフツーにいたよ」
要求が通らなければ銃で脅す担任とか、可愛い女の子を見つけたら速攻でナンパする親友(彼女いる)とか、胸のことをからかわれると日本刀を振り回してマジギレする幼馴染みとか。
「そりゃ、あの女がそなた個人にかなりの恨みを持ってからではないかの?」
「別にそんなことした覚えは無いんだけどな。初対面でいちご牛乳をスパーキングしたくらいで」
「どう考えてもそれじゃろうが。五本の指に入るくらい最悪な初対面じゃぞそれ」
「いや、だって、いきなりこの世界に召還した挙げ句勇者として戦えって言われたんだぜ? それに比べりゃどうってことないだろ」
少年マガジンを投げつけられなかったことを感謝してほしいもんだ。
「フィーレ殿の苦労人気質は相変わらずだな……」
ん?
独り言か?
あまり聞こえなかったけど、まあいいか。
「他にシャイタから見た問題点ってあるか?」
「そうだな……まだ剣を扱いあぐねていると言うか、持てあましている感じだ。剣に己を無理に合わせようとして結果的に失敗しているな」
アロンダイトと氷竜はカテゴリー上は同じ『剣』だが、使用法は大きく異なる。
アロンダイトを振るうときは、記録された剣技を再現する剣を制御することに、神経を尖らせなくてはいけなかった。
が、氷竜を使うとき、その剣技を繰り出すのは自分自身。
どちらが楽かは単純比較しようもないが、氷竜は全く別の武器を振るっている感覚だ。
「私は武器の扱いは不得手でな。剣術を教えてやることはできないのだ……すまない」
「シャイタが謝ることじゃねーよ。今の修行にさらに追加とか、贅沢甚だしいってもんだぜ?」
「そうか?」
「マジマジ。つか、武器の扱いが不得手って言ってたけど、籠手くらいは付けた方が良いんじゃ
ねーの?」
格闘術を使う冒険者は一定数いるが、その大半は籠手やナックルを装備している。
が、シャイタはそれらはおろか、防具すら着用していない。
防具を着けていないのは俺も同じだが、そりゃ買う金が無いだけだ。
「確かにそうだが、どの武器も防具も一撃で破壊してしまうのだ」
『されてしまう』ではなく『してしまう』。
なるほど、己が肉体が武具より頑強であれば、それらは確かに無用の長物だろうな。
「本当に、シャイタの肉体は面妖じゃのう。何をすればそんな風になるんじゃ?」
おい、そりゃ人によっては喧嘩を売っているようにしか聞こえない質問だぞ。
一方シャイタは、特に気分を害した様子は無かった。
「やはり鍛錬だな。それを積み重ねれば誰でも私のようになれるぞ!」
「二万年やっても無理だなそりゃ」
いくら狼人族が身体能力が高い種族だったとしても、シャイタの強さはそれとは関係無い所にある気がしてならない。
「む、やる前から決めつけるのは早計と言う物だぞ? まずは早朝に木を一撃で殴り倒す鍛錬をだな」
「いくら勇者でもそんなモン殴り倒すことなんざ出来ねえよ骨折れるわ!」
この場合の『骨折れる』は比喩表現じゃないぜ。
そのそのまんまの意味だある。
勇者時代のステータスなら可能性はあった。
それでも一撃で終わらせるのは無理ゲーも甚だしい。
「剣技は自分でなんとかするしかないか……」
「言っておくが、妾は強力せんぞ。そこら辺の木刀でも振っておれ」
「それじゃ訓練にならねーだろ。そこは大人しく協力しろよ」
むぐーっとむくれているエテルノだったが、重要性は理解しているようで渋々ながらも了承してくれた。
「ふふっ」
ふと、シャイタが二人を見ながら柔らかい笑みを漏らした。
「ん、どしたんだシャイタ?」
「いや、な。パーティーを組んでいる冒険者同士のやりとりと言うのはこういうものなのかも知れないと思ってな」
「しれないって……もしかして、パーティー組んだことないのか?」
「ああ。どうも、私は避けられているらしくてな。別に気にしている訳では無いが、すこし羨ましいと思っていたのだ。だが、今日その願いは叶った。だから私は満足だ」
「そうか。そりゃ良かった」
強すぎるから避けられてんのか?
後でそれとなく探りを入れてみるか。
とは言え、俺もエテルノ以外の冒険者とパーティーを組んだことは無い。
孤立していたって訳じゃない。
報酬の問題だ。
クエストの報酬は、パーティーの人数がどれだけいようとその額は一切変動しない。
ソロでハイリスクハイリターンを狙うか、パーティーでローリスクローリターンを狙うか。
生活に余裕のよの字も無い俺は無論、前者を選んでいる。(エテルノを一人とカウント出来るかと言えばかなりビミョーだが)
俺から見れば最強レベルの力を持ち、報酬も総取りできると言うのは中々に羨ましい話だなんだけどな。
うちの鯛より隣の鰯って奴か。
「さて、と。今日の鍛錬で千草の動きのクセは大体掴めたな。本腰を入れて始めるのは明日からになるが、それでも構わないか?」
「ハッハッハ、まるで今日は本腰を入れていなかったみたいな言い方だな?」
「うむ、まるで入ってなかったぞ!」
――おお神よ。
人の首吹っ飛ばしておいて本気じゃ無いとかのたまうオオカミ娘に、俺は割と本気で神の加護を願った。
言葉と同時に感じたのは、まるで爪の裏を氷付けにされたような感覚――
「って実際凍らされてるよなコレ!?」
意識が一気に覚醒し、身を起こす。
先程の一撃であっさり気絶してしまったようだ。
シャイタの力が規格外なのか、俺の耐久力が無さ過ぎるのか、はたまたその両方か。
「すまない千草。私としたことが力加減が上手く行かなかったようだ……」
ぺたんとオオカ耳を垂れるシャイタが非常に可愛らしかったので、気にしないことにした。
男というのはかく単純な生物なんだぜ。
「ふうむ。頭部が吹っ飛んだ時はもしやと思ったが、どうやら記憶はそのままのようじゃな。」
「思ったより大惨事だったな俺!?」
人間だったら言うまでも無く即死だ。
「うう、そんなつもりでは無かったのだ……やはり私は向いていないのか……」
「あー、良いって良いって。間違いは誰にでもあることだし」
一歩間違えてたらお陀仏になっていたところだが、実際は死んでいないのでノープロブレム。
エテルノだったねちねち責め立てるところだったが、シャイタなので別に責め立てる必要は皆無なのだよ。
「……って待てよ」
「む?」
「もしかしなくても、俺がアンデッドだってことシャイタにバレてないか?」
「うむ。そう言うことになるな」
「命ばかりはお助けを!」
シャイタは敬虔なトルク教徒。
異端とされているアンデッドを放っておくとは思えない。
聖水だのなんだのとまどろっこしい真似なんかせずに、そのまま腕力で浄化されてしまうのではなかろうか。
「む? 別に私はそんなつもりは毛頭無いぞ」
あれ?
「え、でも、アンデッドって異端なんだろ? 信者だったら即浄化なんじゃねえのか?」
「アレは異端審問官共が勝手にやっているだけに過ぎん。経典にもアンデッドを滅せよなんて記述は一つも無い。私自身、おまえの存在を不快には感じていない」
「マジでか。焦ったー……んじゃ、仕切り直しと行こうぜ」
首を鳴らしながら立ち上がっ俺に、シャイタは目を丸くした。
「……いいのか? 自分で言うのもなんだが、またあんなことになるかもしれないぞ?」
「へっ強くなれるんだったらそれくらいどうってことねーよ」
「おーい足が震えとるぞー」
「それくらいカッコ付けさせてくれませんかねえ!?」
さて、ぐだぐだながらも始まった修行だが、
「モウムリ、シム」
ストレートに言えば、滅茶苦茶キツかった。
ヤムチャポーズで地面に転がっている俺は完全に虫の息である。
休憩を挟んではいたが、三時間もシャイタとの模擬戦をしていれば誰でもこうなる。
「つーか、シャイタ強すぎんだろ……あいつ、マジでどうなってんだ?」
結局、一太刀も浴びせられなかった。
氷竜を使っても構わないと言われた時は万が一のことを危惧したが、なるほど当てられなかったら木刀だろうが真剣だろうが関係ないな。
「うご~、もう一歩も動けぬ。故に帰りは妾を背負うがよい」
「おまえは剣になってただけだろ。背負ってもらいたいのはこっちだっての」
「では本二冊で手を打とうぞ。さすれば妾がそなたを引きずって家路についてやるのじゃ」
「二冊も要求するクセにサービス最悪だな……」
一応、突っ込む気力は残っている。
「二人ともお疲れ様。塩レモネードがあるから飲むといい」
「サンキュー……」
シャイタから受け取った瓶の中身を一気に煽る。
疲弊した――つーか半分死にかけた体に炭酸の刺激が心地よく染み渡った。
「あ~生き返る~」
「疲弊した体には、塩分と糖分を補給するのが一番だからな。今の状況にこれほど最適な飲み物はないだろう?」
「確かにそうかもな。どこで売っているんだこれ?」
「基本的にどこでも売っているが、これは格別だぞ? 針音のお手製だ」
「針音って、あの守銭奴ショタロリコンか? なんつーか意外だな」
あいつははレモネードを作るよりレモネードを薄めている姿の方がしっくりくる。
が、素材を惜しげも無く使わなければここまでの物は出来ないのも事実だ。
「針音は無駄が嫌いなだけなんだ。美味しくするために必要と判断すれば躊躇無く使うヤツだぞ」
「人は見かけによらぬっちゅーことじゃな。して、千草よ。何か妾に言うことがあるのでは無いかのう?」
「妙にドヤ顔なのがなんともムカつく」
「そっちじゃねーのじゃ! 不思議に思わぬのか!? それが長時間屋外に置いといてもキンキンに冷えていることに!」
「あー、言われて見ればそうだな。サンキューシャイタ」
「冷やしたのは妾じゃ愚物めぇ!」
ことごとくスルーされ、エテルノはほぼ涙目である。
「エテルノが瓶を凍らせてくれたお陰で、中のレモネードも温くならずに済んだんだ。さすが凍結の大精霊だな」
「ふっふんくるしゅーないぞ」
自分の力が誉められエテルノはすっかりご満悦だ。
それが『レモネードの瓶を冷やした』と言う、いささかショボいというか庶民的なものではあるのは言わぬが華ってことにしておこう。
「ほれほれ千草。シャイタのように妾を敬ってもよいのじゃぞ?」
「遠慮しとく」
「ちっ、いっその事中身も凍らせてやろうかのう」
「瓶も割れるから止めろ」
こんなに美味い物をつまらん動機でおじゃんにされるのはまっぴら御免だ。
「しかし、千草は本当に勇者だったのだな」
「そりゃまあそうだけど……どうしたんだ急に?」
「冒険者になりたての頃は誰も動きがぎこちない。だが千草の身のこなしは戦いが体に染みついていないとできないものだ。課題と言えば、体がその動きにまるで付いていけていないと言うことだな」
「あー、そゆコトね」
冒険者を始めて一週間、それは何度も実感していた。
むしろ、実感しない日など無かった。
反射神経は以前とさほど変化していない。
が、肝心の肉体が著しく弱体化しているためにテンポが無茶苦茶になるのだ。
そのせいで今日も、シャイタの攻撃を避けるために後方に跳んだが、距離が全然足りず、モロに食らうハメになった。
「五メートルくらい跳んだつもりだったんだけどなあ」
「実際はその半分もいっとらんかったぞ」
「うるへーやい。俺だってそんなことは理解してるっつーの」
感覚を今の肉体にチューニングしていくのが急務だな。
「つか、よく俺を勇者だって信じたよな。復活してからずっと一緒にいるコイツすら信じてないんだぜ?」
「日々の行いのせいじゃろそれは」
「俺は勇者の頃からこんな感じなんだよ。そのせいで、あのクソ姫からもっと勇者らしく振る舞ってくれと言われてたけどな。つか、俺よりも問題行動起こしてた奴だってフツーにいたよ」
要求が通らなければ銃で脅す担任とか、可愛い女の子を見つけたら速攻でナンパする親友(彼女いる)とか、胸のことをからかわれると日本刀を振り回してマジギレする幼馴染みとか。
「そりゃ、あの女がそなた個人にかなりの恨みを持ってからではないかの?」
「別にそんなことした覚えは無いんだけどな。初対面でいちご牛乳をスパーキングしたくらいで」
「どう考えてもそれじゃろうが。五本の指に入るくらい最悪な初対面じゃぞそれ」
「いや、だって、いきなりこの世界に召還した挙げ句勇者として戦えって言われたんだぜ? それに比べりゃどうってことないだろ」
少年マガジンを投げつけられなかったことを感謝してほしいもんだ。
「フィーレ殿の苦労人気質は相変わらずだな……」
ん?
独り言か?
あまり聞こえなかったけど、まあいいか。
「他にシャイタから見た問題点ってあるか?」
「そうだな……まだ剣を扱いあぐねていると言うか、持てあましている感じだ。剣に己を無理に合わせようとして結果的に失敗しているな」
アロンダイトと氷竜はカテゴリー上は同じ『剣』だが、使用法は大きく異なる。
アロンダイトを振るうときは、記録された剣技を再現する剣を制御することに、神経を尖らせなくてはいけなかった。
が、氷竜を使うとき、その剣技を繰り出すのは自分自身。
どちらが楽かは単純比較しようもないが、氷竜は全く別の武器を振るっている感覚だ。
「私は武器の扱いは不得手でな。剣術を教えてやることはできないのだ……すまない」
「シャイタが謝ることじゃねーよ。今の修行にさらに追加とか、贅沢甚だしいってもんだぜ?」
「そうか?」
「マジマジ。つか、武器の扱いが不得手って言ってたけど、籠手くらいは付けた方が良いんじゃ
ねーの?」
格闘術を使う冒険者は一定数いるが、その大半は籠手やナックルを装備している。
が、シャイタはそれらはおろか、防具すら着用していない。
防具を着けていないのは俺も同じだが、そりゃ買う金が無いだけだ。
「確かにそうだが、どの武器も防具も一撃で破壊してしまうのだ」
『されてしまう』ではなく『してしまう』。
なるほど、己が肉体が武具より頑強であれば、それらは確かに無用の長物だろうな。
「本当に、シャイタの肉体は面妖じゃのう。何をすればそんな風になるんじゃ?」
おい、そりゃ人によっては喧嘩を売っているようにしか聞こえない質問だぞ。
一方シャイタは、特に気分を害した様子は無かった。
「やはり鍛錬だな。それを積み重ねれば誰でも私のようになれるぞ!」
「二万年やっても無理だなそりゃ」
いくら狼人族が身体能力が高い種族だったとしても、シャイタの強さはそれとは関係無い所にある気がしてならない。
「む、やる前から決めつけるのは早計と言う物だぞ? まずは早朝に木を一撃で殴り倒す鍛錬をだな」
「いくら勇者でもそんなモン殴り倒すことなんざ出来ねえよ骨折れるわ!」
この場合の『骨折れる』は比喩表現じゃないぜ。
そのそのまんまの意味だある。
勇者時代のステータスなら可能性はあった。
それでも一撃で終わらせるのは無理ゲーも甚だしい。
「剣技は自分でなんとかするしかないか……」
「言っておくが、妾は強力せんぞ。そこら辺の木刀でも振っておれ」
「それじゃ訓練にならねーだろ。そこは大人しく協力しろよ」
むぐーっとむくれているエテルノだったが、重要性は理解しているようで渋々ながらも了承してくれた。
「ふふっ」
ふと、シャイタが二人を見ながら柔らかい笑みを漏らした。
「ん、どしたんだシャイタ?」
「いや、な。パーティーを組んでいる冒険者同士のやりとりと言うのはこういうものなのかも知れないと思ってな」
「しれないって……もしかして、パーティー組んだことないのか?」
「ああ。どうも、私は避けられているらしくてな。別に気にしている訳では無いが、すこし羨ましいと思っていたのだ。だが、今日その願いは叶った。だから私は満足だ」
「そうか。そりゃ良かった」
強すぎるから避けられてんのか?
後でそれとなく探りを入れてみるか。
とは言え、俺もエテルノ以外の冒険者とパーティーを組んだことは無い。
孤立していたって訳じゃない。
報酬の問題だ。
クエストの報酬は、パーティーの人数がどれだけいようとその額は一切変動しない。
ソロでハイリスクハイリターンを狙うか、パーティーでローリスクローリターンを狙うか。
生活に余裕のよの字も無い俺は無論、前者を選んでいる。(エテルノを一人とカウント出来るかと言えばかなりビミョーだが)
俺から見れば最強レベルの力を持ち、報酬も総取りできると言うのは中々に羨ましい話だなんだけどな。
うちの鯛より隣の鰯って奴か。
「さて、と。今日の鍛錬で千草の動きのクセは大体掴めたな。本腰を入れて始めるのは明日からになるが、それでも構わないか?」
「ハッハッハ、まるで今日は本腰を入れていなかったみたいな言い方だな?」
「うむ、まるで入ってなかったぞ!」
――おお神よ。
人の首吹っ飛ばしておいて本気じゃ無いとかのたまうオオカミ娘に、俺は割と本気で神の加護を願った。
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