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逆行時計

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 木陰に蹲り、緊張と共に熱っぽい息を吐き出す



 これくらいでへばるほど俺もヤワでは無いが、エテルノはかなり体力を消費したようだ。



 もしかしてこいつ、そこらの人間より弱いんじゃねえか?



 まあ、こんな所でヘソを曲げられては面倒なので黙っておくことにしよう――



 と、思った瞬間、親指が凍った。



「まだ俺何も言ってないよな!?」



「ふん、顔を見れば分かるわい。ん、そろそろじゃな」



 ぱきん、とスライムの体が砕けた。



 ようやく右手を自由に使えるようになった。



 それくらいで事態が好転するなんて都合の良い展開はないだろうけど。



 アーマタトゥは執念深く、一度狙いを付けた獲物は決して逃がさない魔獣だ。



 完全に逃れるには、今此処で倒す以外方法が無い。



 問題は、



「その、剣が、まるで、ねえ……」



「無い物ねだりしてどーするんじゃよ。そんなことしたって、そなたの愛剣とやらが出てくるわけでも無かろうに」



「そりゃそうだけどさあ! つーか、お前は何かあんのかよ。こんな状況をひっくり返せる切り札みてーな奴!」



「あるわい! 妾を誰と心得る!?」



「見かけ倒しの大精霊サマ」



「見かけ倒しは余計じゃ! と、とにかく妾は大精霊なのじゃ。剣になることくらい赤子の手をくいっとやるくらい容易いのじゃ」



「剣? おまえがぁ?」



 エテルノはふふんと胸を張る。



「元々妾は、そなたの剣を依代に存在しておる。剣になるくらいどうって事無いわい。それに、精霊剣は星の数ほどあれど、妾のような大精霊の精霊剣は殆ど存在せぬのじゃぞ?」



 精霊剣は精霊具の一種だ。



 精霊と契約、または拘束してその精霊術を自由に行使することができる。



 魔力は精霊が負担するため、術者はその分の魔力を別の用途に使うことができる。



 しかしそれらは小精霊で運用するのが前提となっている物が多い。



 大精霊が宿る精霊具はとてつもなく稀少な物であるのは事実だが、



「そりゃ、精霊剣になるようなマヌケがおまえしかいないだけなんじゃねーの?」



「ああでもしないと自由になれなかったんじゃ!」



 それはさておき、と咳払いしながらエテルノは続ける。



「この姿ではどうも本気が出せぬ。じゃが剣になれば、精霊術も思いのままになるはずじゃ。多分」



「多分かよ」



「妾も始めてなのじゃ、確証は持てぬ。じゃが成功すれば可能性は――」



「ゼロから一なるってか」



「たわけ、百に決まっておろう。妾はかつて、世界の半分を凍てつかせた大精霊ぞ?」



「それが今じゃコレか。時の流れってのは残酷なもんだな」



「やっかましいわい! もうちっとマトモな剣で解放せぬからこうなったんじゃ! じゃから千草が悪いんじゃ!」



「オイ馬鹿、デカい声を――」



 ――出すな。



 その声は、無残にも粉砕される木々の絶叫にかき消された。



 恐る恐る顔を出すと、青銅色の球体が森を蹂躙しながらこちらに向かっているではないか。



「だから言ったじゃん! デカい声出すんじゃねえって」



「そなたの方がデカいわい! 妾悪くないもん!」



「言ってる場合か! そもそもお前本当に剣になれんのか!?」



「もちろんじゃ。三分くらい時間はかかるがの」



「その半分の時間でやってくれ、つーかやれ!」



 俺はスライムの袋を持って飛び出した。



「ま、まさか妾を見捨てるつもりなのじゃ!?」



「なわけねーだろ、時間を稼ぐんだよ! おら、こっち来いやデカブツ!」



 その声に反応したアーマタトゥは、迷わず俺を標的に絞った。



 球形態を解除し、かぎ爪を振り落ろしてきた。



 躱した瞬間、先程まで立っていた地面がごっそりと抉れた。



 今回は躱せたから良かったものの、しくじればこの地面が自分の運命だと思うとゾッとするね。



 弱体化しているせいか、体が妙に重い。



 やっぱ、三十秒って頼んどくんだったぜ



「とは言え、おめおめと無様晒す訳にはいかねえんだよな!」



 弱体化しているとは言え、俺は勇者だ。



 有象無象の魔獣に負ける事は、そのプライドが許さない。



 衛兵やチンピラの件はあれだから、たまたま調子が悪かっただけだからなマジで。



 この手の中型魔獣の行動パターンは頭に入っている。



 一撃一撃は重いが、予備動作が長く、軌道が読みやすい。



 つまり、当たらなければどうと言うことはない。



 魔弾の雨をかいくぐった時の感覚を思い出せ――!



 丸太のような腕の一撃を避け、その巨体に肉薄する。



「ガラ空きだぜぇ、デカブツ!」



 アーマタトゥの腹部は、外殻より比較的柔らかい。



 そこを狙えば、丸腰とて勝機はある――!



「オラァ!」



 渾身の一撃が、腹部に決まる。



 ……ちなみにこれは後で知った事だが、アーマタトゥの腹部は外殻と比べて柔らかい。



 その言葉自体に嘘はない。



 が、これはあくまで比較の問題であり、腹部自体もそれなりに固い。



 まあつまり、何が言いたいのかというと。



 ばきょっ



 フツーの人間が殴ろうものなら、フツーに骨折する。



「いっ、てえええええええええええええええええええ!?」



『ギャゥアァ!』



 衝撃。



 紙屑のように体が舞い上がる。



 やられた。



 それなりの思考は出来る――脳はやられていない。



 けどこれは、普通に致命傷だ。



「千草!」



 なんだよ、こんな時ばっかり深刻な声しやがって。



「今は剣になることに専念しろぐべばっ」



 舞い上がれば、その後は墜落するのが道理。



 紙屑と表現したがあくまでそれは比喩であり、墜落時の衝撃はまるで緩和されていない。



 さらに追撃。



 眼前に迫るのは、魔獣の顎門。



 怪我に構わず後方へ跳ぶ。



 だが、間に合わない。



 顎門が閉じられる。



 左腕が軽くなった。



 次の瞬間、鮮血が迸る。



「くっ、そ――!」



 意識が刈り取られそうだ。



 ぐちゃぐちゃと肉とスライムを咀嚼する魔獣は、随分と良い性格をしていやがる。



 負傷した俺を見て嗜虐の笑みを浮かべていたが、



『!?』



 今まで自分が咀嚼していた肉が、忽然と消えていることに呆然とした。



「……おいおいどうした。随分と面白い顔してるぜ?」



 ま、知らねえヤツに取っちゃ狐に化かされたみたいなもんだろうな



 左手は再生し、ちゃんとスライムが入った袋も握られている。



 まるで、時間が巻き戻ったかのように――




 ――時は巻き戻ってクエスト開始前




「……逆行時計?」



「ああ。それが俺が持ってる……異能? スキル? まあそんなもんだ。体が損傷した瞬間に、俺の全てを異常が無かった時まで巻き戻す。例え頭をピストルで撃ち抜かれても瞬く間に再生するって寸法だ」



「反則じゃ!?」



「否定はしねえよ。殆ど不死身みてーなもんだしな」



「ぐにゅう、これが世に言う異世界チートと言う奴なのじゃ……?」



「違う違う。これは昔から持ってた力だよ。でもこの世界に来てからまるで使えなくなってたんだが、どう言うわけか今は使えるみてーだ。試しにその爪楊枝で俺の指を刺して見てくれ」



「死ねえっ!」



「誰が全力で刺せって言ったよ!」



「ぬっ、本当に修復しよった」



「コイツ……! まあいいや。これで分かっただろ? 今の俺は不死身同然、少しの無理はなんとかなるってこった。あーでも、おまえの凍結には何も出来なかったんだよな……ありゃ一体どう言うコトなんだ?」



「妾が本気を出せば、対象の時間を凍らせることくらい造作も無い事じゃ。そなたの発狂時計もそれには勝てぬと言うことじゃな!」



「発狂じゃねえ逆行だ」




 ――回想終了




「久しぶりだけど、やっぱ慣れねえやこの感覚は」



 存在しない痛みに内心顔を顰める。



 デカいダメージを受けた時によくある現象だ。



「ともあれ、リセット完了だ。さーて仕切り直しとこうぜデカブ――」



 言い終わる前に、かぎ爪が体を抉った。



「がっあ――!」



 言い終わる前に攻撃するなんてマナー違反だろ!



 まあそんな論理が魔獣に通用するなんて一ミリも思ってねえけど。



 再び、狩りが始まる。



 例え逆行時計の力が戻ったとしても、武器を持たない俺はただの被食者だ。



 逃げ回るか、蹂躙されるかの二者択一。



 死なないと分かっていても、こりゃキツい。



 何度体を引き裂かれたか、何度その顎門にかみ砕かれたか、カウントするのも億劫だ。



 傷が直らないまま立ち上がる俺に、黄ばんだかぎ爪が振り降ろされる。



「何度も、同じ手を食らうかよ!」



 その一撃を回避し、袋に入っていたスライムをブン投げた。



 こんな緊急事態にも関わらずフヨフヨしていたこの物体は、アーマタトゥの右目に着弾した。



 慌てて引き剥がそうとするが、相手はスライム。



 そう簡単にゃ剥がれないぜ。



「スライムボール、なんてな。案外便利だなコレ」



 間髪入れずに、次々とスライムを投げつける。



 俺は残っていた油で手を油まみれにしているので、張り付く事は皆無だ。



 良く考えてみれば、メシの種をほいほい投げているようなものなのだが……ウン、あまり考えないようにしとこ。



 視界が半分塞がれたことで、アーマタトゥの攻撃は精彩を欠いた。



 避けられる度にスライムが飛んでくるんだから当たり前か。



 アーマタトゥは俺から視線を外した。



 全身を悪寒が駆け巡る。



 奴の視線の先にあるのは――

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