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1章

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「ノア殿下! お久しぶりですわね!」
「うん、久しぶり」
「今日もすっごく可愛い、いえ、素敵ですわ!」
「う、うん……ありがとう」
 助けてー! と言い出しそうな顔で、王子殿下がこちらを見つめてくる。それに対して「ガンバッテクダサイ」という気持ちを込めて視線を送る。
 幼い頃から付き合いのある二人は、許嫁というよりも姉と弟のように見える。仲が悪いよりは随分とマシだ、と思いつつ、ティーポットの温まり具合を確認する。
 ビアンカ王女殿下は、昔から好きなものに対してまっすぐな性格だ。その対象は主にノア王子殿下、それから小説や演劇の登場人物。とにかく可愛らしいものが好きなのだ。
 ちなみに王子殿下のことは「小さくてふわふわで、とーっても可愛らしいですわ!」と言っている。まるで猫を可愛がるかのようだ。
「王子殿下は最近、どうお過ごしでしたの?」
「えーっと、僕は勉強とか、魔法の訓練とか、かな」
「まあ素敵! えらいですわね、いい子ですわね!」
「ううーん」
 同じ歳の王女殿下に子供のように褒められている。それには流石の王子殿下も困った顔をしていた。昔からビアンカ王女殿下の前ではこんな顔ばかりしている。
 さりげないタイミングで淹れたてアールグレイを差し出す。今日は朝から晴れ渡っていて、気温も高いから風が気持ちいい。その風に乗って爽やかな紅茶の香りがふわりと舞った。
「王子殿下、今日はお砂糖ではなく蜂蜜を用意しております」
「うわあ、本当? 嬉しい、ありがとう!」
「いいえ。あとでパイも持ってきますね」
「うん!」
 しょうがないのでさりげなく間に入る。本来であれば従者が話に割り込むのは非常に失礼だけど、ここで王子殿下に泣かれても困る。
 他愛ない話題を振って、当たり障りないところでスッと下がる。これで話題はこの後に出されるお菓子になるだろう。我ながらいい仕事をした。
 と、思っていたのに。
「あら、あらら。まあまあ」
「え?」
「へ?」
「あらあらあらあらあらあら!」
「えええええ?」
 なぜかビアンカ王女殿下は目をキラキラと輝かせ、俺と王子殿下を交互に見てくる。それはまるで新しい獲物を見つけた猛獣のようでもあった。
(し、しまった……!)
 この顔はやばい。
 まじでやばい。
 俺もビアンカ王女殿下と長い付き合いなので、彼女の性格や趣味嗜好は把握している。彼女が好むものは可愛いものだけではない。彼女が最も好きなものは。
「あなたたち、最近何かありましたの?」
「い、いいや。別に、何もないけど」
「嘘おっしゃい! ジョシュア、あなたもなんですかその優しげな目は! ああもう、たまりませんわ! 萌えですわ!」
「も、もえ? ってなに?」
「王子殿下、これ以上は藪蛇です。引き下がりましょう」
「うふふふふふ、これは始まりましたわね、新しい季節が!」
 そう。このビアンカ王女殿下。
 いつの頃からかわからないが、周りの人間関係を考えて楽しむ趣味があるのだ。その多くは小説や演劇の登場人物同士で「この方はこの御仁が好きなんですわ!」と一人で考え、楽しんでいるらしい。
 最後にお会いした時は「最近流行のこの小説に出てくる主人公とその親友がもうすごくて激アツなんですのよ是非とも早く読んでくださらないかしらそして私と熱く熱く語り合いませんこと!?」とノンブレスで言われた。あまりの熱量に俺も王子殿下も一歩、いや三歩くらい引いてしまった。
 そんなビアンカ王女殿下が、なぜか俺と王子殿下を見比べてはニコニコ(ニヤニヤ?)している。これは怖い。なんだか理由はわからないが、俺の本能がそう言っている。
「あ、そろそろパイが焼き上がりそうです。持ってきますので、王子殿下はどうぞごゆっくりおくつろぎください」
「えええ、まって、置いていかないで!」
「うふふ、色々と聞かせてくださいませ、王子殿下!」
「ぴゃああああ!」
 かわいそうな悲鳴を聞き流しながら、俺は普段よりも早足でキッチンに向かった。申し訳ありません、王子殿下。俺は自分の身が一番大切なんです。
 従者として、俺は王子殿下を守る立場だ。しかし命をかけるほどの思いがあるかと言われると。
「まだわからないな……」
 十四歳の俺には、まだ早いのかもしれない。
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