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「ゆじゅきー」
「ゆずき」
「ゆじゅ?」
「ゆーずーきー」
「ゆーじゅーきー」
「駄目だ……」
歩いている間、僕の名前を聞かれた。柚希だよ、と答えると、舌足らずなせいでおみは上手に発音できない。何度も練習しても、ゆじゅき、と言ってしまう。
こうなったらもう僕の名前は「むろうゆじゅき」でいいか、と思っていると。
「あ! ここ、おみのおうち!」
「えっ、おうち?」
「そー」
目の前に小さな社が見えてきた。社と言っても僕の実家みたいに立派なものではない。人が辛うじて住めるくらいの大きさだ。
ここが、おみの家?
「おみ、ここに住んでるの?」
「そだよー」
「一人で?」
「うん」
一体どういうことなんだろう。こんな小さな子が、一人で山奥に住んでいるなんて。やっぱり、おみは捨てられたのか。
誰も来ない山奥に。そしてずっと一人で暮らしている。
それは、なんて。
なんて。
「寂しくないのか?」
「みぇ……?」
僕だったら、きっと寂しくて泣いてしまう。父さんと母さんの顔は知らないけど、じいちゃんとばあちゃんがいた。だから、寂しくはなかった。
でも、おみには誰もいない。一人ぼっちだ。
こんな誰も来ない場所に、こんな幼い子供が一人ぼっちだなんて。
「さみしいって、どんなの?」
「こう、胸がぎゅーってなること」
「ゆじゅは、ぎゅーってなるの?」
「……なるよ。今も、ずっとぎゅーってなってる」
寂しかった。そう、僕は寂しかったんだ。じいちゃんとばあちゃんがいても、やっぱり父さんと母さんに会いたかった。周りのみんなと同じように、母さんに頭を撫でてもらいたかった。父さんに抱き上げてもらいたかった。
しかも今は、もうじいちゃんとばあちゃんにも会えない。一人で死んでいくだけだ。
寂しい。寂しいよ。胸がぎゅーっとなって、息が苦しいよ。
「ゆじゅ?」
「うっ……ふぅ、っ、うう……っ」
「あわわわわ!」
それまでずっと我慢していた感情が、一気に溢れてきた。ぽろぽろ涙がこぼれてくる。こんな小さな子供の前で泣くなんて。そんなことを考えるけれど、涙は止まる気配がない。
声を上げて泣いていると、隣に居たおみも「みえぇ……」と声を出して泣き始めた。二人分の泣き声が山に木霊する。いつの間にか僕はおみを抱きしめて泣いていた。
「うええぇぇぇえん……っ、ぐすっ、ひっ、く」
「みえぇぇぇ!」
泣き声がますます大きくなった時、ふと、空が暗くなっていることに気がついた。そのまま一気に雨雲が空を覆い。
そして。
「うえっ、えっ……あ、あめ?」
「みえっ、みえっ……」
ぽつり、と空から雨粒が落ちてきた。そのまま勢いが増して土砂降りになっていく。乾いた土が濡れる独特の匂いが広がっていた。
今まで何をしても降らなかったのに。これってまさか。
「龍神様……?」
「みっ?」
「龍神様だ! 龍神様が雨を降らしてくれたんた!」
「んにゅ……」
まだ半べそをかいているおみを抱き上げ、その場でくるりと回る。何が起きたか分かっていないおみは、まだ涙を流しながらぽかんとしていた。
よかった、これで村のみんなは助かる。僕は村に戻れないけど、きっと幸せに暮らしてくれるだろう。
「ねー、ゆじゅ」
「ん?」
涙と鼻水でべしょべしょになったおみが、ぱちくりと瞬きをした。その目は、美しい水の色をしていた。
「ゆじゅは、おみのところにきてくれたの?」
「え、いや、龍神様のところだけど」
「じゃあおみだ!」
「いやいや……えっ? 龍神様って、もしかして」
「おみだよー!」
「えええ……!?」
腕の中にいたおみが、ぴょんと僕に抱きついてきた。慌てて抱きとめると、ふわりと雨の香りがした。
「ゆじゅ、ひとりじゃないよ。おみがいるよ」
嬉しそうなおみの笑顔は、まさしく恵みの雨ともいえる眩しさだった。
「ゆずき」
「ゆじゅ?」
「ゆーずーきー」
「ゆーじゅーきー」
「駄目だ……」
歩いている間、僕の名前を聞かれた。柚希だよ、と答えると、舌足らずなせいでおみは上手に発音できない。何度も練習しても、ゆじゅき、と言ってしまう。
こうなったらもう僕の名前は「むろうゆじゅき」でいいか、と思っていると。
「あ! ここ、おみのおうち!」
「えっ、おうち?」
「そー」
目の前に小さな社が見えてきた。社と言っても僕の実家みたいに立派なものではない。人が辛うじて住めるくらいの大きさだ。
ここが、おみの家?
「おみ、ここに住んでるの?」
「そだよー」
「一人で?」
「うん」
一体どういうことなんだろう。こんな小さな子が、一人で山奥に住んでいるなんて。やっぱり、おみは捨てられたのか。
誰も来ない山奥に。そしてずっと一人で暮らしている。
それは、なんて。
なんて。
「寂しくないのか?」
「みぇ……?」
僕だったら、きっと寂しくて泣いてしまう。父さんと母さんの顔は知らないけど、じいちゃんとばあちゃんがいた。だから、寂しくはなかった。
でも、おみには誰もいない。一人ぼっちだ。
こんな誰も来ない場所に、こんな幼い子供が一人ぼっちだなんて。
「さみしいって、どんなの?」
「こう、胸がぎゅーってなること」
「ゆじゅは、ぎゅーってなるの?」
「……なるよ。今も、ずっとぎゅーってなってる」
寂しかった。そう、僕は寂しかったんだ。じいちゃんとばあちゃんがいても、やっぱり父さんと母さんに会いたかった。周りのみんなと同じように、母さんに頭を撫でてもらいたかった。父さんに抱き上げてもらいたかった。
しかも今は、もうじいちゃんとばあちゃんにも会えない。一人で死んでいくだけだ。
寂しい。寂しいよ。胸がぎゅーっとなって、息が苦しいよ。
「ゆじゅ?」
「うっ……ふぅ、っ、うう……っ」
「あわわわわ!」
それまでずっと我慢していた感情が、一気に溢れてきた。ぽろぽろ涙がこぼれてくる。こんな小さな子供の前で泣くなんて。そんなことを考えるけれど、涙は止まる気配がない。
声を上げて泣いていると、隣に居たおみも「みえぇ……」と声を出して泣き始めた。二人分の泣き声が山に木霊する。いつの間にか僕はおみを抱きしめて泣いていた。
「うええぇぇぇえん……っ、ぐすっ、ひっ、く」
「みえぇぇぇ!」
泣き声がますます大きくなった時、ふと、空が暗くなっていることに気がついた。そのまま一気に雨雲が空を覆い。
そして。
「うえっ、えっ……あ、あめ?」
「みえっ、みえっ……」
ぽつり、と空から雨粒が落ちてきた。そのまま勢いが増して土砂降りになっていく。乾いた土が濡れる独特の匂いが広がっていた。
今まで何をしても降らなかったのに。これってまさか。
「龍神様……?」
「みっ?」
「龍神様だ! 龍神様が雨を降らしてくれたんた!」
「んにゅ……」
まだ半べそをかいているおみを抱き上げ、その場でくるりと回る。何が起きたか分かっていないおみは、まだ涙を流しながらぽかんとしていた。
よかった、これで村のみんなは助かる。僕は村に戻れないけど、きっと幸せに暮らしてくれるだろう。
「ねー、ゆじゅ」
「ん?」
涙と鼻水でべしょべしょになったおみが、ぱちくりと瞬きをした。その目は、美しい水の色をしていた。
「ゆじゅは、おみのところにきてくれたの?」
「え、いや、龍神様のところだけど」
「じゃあおみだ!」
「いやいや……えっ? 龍神様って、もしかして」
「おみだよー!」
「えええ……!?」
腕の中にいたおみが、ぴょんと僕に抱きついてきた。慌てて抱きとめると、ふわりと雨の香りがした。
「ゆじゅ、ひとりじゃないよ。おみがいるよ」
嬉しそうなおみの笑顔は、まさしく恵みの雨ともいえる眩しさだった。
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