4 / 18
1章
13:43
しおりを挟む
結局、午前中の自由な時間はルーカスによってかき乱されてしまった。本来であれば一人で修練に励みたかったのに。気づいたら関係ないことを話してしまい、あっという間に午後になっていた。
午後からは執務室で書類の整理が待っている。朝のうちに送られてきた手紙への返事や、ルーカスが今取り組んでいる慈善事業の手続きが溜まっていた。全てルーカスがやるわけにもいかないので、予め俺が目を通して必要があればルーカスに回している。
そして、その事務仕事が何よりもルーカスの敵なのだ。
「ザックー……もう飽きた……」
「まだ三十分しか経っていませんよ」
「うええ……」
国のため、民のために何かをしようと様々な慈善事業に取り組むことはルーカスの美点だ。俺にはそこまで出来ない。自分のことと、ルーカスのことで精一杯だ。持てる者の宿命なのかは知らないが、とにかくルーカスは他人のために心を砕く。
その慈悲が向けられないのが、従者である俺だけであるが。
「セント・ロザリア孤児院からお礼の手紙が届いています。後ほどお返事をお願いします」
「この書類が終わったらな」
「いつまで読んでいるんですか。早く終わらせてください」
「うううー……」
反ベソをかきながら、ルーカスが書類をめくっている。その隣で俺は手紙を開いて、中身を確認し、いらないものは暖炉へと放り込む。ただそれだけの作業だが、ルーカスと同じ場所で同じことができる時間が俺は好きだった。
そう、好きなのだ。
俺は、ルーカスと一緒にいることが好きだ。
何をしていても、どこにいても、ルーカスがいてくれたらそれでよかった。だからこそ親衛隊に選ばれた時も、ルーカスを守ることができるんだと一番に思えた。傍付きになった時は、まさしく天にも昇る心地だった。
誰よりもルーカスの近くにいられるのだ。それ以上の幸福がこの世にあるだろうか!
「……拗らせてるな、俺も」
「何が?」
「なんでもありません。それで、書類は読み終わりましたか?」
「うえええ」
我ながらなんて地獄に身をおいているのかと思ってしまう。もし、俺が女だったら少しはこの境遇を好機と捉えるだろう。もしくは男のままであっても、オメガであれば。もしかしたら何かが変わったのかもしれない。
しかし俺は男で、ベータだ。ルーカスとの間に何も生まれないし、始まらない。何があってもルーカスの一番にはなれないとわかっているにも関わらず、最も近くにいることを望んでしまうなんて。我ながら、なんてマゾヒスティックなんだろうか。
「あーあ、昔はザックも優しかったのになぁ」
「そうですか?」
「そうだよ! 話し方とか、距離感とか……なんか、今はよそよそしいっていうか」
ルーカスの言う「昔」というのは、おそらく俺たちがまだ子供だった頃の話だろう。まだアルファとかベータとか分からなかった時。俺たちが、ただ純粋に一人の人間として向き合えていた頃。
その話をしているんだろう。
「殿下はそちらをお望みなんですか?」
「そうだよ! だって、殿下、だなんてさ。くすぐったい気分なんだ。昔は普通に「ルーカス」って呼んでたのに」
「俺も幼かったのです。お互いの立場が理解できていなかった」
「むー……」
この国では、十五歳の誕生日を迎えたら全員第二次性の検査を受ける。基本的には生まれた持った髪や目の色で判別できるが、中には後天的に変わる人もいるため、念のために検査をするのだ。ルーカスは生まれた時からハニーブロンドの髪に赤い瞳という、典型的なアルファの特徴を持っていた。検査の結果はもちろんアルファ。満場一致で王位継承第一位に選ばれた。
そして俺は、灰色がかった暗めの髪というベータの特徴を持って生まれた。しかし、瞳の色だけは親の誰にも似ていなかった。生まれた時から俺の目は、ルーカスと同じ赤色だったのだ。髪の色も、目の形も、両親によく似ていた。なのに目の色だけは誰にも似ていない。しかもアルファの特徴を持っている。
一体自分は何者なんだろうかと不安にさえなった。そして、どうやってもオメガになれないことに絶望した。その時からだ。俺がルーカスと距離を置こうと決めたのは。
この暖かくて幸福な地獄は、その時からずっと続いている。
午後からは執務室で書類の整理が待っている。朝のうちに送られてきた手紙への返事や、ルーカスが今取り組んでいる慈善事業の手続きが溜まっていた。全てルーカスがやるわけにもいかないので、予め俺が目を通して必要があればルーカスに回している。
そして、その事務仕事が何よりもルーカスの敵なのだ。
「ザックー……もう飽きた……」
「まだ三十分しか経っていませんよ」
「うええ……」
国のため、民のために何かをしようと様々な慈善事業に取り組むことはルーカスの美点だ。俺にはそこまで出来ない。自分のことと、ルーカスのことで精一杯だ。持てる者の宿命なのかは知らないが、とにかくルーカスは他人のために心を砕く。
その慈悲が向けられないのが、従者である俺だけであるが。
「セント・ロザリア孤児院からお礼の手紙が届いています。後ほどお返事をお願いします」
「この書類が終わったらな」
「いつまで読んでいるんですか。早く終わらせてください」
「うううー……」
反ベソをかきながら、ルーカスが書類をめくっている。その隣で俺は手紙を開いて、中身を確認し、いらないものは暖炉へと放り込む。ただそれだけの作業だが、ルーカスと同じ場所で同じことができる時間が俺は好きだった。
そう、好きなのだ。
俺は、ルーカスと一緒にいることが好きだ。
何をしていても、どこにいても、ルーカスがいてくれたらそれでよかった。だからこそ親衛隊に選ばれた時も、ルーカスを守ることができるんだと一番に思えた。傍付きになった時は、まさしく天にも昇る心地だった。
誰よりもルーカスの近くにいられるのだ。それ以上の幸福がこの世にあるだろうか!
「……拗らせてるな、俺も」
「何が?」
「なんでもありません。それで、書類は読み終わりましたか?」
「うえええ」
我ながらなんて地獄に身をおいているのかと思ってしまう。もし、俺が女だったら少しはこの境遇を好機と捉えるだろう。もしくは男のままであっても、オメガであれば。もしかしたら何かが変わったのかもしれない。
しかし俺は男で、ベータだ。ルーカスとの間に何も生まれないし、始まらない。何があってもルーカスの一番にはなれないとわかっているにも関わらず、最も近くにいることを望んでしまうなんて。我ながら、なんてマゾヒスティックなんだろうか。
「あーあ、昔はザックも優しかったのになぁ」
「そうですか?」
「そうだよ! 話し方とか、距離感とか……なんか、今はよそよそしいっていうか」
ルーカスの言う「昔」というのは、おそらく俺たちがまだ子供だった頃の話だろう。まだアルファとかベータとか分からなかった時。俺たちが、ただ純粋に一人の人間として向き合えていた頃。
その話をしているんだろう。
「殿下はそちらをお望みなんですか?」
「そうだよ! だって、殿下、だなんてさ。くすぐったい気分なんだ。昔は普通に「ルーカス」って呼んでたのに」
「俺も幼かったのです。お互いの立場が理解できていなかった」
「むー……」
この国では、十五歳の誕生日を迎えたら全員第二次性の検査を受ける。基本的には生まれた持った髪や目の色で判別できるが、中には後天的に変わる人もいるため、念のために検査をするのだ。ルーカスは生まれた時からハニーブロンドの髪に赤い瞳という、典型的なアルファの特徴を持っていた。検査の結果はもちろんアルファ。満場一致で王位継承第一位に選ばれた。
そして俺は、灰色がかった暗めの髪というベータの特徴を持って生まれた。しかし、瞳の色だけは親の誰にも似ていなかった。生まれた時から俺の目は、ルーカスと同じ赤色だったのだ。髪の色も、目の形も、両親によく似ていた。なのに目の色だけは誰にも似ていない。しかもアルファの特徴を持っている。
一体自分は何者なんだろうかと不安にさえなった。そして、どうやってもオメガになれないことに絶望した。その時からだ。俺がルーカスと距離を置こうと決めたのは。
この暖かくて幸福な地獄は、その時からずっと続いている。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。

僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載

孤独を癒して
星屑
BL
運命の番として出会った2人。
「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、
デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。
*不定期更新。
*感想などいただけると励みになります。
*完結は絶対させます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる