夜鷹の光

一花みえる

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番外編

あしたに咲く花

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 ここでの生活は、とても平穏に過ぎていた。朝起きて、周が作った朝食を食べる。熱々の紅茶を飲み、その日にするべきことを確認したら仕事を始める。海外から送られてきた書類を仕分けし、郵便受けから手紙を取り出し、返事が必要なものは周に手渡す。それが終わったら来客の予定を確認して、また書類の仕分けだ。
 時間ができたら仏蘭西語と英吉利語の勉強をする。仕事に必要だからという理由だけではあるが、始めてみるとこれがなかなか面白い。最初は見慣れない文字だったものが、少しずつ意味を持ち始める。まだ辞書は手放すことはできないし、簡単なものしか読めないが、理解できると楽しいものだ。
 それから軽い昼食をとって、午後からは外回りをする周についていく。基本的には山手の洋館ばかりだが、たまに元町にまで行ったりもする。最近は毎日歩くようになったから足の調子も良くなってきた。杖はお守り代わりになり、家の中は自力で歩くことができるようになった。
 そうして日が沈む頃になると家に帰り、夕食を食べたら自由時間だ。風呂に入ったり、本を読んだり、俺はたまに酒を飲んだり。そんなことをしていたら夜も更けて、眠りに落ちる。
 その繰り返し。なんとも平穏で、平坦な日々だ。
 ただ一つ。
「……あいつ、もう飽きたのか?」
 周が俺に触れないこと以外。何もかもが平和だった。

***

    百夜通えという無理難題を乗り越え、しかも俺の願いであった両親の行方までも探し出し、晴れて俺と周は結ばれた。店を出て、横濱の山手にある屋敷で共に暮らし始めて一ヶ月。
    この屋敷で一度の逢瀬以来、周は俺を抱かなくなった。同じベッドで眠るし、目が合うと嬉しそうに微笑んでくる。それなのに、夜になると「おやすみ」と言ってこちらに背を向ける。
    別に閨事が全てでは無い。それ以外のところでは問題ないのだ。喧嘩もしないし、揉めることもない。
    だからこそ分からない。どうして、周は急に俺から距離を置いたのだろう。
「周に限って浮気はない……出来るわけもないし」
    ぱちぱちと静かに鳴る暖炉の前で、温めたワインを飲みながら思案に耽る。周はちょうど風呂に入っているから、考え事をするのにちょうどいい。
    近くに居たら、みっともないことを口走ってしまいそうだ。
「浮気じゃないなら本当に飽きたのか?    たった一ヶ月で?」
    とはいえ、飽きるもなにもまだ二回しか致したことがない。一回目は、百夜目の時。そして二回目は、ここに初めて来た日。その時は向こうから俺に手を伸ばしてきたのに。
    まさか、その二回で飽きたのか?    それとも想像と違ってがっかりしたとか?    周は元々性欲が薄いと言っていたし、普通の生活を過ごしてこなかった。
    もしかしたら実家でのことを思い出して嫌になってしまったのかもしれない。
「だとしても、俺に言えばいいだろ……くそっ」
「なにを?」
「うわっ!?」
    急に背後から声をかけられ、革張りのソファの上で飛び上がってしまう。心臓が口から出てしまいそうだった。
    風呂上がりの周は、癖の強い髪がぺしゃんとなっていてどこか可愛らしい。上気した頬も、浴衣の間から覗いている逞しい体も、ただの風呂上がりだというのにやけに扇情的に見えた。
    それも、惚れた弱みなんだろうか。
「あ、周、いつから……!?」
「ついさっきだよ」
「そうか……なあ、明日の朝はゆっくり出来たよな」
「少しね。疲れが溜まっているのなら早めに寝るといい。朝も私に合わせなくていいんだから」
    そういう意味で聞いたわけではない。明日の朝、時間があるのであれば今日は誘うことが出来ると思ったのだ。
    茶屋に通っていた時はほとんど夜通し起きていることが多かった。そのあと仮眠を取っていたのかもしれないが、店に来る時はいつも疲れなど見せなかった。だからてっきり周は夜型の人間かと思っていたが、実際はその逆だ。
    朝早く起き、夜もその分早めに眠る。実家に居た時からの習慣らしく、日が沈むと勝手に眠たくなるそうだ。だとしたらあの白夜はかなり無理をしていたのだろう。
    そこまでして俺の元へ通ったというのに。手に入ったらもう満足だというのか?
「周、もう寝室に行くのか?」
「うん。ああ、でも君はもう少しゆっくりしていていいよ」
「俺も行く。一緒に行こう」
    飲みかけの葡萄酒を一気に飲み干す。喉が熱くなり、そのまま熱の塊が胃に落ちてきた。なんだか妙に緊張しながら周の後ろに付いて、居間を後にした。

***

    俺たちの寝室は二階にある。最初は俺だけ一階だったが、同じ部屋がいいと言ったのだ。足が痛むかもしれないと心配されたものの、杖があれば問題なく登れる。
    あの時は起きた時、一番に見るのが周だといいと願ってそう伝えたのに。今では悩みの種になってしまった。
「あ、周……少し足が痛いから、手伝ってくれないか?」
「いいけど、大丈夫?」
「少しだから、平気だ」
    いつもなら一人で杖をついて登る階段ではあるが、今日は少しだけ甘えたい気分だった。というより、試したかったのかもしれない。俺が触れることを周がどう思っているのか。
    それを知って、安心したかった。なのに。
「じゃあ……はい」
    差し出されたのは右手だけ。重ねるとすぐに階段を上がろうとした。俺が指を絡めようとする前に。
    あからさまに接触を避けているかのような動きに、胸の奥がずんと重たくなる。見ないようにしていた現実を突きつけられたようで自分が惨めになった。本当に俺のことはどうでも良くなったのだろうか。いや、この家から追い出さないところを見ると僅かな情はあるのだろう。大金と時間を払って手に入れたから簡単に捨てるのは惜しいのかもしれない。
 でも、そうだとしても。これは逆に生殺しだ。
「珠希、顔色が悪い。そんなに足が痛むのかい?」
「違う、そうじゃない……周、いいから早く寝室に行こう」
「うん……でも、本当に痛むのなら」
「いいから!」
 階段を登り切り、寝室へと足速に向かう。足よりも胸のほうがずっと痛かった。
 寝室にたどり着き、杖をドアの近くに置いてベッドへと向かう。流石に俺の様子がおかしなことに気づいたのか、周は困ったようにこちらを見つめていた。そんな、心配そうな顔をするくらいなら、どうしてわかってくれないんだ。俺が何を望んでいるのか、俺が何をして欲しいのか、俺が何をしたいのか。どうしてわかってくれない。
 俺はこんなにも周のことを考えているのに。周は、もう俺のことなんて。
「珠希、珠希? どうしたんだい急に」
「う、うるさい! 別に、なんでもない!」
「なんでもなくて涙を流したりはしないだろう?」
「ううー……」
 ああ、みっともない。こんなことで涙なんか流したくないのに。考えてみれば、ずっと我慢させていたのは俺の方だ。百日も高い金を払って通わせたのは俺の方なのだ。それを今更、どうして抱いてくれないのかと詰め寄るのはあまりにも格好がつかない。
 それなら最初から抱かせればよかったのだ。変に勿体ぶるのではなく。そういう話、なんだろうか。
「落ち着くまで焦らなくていい。手拭いを持って来よう」
「……いい」
「でも」
「いいから! ああもう、なんなんだよっ!」
「うわっ!?」
 ぐいと腕を引き寄せて周をベッドに押し倒した。普段ならこんなこと決してできないだろう。身長も体重も俺より周のほうがずっと上だ。俺が戯れでもたれかかってもしっかりと受け止めてくれるし、何より階段から落ちた俺を抱き止めた経験がある。
 だからこうして俺の好きにされているのも、甘やかされているのかと思ってまた腹が立った。そうでもしないと対等になれない自分にも。
「た、珠希……?」
「お前なぁ、っ、もう飽きたのなら、そう言え!」
「飽きた、って、何に」
「俺にだよ! もう抱きたくないんだろ? 触れたくもないんだろ? だったらそうと言えよ! 変に期待してる自分がバカみたいだ!」
 一度口を開いたら言葉が一気に溢れてきた。それと一緒に涙も溢れてくる。喉の奥が変な音を立てて鳴った。ボロボロ涙が溢れてくる。キョトンとした周の顔に落ちていき、そのままシーツに濃い染みを作っていった。
 本当はまだ言いたいことがたくさんあったのに、しゃくりあげるほうが忙しくて言葉にならない。拭っても拭っても涙が止まらない。いきなり押し倒され、怒鳴られ、泣かれるなんて。周にとってみれば訳がわからないだろう。
 俺だってどうやったらこの涙が止まるかわからないのだから。
「珠希……ごめん、勘違いをさせていたみたいだ」
「勘違いって、っ、何」
「少し話そう。私たちにはそれが足りていなかったようだ」
 起き上がった周がゆっくりと俺の頬を撫でる。涙を拭ってくれる指先は、いつもと同じように暖かかった。



    俺は結局、周に甘いのだ。優しくされるとすぐに絆される。じっと見つめられると目を逸らせなくなる。本当は殴ってでも問いただそうと思っていたはずなのに、気がついたら二人でベッドに腰掛けていた。
     これじゃあ何の解決にもならないってのに。
「まさか君がそこまで思い悩んでいるとは思っていなかったんだ」
「……悩むだろう、普通。たった二回抱いて、そのあと手を出してこないだなんて」
「そうか……いや、そうだな。すまない、本当に悪気は無かったんだ」
    むしろ悪気があってくれた方がよっぽどよかった。周はどこまでも純粋で、真っ直ぐで、清らかだ。だからこそ、その行動や言動を信じることができた。
    だからこそ、浮気や隠し事ではなく、ただ俺に飽きたのだと思ってしまったのだけれど。果たしてどう違うというのだろう。
「まず最初に、君に飽きたというのは決してない。誓って、それは有り得ない」
「先祖に誓う気か?」
「天と地と人に誓ってもいい」
    半分冗談で言ったのに、ここまで言い切るのだ。本当にそうなんだろう。実際に三本指まで立てられたのだから疑う余地もない。軽々しくそんな誓いをする人ではないと知っているから。
    しかし。だとしたら、どうして。
    周の過去が特殊で、悲惨で、過酷だったことは知っている。それが関係するのだろうか。しかし、そうは言っても確かに俺たちは情事を共にした。それに対する嫌悪感は無い、とは思う、が。
「前にも話したけれど、私は君が初めてなんだ。深い仲になったのも、愛おしいと思ったのも」
「それは……それは、俺も同じだ」
「そうだね。でも君は色々な作法を知っている。人が人を愛することを知っている。だが私は……歪な形でしか、知らなかった」
    周の両親は確かに周を愛していた。それは彼も分かっているだろう。だが、本来であれば受け取れるはずだった愛情や家族の触れ合いは奪われてしまっていた。
    そして最後は愛情故に両親と、自分の家をうしなったのだ。愛を注ぐことが何かを壊してしまうことを恐れているのだ。
「君に触れたい。だけど、私が愛することで君を傷つけるかもしれない。壊してしまうかもしれない。大切にしたいのに、守りたいのに、私のこの手で君を……!」
「周、周、大丈夫だから」
    周の悲痛な叫びはグサリと俺の胸に刺さってきた。どうして気づけなかったんだろう。こんなにも悩んでいたことを。少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしい。
    店に来ていた客とは違うのだ。周は人を信じることしか出来ない。情をかけることしかできない。愛することを、愛されることを、切望しているだけの男だというのに。
(怖がっていたのは、俺の方か)
    溢れるほどの愛を持ちながら、それを伝える方法が分からない周に俺が出来るのことなんか。たった一つしかないはずだ。
「周、俺を見くびるな」
「え……?」
    俺を誰だと思ってる。「御百度姫」の名前で多くの男たちを翻弄し、それでも純血を守った男だぞ。その俺が唯一許したのが周なんだ。
    何もかもを明け渡したのは周だけなんだ。
    だから。
「抱きたいのなら抱けばいい。触れたいのなら触れればいい。お前にはその権利がある」
「でも、君は」
「壊せるものなら壊してみろ。俺はそうヤワじゃあない。それに」
    決めたんだ。あの日、百日目の夜。周が店にやって来て、階段から落ちそうになった俺を受け止めた時。
    ああ、この人なら大丈夫だと。
    何があってもこの人を信じようと。
    この命が終わるその瞬間まで、俺は周だけを愛すのだと。
    そう、覚悟を決めたんだ。
「俺は、貴方に壊されるのなら本望だ」
「たまき、それは」
「だから、俺を抱け、周」
    怖がることなんか何も無いんだ。たとえそれが歪だとしても、俺に向けられる眼差しは、間違いなく愛に満ちている。
    そこに疑いは存在しない。
「いいのかい、私が触れても」
「むしろ何時まで我慢させる気だ?    こちらから襲われるのを待っているのかと思った」
    甘えるように肩へとしなだれる。僅かに震えた肩は、少しだけ上下して。それからゆっくりと手が伸びて髪を撫でられた。
    誘われるように頬に手が添えられる。軽く首を傾げると静かに唇が塞がれた。

***

「んっ……ふ、っ」
「たまき、ちゃんと息をして」
「してる、っ、でも、あっ……」
    久しぶりに吸われた唇は、以前よりも遥か容易に快楽を受け止めていた。舌が擦られるだけで頭の奥がビリビリと痺れている。体がおかしくなってしまったみたいだ。
    俺を抱けと豪語した手前、嫌だとか待ってとか弱音を零したくない。それでも得体の知れない快楽は、少しだけ怖かった。
   自分が自分じゃなくなってしまいそうで。
   このまま周に溺れてしまいそうで。
   それも悪くないと思っている自分がいて。
   体が、震えた。
「ん、う」
「ああ……そんな目で見ないで……歯止めが効かなくなる」
「効かなくていい、そんなの」
「……うん」
    周の舌がねじ込まれる。必死になって受け止めながら、唾液を交換し合う深い口付けに溺れていく。抱きとめられた体は何時しか寝台に押し倒され、寝巻きははだけている。
    癖の強い髪が頬に触れ、くすぐり、まるで愛撫のように俺を撫でた。
「はぁ……あまね……」
「ごめん、あんまり余裕がないみたいだ」
    そう言って押し当てられた硬くて熱い欲望に胸が震える。まだ口を吸われただけなのに。ちゃんと俺で興奮してくれている。よかった。本当に、飽きられたわけじゃなかったんだ。
     早くその熱を胎に受けたいと思うが、もっと愛してやりたいとも願ってしまう。繋がれていた手を離して、そろりと手を伸ばした。着物の上からでも分かるくらい、形を変えている。ごくりと生唾を飲み込んだ。
「た、珠希……!   急に何を」
「随分とお預けをくらったんだ。少しは俺の好きにさせろ」
「わかった……」
     乗り上げるように体勢を変え、周を寝台に座らせた。開いた足の間に体を入れて、ぺたりと床に座り込む。
    風呂上がりで清潔な香りがするはずなのに、鼻先には強い性の香りと、消えることの無い白檀が漂っていた。心臓が高鳴っていた。両手で熱を握り、ゆっくりと上下させる。先端からすぐに先走りが溢れてくる。手を動かすたびに粘着音が大きくなっていき、俺の興奮も増していった。
 頭上から湿った吐息が聞こえてくる。気持ちいいのか、と、胸の奥で安堵した。
 太くて、長くて、脈打つ熱は凶器のようだ。なのに今は愛おしく感じて、たまらず先端に口付けた。裏筋を舐め、わざと音を立てるように舌を這わせる。口の中でびくりと震えた。
「は……っ、たまき……」
 くしゃりと髪を撫でられる。その優しさが嬉しくて、もっと深くまで飲み込む。上顎に先端を擦り付け、涎と一緒に先走りを飲み込んだ。息が苦しくて涙が出そうになったが、必死に頭を動かして快楽を与える。俺に翻弄されている周を見ているのは心地がいい。
 いつも俺ばかり振り回されていたんだ。蔭間の時も、今も。俺ばっかりが周のことを追いかけている。だったらこれくらい俺の好きにしたっていいだろう?
「たまき、でそう、だから……、っ、離して」
「んん、っ、やら」
「なんで……、っ、あ……!」
 喉の奥に、熱い飛沫がかけられた。びくびく震えながら大量の白濁を流し込まれる。咽せそうになるのを必死に堪えて全て飲み干した。喉の奥が粘ついている。決して美味しいわけではないのに一滴もこぼしたくなくて、涙目になりながら口元を拭う。
 そういえば前にもこんなことがあったな。確か、周が通い始めて五十日くらい経った頃だろうか。うっかり酒を飲ませてしまい、その流れで口淫をしたんだった。あの時周はすぐに眠ってしまい、その隣で俺は、その、自分を慰めてしまった。思い出しただけで恥ずかしい。しかも周にはその時の記憶がない。覚えられていても恥ずかしいが。
「は……っ、ごめん、っ」
「いや。気持ちよかったか?」
「気持ちよかった……珠希、こっち」
「ん」
 そのまま体を引っ張り上げられて抱きしめられる。薄い寝巻き越しに触れた肌は、驚くほど熱を帯びていた。



    膝の上に乗せられ、口を吸われながら服を脱がされる。もう俺の魔羅は兆しているというのに。焦らされている気持ちになってしまう。お互い呼吸は乱れていた。まつ毛が触れ合う距離で視線が絡み合う。
    欲で潤んだ琥珀色の瞳が静かに、そして熱烈に俺を貫いていた。
「なぁ、もう」
「うん……私も、早く君の中に入りたい」
「……っ、よかった」
    飽きられたんじゃないのか、とか。
    嫌われたんじゃないのか、とか。
    そんなことばかり考えていた。体を重ねることだけが愛では無いけれど、周の気持ちを知りたいと思っていたのだ。俺を、本当に必要としているかどうか。
    愛されていることを、実感したかった。
「不安だったんだ、ずっと」
「私がきちんと言葉にすればよかった」
「俺も……強がってばかりで、周に甘えてたんだ」
    まるで、子供の仲直りみたいなことを話しながらもお互いの手は際どいところに伸びていた。どれほど切望していたのだろう。
    もうこのまま繋がりたい。それはさすがにがっつきすぎか。
「これからはちゃんと伝えるよ。どれほど君のことを想っているのか」
「毎日?」
「毎日どころか、きっと溢れてしまう。それくらい君のことが愛おしい」
    なぜだか、涙が溢れそうになった。裸の胸元に周の手が触れる。触れられたところがどんどん敏感になっていって、あっという間に息があがってしまった。
    腰が砕ける。頭の奥が甘く痺れた。喉の奥から掠れた声が漏れたところでゆっくりと押し倒される。
    有無を言わさず足の間に体を入れられる。先程、自分がしたのと同じことだ。何もかもを暴かれていく気がして、腹の奥がぞくりと震えた。
    長い指が後孔に触れる。あ、と思った瞬間中に入り込み、的確に快楽の入口を探った。
「あ、ああっ、あ、まっ、て、あ」
「ゆっくり慣らすから」
「んぅー……っ」
    そんな、まるで、拷問のようだ。入り込んできた指を奥へ奥へと誘い込む内壁が、こんなにも悦んでいるのが分からないのか。
    もっと熱く、大きく、俺を蕩けさせるものを。
「も、いいから、っ」
「え?」
    これ以上我慢できなかった。もう、長いこと待ったのだ。待ちすぎて、上手に言葉も出てこない。
「はやく、抱かれたい……、っ」
「っ、わかった」
    すっかり兆した魔羅が入ってくる。先端がぬるりと滑り込み、体が引き裂かれた。しかし痛みは快楽へと変わり、快楽は恍惚へとなっていく。
    ぶる、と体が震えた。
「あ、ああっ……、っ、あまね、っ」
「はー……っ、あぁ……きもちいい……」
    一番太いところが飲み込まれた。無理やり体を暴かれているはずなのに、痛みはない。馴染むまで腰を止められては堪らないと思い、自分から足で周の腰を引き寄せた。
    はしたないとか、みっともないとか、もう何も考えられなかった。
「た、まき……」
「ん、ぅ……ッ、あ、っ」
「ごめん、きょう、あんまり持たない……っ、あ、っ、ああ……っ!」
「あっ、ぅあ、っ……っ、あ……」
    最奥に思い切り吐き出された熱が俺を溶かしていく。頭の奥がじぃんと痺れた。気がついたら快楽の渦に落とされ溺れている。
    息が詰まって、涙が出そうだった。
「あまね……」
「ん?」
    息を吸って、そのまま吐き出す。それと同じように言葉は自然と溢れ出した。
「すきだ」
「……うん」
「すきだよ」
「私も」
「ちゃんと言え」
「わたしも、きみが、すきだよ」
    噛み締めるような言い方に笑いが込み上げてきた。その拍子の中を締め付けてしまい、またぐんと押し上げられる。
    これじゃあ言葉を尽くす暇もないじゃあないか。
「たまき、たまき……愛してる」
「ようやく言ったな、待ちくたびれたぞ」
    もうすぐ夜が明ける。俺たちの新しい花は、静かに色づいていた。
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