夜鷹の光

一花みえる

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50日目

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 「ん、ぅ、っ」
  呼吸が苦しくなって口を開くと、溢れてきた唾液と先走りが顎を伝っていく。涙で視界が滲んでいた。こんなことをするのは初めてだ。もちろん、されたこともない。だからちゃんと出来ているか分からない。
  両手で扱きながら先走りを全体に塗りつける。そうして、また大きく口を開けて、今度はちゃんと表情を伺いながら魔羅を飲み込んだ。
「は、っ……あ、っ、よだか、っ……」
  太ももがびくびくと震えている。縋るように名前を呼ばれ、可愛いな、と思いながら表情をちらりと伺う。
  いつもは冷静で、穏やかな周が、顔を真っ赤に染めていた。頭上から落ちてくる呼吸がどんどん大きく、乱れていく。
  ちゃんと気持ちよくなってくれている。それが嬉しくて、もっと気持ちよくなってもらいたくて、ぐちゅぐちゅ音を立てながら頭を上下させる。
  喉の奥に切っ先が触れた。苦しいけど、びくんとますます大きく膨らむのが伝わってくる。息ができなくて、頭がクラクラして、お腹の奥が熱くなってきて。
(飲ませるんじゃなかった、酒なんか……!)
  数刻前の自分を酷く恨む。
  きっかけは、本当に些細なことだった。



体調を崩した翌日、着物を汚してしまったことも含めて何か礼をしようと思った。とは言っても陰間として客に何かをあげるなんてできるわけがない。それならばと思い、せめて周の好物を膳に乗せてもらおうと考えたのだ。
  今まで四十近く質問をしてきたから、相手の好みはなんとなく把握している。そして時期的にも周の好きな食べ物は手に入りやすかった。
「あら、坊ちゃん。こんなところにどうしたんです」
「その呼び方はやめてくれ、ヨネ」
  杖を付きながら厨房に向かうと、今夜の食事を作っていたヨネが驚いたようにこちらを向いた。俺が産まれる前から屋敷に仕えてきたヨネは、今でも俺の事を昔と同じように呼ぶ。
  家族みんなの行方が分からない中、唯一身内に近い存在がそばに居てくれるのはとても安心した。
「足のご加減はどうですか?」
「もう平気だ。女将に聞いたのか」
「そうですよ。ヨネは本当に心配したんですからね。客を取ると聞いた時も腰を抜かすかと思いました」
  俺が赤ん坊の時からずっと世話をしてくれていたから、今でも子供扱いするところがある。陰間として働くと決まった時も、禿ではなくなった時も、それはもう心配して今にも泣き出しそうだった。
  それもそうか。あのまま何も起きなければ、きっと俺は何事もなく成長し、どこかの良家に婿入りしていただろう。それがまさか陰間になり、客をとっているとは。
「その客のことで、ヨネに頼みがあって来たんだ」
「ヨネに出来ることであればなんなりと。変わった方とは聞いていますが、何かあったんですか?」
「いや、別に……」
  何かあったわけではない。ただ一緒に寝ただけだ。何も起きなかったし、ゆっくりと眠った。それだけと言えばそれだけで、ヨネが心配しているようなことは何一つ起きていない。
  でも言葉にするのはなんだか恥ずかしくて、変に濁してしまう。
「その、周の膳にこれを加えて欲しいんだ」
  手にしていたザルには、先程八百屋で買ってきた茗荷が山盛りになっている。周の好物だと聞いており、そろそろ旬だと思って探しに出たのだ。
  これならあからさまに礼をするわけでもなく、さりげなく感謝の気持ちを伝えられると思ったのだ。それに、茗荷なら薬味として色々使い道はあるだろう。
「これは立派な茗荷ですね。それに、たくさん」
「うん。どれも美味しそうで選べなかったんだ」
「それじゃあさっそく用意をしましょう。そこに前掛けがあるからつけてくださいな」
  指刺されたところには、確かに前掛けがある。でもどうして、俺が?
「俺は作れないぞ?」
「ヨネが教えてさしあげます」
「いやいや、無理だ!  料理なんてしたことがない!」
「坊ちゃん、その殿方に食べていただきたいんでしょう?」
「それは、まあ」
  毎晩、美味しそうに食事をする周を見るのは好きだった。上品な所作で、ゆっくりと時間をかけて味を堪能する姿は見ていて飽きない。
  でも、だからって、俺が作るなんて考えてもいなかった。
「失敗するかもしれないだろ」
「それもまた愛嬌ですよ」
「せっかくなら美味しいものを食べてもらいたい」
「ヨネにお任せくださいませ」
「……変わらないなぁ、ヨネは」
  昔からヨネはこうだった。優しいけれど甘やかすことはなく、出来ないと泣いても根気強く側で支えてくれた。兄と喧嘩をした時も、父に叱られた時も、泣きじゃくる俺にこっそり甘味をくれたあとに「謝っておいでなさい」と諭してもくれた。
  しょうがない。ヨネに言われたら逆らえない。半ば諦めながら前掛けを身につける。杖を付きながら、昔よりも白髪の増えたヨネの隣まで歩いていった。



「おや、茗荷だ」
「そう。貴方が好きだと言っていたから」
  その日の夜、想像以上の苦労を持ってい作られた茗荷の味噌汁が膳に並んだ。ただ切って入れるだけと思っていたのに、実際には指を切ったり火傷をしたりと大惨事だったわけだが。
  それでもまあ、なんとか形にはなった。と、思う。そう願いたい。あとは周が口にしてどう思うかだが、そればかりはもう神に祈るしかない。
「昨日は、その、迷惑をかけたから」
「迷惑だなんて。君が元気になったのならいいんだよ」
「だが何もしないのは俺の気が済まない。これも人助けだと思って食べてくれ」
  驚く程に可愛げの無い言葉だ。ほかの陰間ならきっともう少し上手く甘えられただろう。旦那様のために、とか、喜んでもらいたくて、とか。だが生憎と俺にはそんなものは身についていなかった。
  そんな、可愛げの欠片もないことばかり耳にしても周は相変わらずニコニコしながら味噌汁を口に運ぶ。果たして味はどうだろうか。ヨネが付きっきりで手伝ってくれたから大丈夫なはず。
  緊張で込み上げてきた生唾をごくりの飲み込みながら、不揃いに切られた茗荷を口にする周をじっと見つめる。
  ゆっくりと咀嚼して、喉が静かに上下し。
「うん。美味しい」
「ほ、本当に?」
「本当だよ。すごく美味しい」
  そう言って、また一口。どうやらお世辞ではなく心からの言葉のようだ。それに安心して、ほう、とため息をついた。
「太く切られているから食感が楽しめるのがいいね」
「あー……それはよかった」
  全然よくない。茗荷っていうのはもう少し細く切られているものだ。しかも所々くっついたままになっているし。
  剣術は得意だったのに、包丁は上手く使えないのは何でなんだ。
「それに、少し味付けが違うね」
「実は、な」
  これ以上、隠し通すことは出来なかった。仕方ないので周に、その味噌汁は俺が作ったものだと説明した。
  もちろん、ヨネが手伝ってくれたし、それ以外の料理はちゃんとしたものだとも。切り方が不格好なのは俺が初めて包丁を使ったからで、味付けが普段と違うのはうっかり煮立ててしまったからだというのも全部話した。
  それを全部、静かに聞いていた周は、なぜか口元を抑えたまま黙り込んでしまった。
「あ、周?」
「いや、なんだろう……まさか君が作ったとは思わなくて」
「……嫌だったか?」
  心配になってそう質問すると、うつむいたまま何度も首を横に振る。なんだその反応は。可愛いな。
「う、嬉しくて」
「……どうして」
「私のために、わざわざ作ってくれたと思うと、すごく、たまらない気持ちになったんだ」
  おかしな人だ。味噌汁くらい(実際は酷く苦労したが)簡単に作れるものだ。それに茗荷だってただ切るだけだったし。
  どうしてそこまで喜ぶんだろう。ただ、俺が作ったってだけで。
「そこまで喜んでもらえるのなら、また明日も作ろうか」
「本当に?」
「たくさんあるからな。悪くなる前に食べてもらわないと」
「私のために、たくさん買ってくれたの?」
「あっ」
  違う、とは、今更言えなかった。それに本当のことだからここで嘘をつくのも忍びない。
  周の好きなもの、と考えて、滅多に行かない市場まで杖を付きながら行って。好物だと言っていた茗荷を、ザルいっぱいに買い込んで。喜んでくれだろうかと足取り軽く厨に向かったのは事実なのだ。
  質問には真実で答える。それが俺たちの約束だった。だから、嘘は言えない。かと言って何もかも本当のことを伝えるには、まだ何かが俺を邪魔していた。
  だから結局、小さな声で「そうだ」と答えるしか出来なかったけど。
  それでも周は眩しいくらい幸せそうな顔で微笑んでくれた。




それから毎日、ヨネに教わりながら茗荷を使った料理を作り続けた。とは言っても初心者の俺でも作れる簡単なものばかり。切って焼いたり、梅肉と和えたり、豆腐の上に乗せたり。ヨネにしてみれば簡単なものばかりだろうが、俺にしてみればどれも難易度の高いものばかりだ。
  自分の支度を忘れるまで作っていた時はさすがに肝が冷えた。周のことだから何も言わないだろうけれど、さすがに高い金を払ってここに通っているんだ。何もしてやれない代わりに、せめて見目だけは美しくありたい。
  ようやく無傷で一品作れるようになった頃には、もう十日も経っていた。
「採れたての茄子と一緒に浅漬けにしてみたんだ」
「うん、すごく美味しそうだ」
「味は、たぶん、大丈夫だと思う」
「君が作ってくれたのなら、毒であろうと喜んで食べるよ」
  毒ってなんだよ。お前に飲ませるわけないだろ。周はたまに、こういう少しズレたことを言う。最初は理解するのに時間が掛かったけれど、今では「まあそんなものか」と納得出来てしまう。
  五十日も毎晩話していたらそうなるか。なんとも感慨深いものだ。
「それと、今日はこれも」
「ん?」
  江戸切子のお猪口に注いだのは、昨年の初夏に俺が浸けた梅酒だった。水で薄くしているから色はほとんどついていない。今日は折り返しということで、取り出してきたのだ。
「清酒が苦手だと昨日言っていたから、梅酒ならいいかと思って」
「そうか。気を遣わせてしまったね」
「別に、余っていただけだ。自分で浸けた梅酒はみんな客に振る舞うようになっている。でも俺は、そんな相手もいなかったから自分で飲むしかなくて」
  ほかの陰間たちは客にたくさん飲ませて、適当に酔わせて眠らせてしまう。そうしていれば勝手に時間が経って帰らせることができるのだ。
  だが俺にはそんな相手もいなかった。一人で酒を飲む趣味はないし、雲雀はまだ幼いから酒を飲ませるわけにはいかない。それならばと思いついたのが、周の存在だった。
「酒を全く飲めないわけじゃないと、昨日言っていただろう?」
「そうだね。飲めないことは無いよ。清酒がどうにも苦手なだけ」
「だから、これなら飲めるかと思ったんだが……」
  今日の料理は酒にも合う。さっぱりとした味付けだから、甘い梅酒でも問題ないだろう。誰にも飲まれず、ただ忘れられるくらいなら周に飲んでもらいたい。
  この時は、ただそれくらいの考えだった。
「ありがとう。せっかくだし、飲ませてもらおうかな」
  そう言って、周はゆっくりと酒を飲み干していく。初めて酒を飲む姿を見たけれど、普段と変わらず上品な所作だ。まるで茶の湯でも見ているかのように、丁寧に飲んでくれる。
  だから、気づけなかった。
  周の様子が、少しずつ変わっていっていることに。すぐに気づくことが出来なかったのだ。
  表情は変わらない。顔色も同じ。陽気になったり、泣き出したり、怒ったりもしなかった。
  でも、何かが違った。その「何か」が分からないけれど、明らかに違ったのだ。
「夜鷹、ここは、近くに同じような部屋があるのかい?」
「え?  それは、まあ」
「そうか……」
  ちょっとだけ眉根に皺を寄せ、右耳を塞ぐ。それでも足りなかったのか、今度は両耳を手で抑えた。何かを聞かないようにするために。
「周、どうしたんだ」
「……っ、いや、忘れていたんだ、ここがどういう場所か」
「はぁ?」
  ここ、とは、つまり陰間茶屋のことか。ここがどういう場所かって、陰間を買う場所であり。おおよその客は酒を楽しみ、それからお目当ての陰間と夜を共にする。
  どのように過ごすかは決まっていないが、まあ大体の場合は閨事になるだろう。それが一体、どうしたっていうんだ。
「実はね、私は昔から、お酒を飲むと五感が鋭くなるんだ」
「五感?」
「そう」
  ふう、と何かに耐えるようにため息をつき、周は苦しそうに話し始めた。
「実家にいた時、酒を飲まされることが多かったんだ。生まれつき耳が良かったせいもあってね」
「飲まされるって……無理やりか」
「そう。しかも特別な方法で作られた清酒だったから、水と同じようにずっと飲まされてきた」
  そこまで話して、周はふう、とため息をつく。思考が乱れているのだろう。珍しく視線が泳いでいた。
「ある時期からは、もうそんなことは無くなったけど、今でも清酒は苦手なんだ」
「そんな……悪い事をした。梅酒なんて飲ませて」
「それはいいんだよ。私が飲みたいと思ったんだから」
「どうして……」
  酒を飲まないと言っていたのは、単に酔いやすいからだと思っていた。だから、薄めた甘い酒なら大丈夫だと思ったのだ。
  なのにまさか、それよりももっときつい思いをさせてしまうなんて。
「この酒を、私以外の人が飲むかも、と思ったら、どうしても飲みたくなったんだ」
「……ばか」
「うん、そうだね」
「そんなことしなくても、別に、貴方以外に飲ませたい相手なんかいない」
  そう言うと、安心したように周は笑った。そんな余裕なんかないくせに。本当、馬鹿な人だ。
「いつもなら、静かな場所に行けば問題ない。でもここは」
「……聞こえるのか、他の部屋で何が起きているのか」
「そう、だね」
  だから必死になって耳を塞いでいたのか。五感のうち、ほとんどは自分の力である程度制御できる。目を閉じたり、息を止めたりすれば無駄な刺激を受けなくていい。
  でも聴覚だけは、いくら耳を塞いでも聞こえてしまう。嫌でも耳に入ってしまう。
  この近くからひびいてくるあられもない嬌声が。
「慣れていないから、少し、私には刺激が強いみたいだ」
「……っ」
  その言葉が、何を示しているかすぐにわかった。隠しきれないほど形を変えたものが目に入った。
  興奮、しているんだ。
  ほかの陰間の嬌声を聞いて。
  抑えきれなくなっているんだ。
  わかっているのに。どうしようもないことだって、頭では理解出来ているのに。
(……むかつく)
  自分以外の声に興奮しているのが嫌だった。俺の客なのに、横から盗られたような気分だ。俺たちはまだ、何もしていないのに。
  そんな、おかしな独占欲からだろうか。それともある種の懺悔からだろうか。うまく動かない右足を引きずりながら、周のそばに近づいた。それから帯を解くように軽く引っ張る。
  驚いたような、焦ったような顔で周がこちらを見下ろしていた。
「よ、夜鷹?」
「聞こえなくしてやる、そんなもの」
「なにを」
  別に抱かれるわけじゃない。ただ、ちょっとだけ、触るだけだ。俺が体調を崩した時に周が助けてくれたように、今度は俺が周を楽にしてやる。
  ただそれだけの話。
「逃げるなよ」
  下履きを緩め、もうすっかり立ち上がった屹立をきゅっと握りしめた。
  芯を持って硬くなっている魔羅は、太く、そして長かった。先端から先走りが流れ出している。いつ見ても穏やかで清純な周にも俺と同じものがついているのかと、当たり前のことに驚いてしまう。
  陰間茶屋に長いこといるのに、勃起した他人のものは初めて見る。思わず溢れてきた生唾をごくりと飲み込んだ。握りしめたまま、果たしてどうすればいいか分からなかったから、まずはゆっくりと手を上下させてみる。
  ぬちゅ、と粘ついた音が響いた。
「う、あ……っ」
  掠れた声が落ちてくる。ちゃんと気持ちいいのかと、少しだけ安心した。今度は先走りを塗り込むような動きにする。竿全体に塗り込みながら搾り上げる。握りしめていた茎は、もう支えがなくとも腹につくほどに反り勃っていた。
  粘着音が大きくなればなるほど、特有の青臭さも強くなってくる。それでも不快な感情はなく、むしろもっと感じたいと思ってしまった。
  もし、このまま口に銜えたらどうなるんだろう。咥内の柔らかいところで舐めしゃぶり、吸い付き、舌先で舐めあげたら。
  周は、一体どんな顔をするだろう。
  震えている太ももに手を添えて、そっと上目で顔を覗き込む。
「ふー……、っ、うっ……」
  必死に眉根をよせ、頬を赤く染め、今にも目尻からは涙が流れそうなほど琥珀色を潤ませ。
  じっと、こちらを見つめていた。
  駄目だ。そんな目で見られたら。
  欲と、熱に塗れた顔を見せられたら。
(欲しく、なる)
  もっと深いところまで飲み込みたかった。味わい尽くしたかった。口の中が唾液でいっぱいになる。
  なぜか俺の頭も色欲で塗りつぶされてしまったみたいだ。
「あまね……舐めても、いいか?」
「そんな、そんなこと、きみが」
「いやだ?」
  ずるい質問だ。そんなの、断れるはずがないだろう。周だって期待している。その証拠に、手の内にあった熱がまたぐんと大きくなる。
  周も、もう限界だったんだろう。するりと親指で唇をなぞられたのが、質問の答えだった。
 口の中いっぱいに唾液を溜めて、てらてら光る亀頭に口付ける。他の姉さんたちから口淫の仕方は聞いていた。でも実践したことはなかったし、不味いとか苦しいとか、いろいろなことは聞いていたけれど。
「んー、っ、ん、んんっ」
  思いのほか不快な感じはなかった。むしろ周を味わっていることが直接伝わってくる。だらだら流れ出てくる先走りを、試しにごくりと飲み込んでみた。なるほどこれが周の味か。
  口の中で、びくりと熱が震えた。上顎を擦られ、愛撫されているわけでもないのに腰の辺りが重たくなっていく。ずっしりと重みがあり、大きくて、唾液が止まらない。大きく口を開けて先端を口に含む。裏筋を舐め、じゅう、と吸い上げ。亀頭を上顎に擦り付けながら深く深く飲み込んでいく。頭上から苦しげな声が漏れてきた。それにまた気分が良くなり、もっと聴きたくなって舌を必死に動かす。
「よ、だか、っ、ふぅ……」
「んん……ん、ん、ぅう……」
「あっ……だめ、っ、だめ、……っだ、それ以上、は」
「んぅ、う」
 太ももがびくりを跳ね上がった。ブルブルと震えている。爪先に力が入ってきゅっと丸まっている。気持ちいいんだ。ちゃんと。
「でそう?」
「んっ、んぅ、で、そう……、っ、だから、離れて……っ!」
「やだ」
「……っ!」
 呼吸も、先走りも、全部飲み込むように思い切り吸い上げる。じゅるじゅるといやらしい音が響いた。はしたないと思いつつも舐めるのを止められない。喉の奥に先端が触れて、涙が滲んだ。ちらりと視線をあげて、表情を伺って。
「ぐ、う、う……っ」
 目尻を真っ赤にして、苦しそうに眉根を寄せて。かわいそうなほどに震えている周と目があった直後。
 熱い迸りが喉に広がった。いきなりのことに驚いて、ただ放たれるものを受け止めることしかできない。必死になって飲み込もうとしたけれど、口の端からだらりと流れ落ちてしまっている。ごくん、と喉を鳴らして飲み込むたびに、口の中でびくびくと震えていく。最後の一滴まで吸い上げる頃には、周の瞼は随分と重たくなっていた。
「あ、まね」
「は、あ……っ、ごめん、口に」
「平気だ。それより、その……」
 気持ちよかったか? と聞くのもおかしな話だろう。こういう時ってどんな話をすればいいんだ。今まで全く経験がないからわからない。それに加えて、その、自分の方も随分とまずいことになっている。口淫を施して自分も興奮してしまうなんて。
 これからどうすればいいんだ。
「夜鷹……」
「な、なんだ?」
 何か言いたげに開かれた口は、そのまま何か発することはなかった。ぐらりと体が傾いて、慌てて抱き止めると寝息が聞こえてくる。着物越しにでも体温の高さに驚いてしまう。滅多に飲まない酒と、口淫の快楽に疲れてしまったんだろう。
 さっきまであんなにも色気がある表情をしていたのに。今は子供のようにすぅすぅ眠っている。
「しょうがない、か」
 足が悪い上に俺よりも上背のある周を布団まで引っ張っていくのはかなりの重労働だった。なんとか寝かせた頃には俺も疲れ果て、眠っている周の横にゴロリと寝転ぶ。今日はなんだか、大変な一日だった。寝ている周の隣で少し仮眠を取っても許されるだろう。
 腕の隙間に体を滑り込ませ、落ち着く場所を探す。まるで抱きしめられているような体勢だと、変に意識してしまった。
 それが、いけなかったのだ。
(周の匂いがする……)
  どくん、と胸がなった。いまだに治まらない体の日照りが増してくる。腰の辺りが甘く痺れ、どんどんと重たくなっていく。自分の呼吸が乱れていることに、周の規則的な寝息を聞いて改めて実感した。
  込み上げてきた生唾を飲み込んで、また後悔する。口の中は青臭い匂いで充満していて、唾液と一緒にこびり付いていた白濁が喉に流れ込んできたからだ。
  さっきまで周のものを咥えていたのだから当たり前だ。喉の奥で何度も吸い上げて、舌先で舐めまわして、口の中で弾けた熱を全て飲み干した。その感触をまざまざと思い出してしまって、もう駄目だった。
「あー……くそっ……」
  触らなくてもわかる。完全に自分のものが形を変えていた。熱を持ち、硬くなっている。着物の隙間から手を差し入れて、下履きを少しだけずらす。
  自分でも驚く程にぐっしょりと濡れていた。
  絶対に目を覚ますなと祈りながら、興奮で震える手をそっと足の間に伸ばした。
「ふ、うっ」
  少し触れただけなのに、びりりと快楽が走る。自分で慰めることなんてほとんどなかった。どうしようもない時だけ、作業的に触れていたくらいだ。それがまさか、こんなことになるなんて。
  先走りを振り込めるように先端を握り込む。先程まで咥えていた周のものとは大きさが違う。誰かと比べることなんか今まで一度もなかったのに。
「は、っ、はぁ、あ」
  さっさと出して寝てしまおう。そう思うのに、鼻先からは白檀と、汗と、肌の香りが漂ってくる。それにいつもより体が熱い。俺を抱きしめるように伸ばされた腕がずしりと重くて、すぐ側に周が寝ていることを嫌でも実感してしまう。
   こんなこと、いけないのに。
  わかっているのに、手がとめられない。
「あぁ、あ、あっ……あ、あぅ、う……っ」
  気づいたら快楽に縋るような動きで手を上下させていた。息を吸い込む度に周の香りがする。体温を感じる。足がびくりと震えた。
  もしも本当に、こんな仮初ではなく、本当に周が俺を抱いたら。一体どんな風に俺を抱くんだろう。今日俺がしたみたいに口でしてくれるだろうか。それとも欲望のままに無理やり抱くだろうか。快楽に顔を歪め、熱情で茹だった瞳で俺を見るのだろうか。
「あ、あま、ね、っ、あ、ああっ……、っ!」
  粘ついた音が次第に大きくなっていく。声が漏れないよう必死に唇を噛み締めるが、その痛みがこれは現実だと教えてくる。たまらず周の胸元に額を押し付けた。規則的で穏やかな寝息が聞こえてくる。
  きっと今頃、幸せな夢でも見ているんだろう。隣で俺が不埒なことに耽っているとも知らずに。
『夜鷹、力を抜いて』
「ふ、っ、う」
  頭の中で、周の声が響いた。俺が勝手に思い描いている幻想だ。瞼の裏には優しく、それでもどこか雄臭い顔の周がいた。
『気持ちよくなって、そのまま』
「あ、あ、だめ、だめ、っ、や、あ」
『腰が揺れてる。いやらしいね』
「やだぁ……、っ、あ、ん、ぁ」
  頭の中で周が俺を犯していく。甘くて低い声が耳を犯し、大きくて温かい手が体を犯す。どれも幻想だとわかっているのに、打ち消すことなんかできなくて。
  閉じた目尻からは涙が流れていた。
『夜鷹、出していいよ』
「んん、っ……、っ、あ、ああ……っ!」
  手のひらに、熱いものが迸った。腰が甘く震える。何度も震えながら白濁を吐き出していく。全て出し切るまで体を震わせ、細く息を吐き出した。


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