食らわば皿まで

篠瀬白子

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諏訪

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*諏訪side**


特定の女を作らない、誰でも簡単に抱いちゃう皆の諏訪くん。それが周りの俺への認知らしい。
否定はしない。抱いてと言われりゃ誰でも抱くし、なにも言わずに金を払う年上の女までいる始末。そのうち夜道で背中でも刺されて死ぬかもな、俺。


「んっ、あぁ……っ!」
「声でけーよ、誰かに見つかってもいーわけ?」
「だっ、てぇ……っ!」


むっちりした女教員が望むがまま抱いたあと、欠伸交じりに帰路につく俺の耳に届いたのは、ここ最近少しばかり気に入っていた女の声。なにが気に入っていたかと言えば、尻の形と淫乱なところ。
だからまぁ、そんな淫乱女がどこで誰を咥えこもうと正直どうでもいい。まぁ一生抱くことはないだろうけれど。

ただこのときの俺は、なんとなーくイラついて、生臭い声で喘ぐ女がいるだろう空き教室の扉を開けてみた。


「きゃっ!? ……え、あ、嘘、す、諏訪……くん……?」
「だから声でけーって言ったじゃん」


予想するまでもなくまぐわっていた男女は両方とも見覚えがあった。女の方はセフレの一人、男の方はなにかと話題に持ち上げられる浜津という野郎だった。
浜津はこの状況にも物怖じせず、自分の上で先ほどまで腰を振っていた女を退け、乱れた服を直しながらこちらへ歩いてくる。


「言っとくけど誘ってきたのはあっちだから。じゃーね、皆の諏訪くん」


俺もそうだが、こいつもいつか背中から刺されて死ぬんじゃねーか?

などと他人の心配をする振りは止めて、ガタガタ震えるセフレの元へ歩み寄る。女の顔は涙に濡れているが、俺の顔は今そんなに怖いのだろうか。


「そんなに好きなら今度回してやるよ。嬉しいだろ?」


なんて。思ってもいないし、端からやる気もない嘘をつく。女は更に震えていたが、もうどうでもいいよ、お前。

そんなセフレを置き去りにして、今度こそ帰路につく。しかし途中で見つけた浜津の姿につい視線が向いた。


「理由考えたほうがいいんじゃね? 正直、気持ち悪いよ、お前」


一体どういう状況なのか全くもって分からないが、浜津は菓子パンの山に埋もれた生徒に笑顔でそう告げていた。相手は驚いた顔をしているが無理もない。つーか俺だったら殴るわ。
しかし相手はあろうことか微笑み、


「ところで貴方は誰ですか?」


などと言ってのけたのだ。
正直怒っていたわけでもないし、寝取られた悔しさがあったわけでもない。持ち合わせることもないプライドが傷ついたわけでもないし、ただ、本当はイラついていた。
そんな俺のイラつきが一瞬で消え去る。今すぐあの菓子パンの山に埋もれ、平然と食べ続ける生徒にジュースの一つでもおごってやりたい。

と、そんなことを思ったりもしたが、帰って女の数人抱いたらそんなこともすっかり忘れていたのもまた、事実である。

俺と浜津はよく比較された。
系統は違えどイケメンの類。女に苦労せず、勉強も運動もそこそこできる。
ただ俺が下半身に緩いのに対し、浜津は性悪だからこそ意外にもしたたかだった。

だからそんな浜津が菓子パンの山に埋もれた生徒、古滝に構うようになるのを見てこれはチャンスだと思った。
もし古滝が俺のほうを慕ったら浜津はどう思うだろう? 悔しいに決まってる。

そんなくだらねー理由で、俺は古滝に近づいたのであった。


「帰んなくていいのか? あいつ、めちゃくちゃお前のこと探してんぞ」
「いいんです。今ここで奴に見つかれば地獄を見るのは俺です」


ある日の放課後、空き教室にて隠れていた(実際は隠れていたとは言えないが)古滝を見つけ、俺は話しかける。
廊下の向こうで古滝を探す浜津の声が響いていたが、なぜか唇が真っ赤に染まった古滝は頑なに拒んでいるので便乗しておこう。


「お前よく浜津とつるめるな、俺あいつだけはぜってー無理」
「? 浜津の知り合いですか?」
「いや? 全然?」
「そうですか、失礼しました。なら忠告しておきます。浜津は時々悪魔になるので要注意ですよ」


なんだこいつ、浜津が腹黒いことをちゃんと分かってんのか。その上でつるんでんのか。すげーな。


「ご忠告どうもありがとう。つかその口、どーした?」
「語るのも恐ろしいのですが、キレた浜津は悪魔なのです。悪魔は俺が辛い物を苦手としていることを知ったうえで、まさかの激辛煎餅をくれやがったのです」
「へー、そーなの」


なのに素直に食べたの、お前。馬鹿じゃん?

とは口に出さず、隣で唇にひーひー言っている古滝を眺める。どこにでもいる普通な男子高生。ただ見かけるたび、いつもなにをか食べている。くせに、すげー細い。


「なぁ、付き合ってほしーんだけど」
「? いいですよ?」


あえてどうとでも取れる曖昧な問いをした。すると目の前の馬鹿はやはり別の意味に捉えたのか、少し首を傾げて了承する。馬鹿だなコイツ。
そんな古滝にただ微笑み、すでに空き教室の前まで来ていた浜津に見つかるその前に、俺は窓からさっさと逃げた。
別に古滝がどう解釈しようがどうでもいい。ただ、付き合ってと言った俺に承諾した事実さえあればいい。あとは適当に言いふらして、それが浜津の耳に届けば俺のイラつきも少しは和らぐことだろう。

事実、俺を呼びだした浜津を前にしたとき、心底可笑しかった。

しばらく続けてやろうとたびたび古滝を呼び出すこともした。律儀にのこのこ着いてくる古滝は救いようもない馬鹿だが、餌付けのたびにご満悦な表情を見せているので良しとしよう。


「ほれ、あーん」
「あー」


ぱくり。もぐもぐ。今日も今日とて餌付けの時間。自分の甲斐甲斐しい一面に反吐が出そうだが、なんでも喜んで食べる辺り、やはり古滝はどうしようもないほど馬鹿らしい。
しかしつくづく思うのだが、コイツ、細すぎやしねーか?


「古滝、ちょっと両手挙げてみ」
「?」


素直に両手を挙げる古滝。馬鹿だ。
とは言わずに脇腹を手で掴む。あれだけの量が一体どこに消えているのか疑わずにはいられないほど、古滝の体は細かった。
下から徐々に上へと手を滑らせる。くすぐったそうに体をよじる古滝につい、思わず気がついたら、俺は古滝を抱きしめていた。


「……ほっそ……」
「太らない体質らしいです」
「あ、そー……」


それ聞いたら一部の女子が騒ぎそうだな。しかし抱き心地いいな、コイツ。細いからすっぽり収まるし、こう力を込めるとぴったり体がくっつくのがたまら……いや、何してんだ俺。

平静を装い離れたが、古滝は古滝で気にも留めていない顔をしていた。
このときの俺は欲求不満なのだろうと思い込んだ。思い込んで、それから古滝とは少し距離を取った。空いた時間で女を抱いた。両腕で抱きしめてもみた。なのに頭をよぎるのは、あの大ぐらいの細い馬鹿の華奢で今にも折れそうな体。
抱くのなら、少しくらいふくよかなほうが抱き心地がいいことを知っているのに、忘れられない細い細い、古滝の体。

悶々としながら過ごすある日。俺は目の前の光景に動揺が隠せずにいた。
古滝が、浜津とキスをしていたのだ。いや、実際はしていないのだと思う。角度的にそう見えただけ。腕に絡まる女も同じように見えたのか、ニヤニヤと心底嫌らしい笑みを浮かべている。

なのに、俺は古滝に声をかけていた。普段の自分からは想像もできないほどひ弱になっていた。言質を取っただけの付き合いだろうとなんだろうと、古滝は自分の恋人なのだと慢心していた。古滝は、俺の名前すら憶えていなかったと言うのに。


「古滝、あーん」
「あー」
「うぜー、お前マジでうぜー」


男同士などクソだと今でも思う。だけどとりあえず、餌付けをつづける俺を心底嫌う浜津よりは、古滝に俺を見ていて欲しい。

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みんなの感想(2件)

さくらんぼ
2024.04.22 さくらんぼ

めっちゃ好きです‼️
是非続きお願いしますm(__)m

解除
谷 亜里砂
2024.04.19 谷 亜里砂

良いと思います👍

解除

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