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ある少年のお話
しおりを挟む――少年には、家族がいました。
厳格な父親と、美しい母親、そしていつも笑顔の絶えない、けれど弱い弟がいました。
弟はいつも少年のあとを追いかけ、少しも離れようとはしません。そんな彼を疎ましく思う少年でしたが、彼が他の誰かに苛められていれば相手を追い払い、彼が泣きそうになれば自分が母親にしてもらうより加減の知らない手つきで頭を撫でまわしました。
そんなある日、弟は熱を出して倒れてしまいました。
体が弱く、熱を出すことが多かった弟ですが、今回の熱は中々下がりません。
目を伏せて、息を荒く汗を掻く弟の姿に、少年は珍しくも焦りました。
病院に行って、薬も貰っているのにどうして。もしかしてこのまま、死んでしまうのではないかと、子供心にひどく焦ってしまったのです。
けれど誰かを追い払うことはできても、頭をぐしゃぐしゃに撫でまわすことはできても、辛く苦しむ弟を助ける方法を少年は知りませんでした。
ベッドに倒れ、眠ってばかりいる弟の側を少しも離れようとはしない少年に、母親はある提案をします。
それは母親の助けもあれば簡単なことでしたが、乱暴な少年にはとても難しいことです。けれど、少年は掠れた声で自分を呼ぶ弱い弟を、どうしても助けたかったのです。
そうして乱暴な少年は、お粥を作りました。
加減を知らずに研がれたお米は傷つき、そのせいでより水分を含んでいますし、いくども混ぜられたご飯は潰れてドロドロです。
母親が作ってくれるお粥とは全然違うと、強く拒む少年に微笑みながら、けれど母親は弟に差し出しました。
熱のせいで視線の定まらない弟の口に、母親に促された少年はお粥を運びます。あまりの熱さに驚いて、弟はお粥を溢してしまいました。
だから、今度は息を吹きかけ冷ましたものを運びます。一口食べた弟は、じわりと広がるその温かさに微笑みます。
お米の甘さを引き出すための塩は余計に入れられて、まるで涙のようにしょっぱいけれど、熱で心細さを感じていた弟にとって、そのお粥はとても、とても幸せな味がしました。こんなにも簡単に、心までポカポカと温めてくれるお粥が、それを作ってくれた少年が、弟は嬉しくて嬉しくて、こちらを不安げに見つめる少年の名を呼びます。
少年は、弟が溢してしまったお粥を指ですくい上げ、一口食べてみました。とても不味くて、食えたものではありません。
あぁ、だけど。
熱のせいで頬も赤く、潤んだ瞳を細めて喜ぶ弟の姿は、確かに少年の心にも同じ温かさを運んだのです。
夕暮れの光が部屋に差し込み、二人を見守る母親の穏やかさを感じながら、少年は強く、ただ強く思いました。その感情が一体なんなのか、今はまだ知る由もありません。
けれど少年は誓います。この弱く、小さな弟を自分は――。
大人になった少年さえも忘れてしまった、今はもうない、けれど確かにあった、これはそんな、ある少年のお話。
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完結おめでとうございます!
いつも更新楽しみにして日々の糧にしてました♪小虎とれおの関係と周りの人たちの関係が本当に好きで…
何度も読み返しさせてもらいました!
後日談などあればとても嬉しいです(^-^)