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終幕 4
しおりを挟む今夜はいつにも増して無礼講。いつのまにやら西さんや泉ちゃんも来て、なぜか泣いてる不良たちまで集まって、しまいには酔っ払った豹牙先輩と司さんが殴り合いをはじめた頃、グラスやらを洗っていた俺の隣に仙堂さんが立った。
「お手伝いします」
「あ、どうも。いいんですか? 新山さん置いてきて」
「むしろゴミ捨て場に置いておきたいくらいですよ」
「あはは」
この人なら本当にやっちゃうんだろうなぁ、なんて思いながら、スポンジで洗ったお皿を手渡す。腕まくりした仙堂さんはそれを受け取り、慣れた手つきで水洗いしていた。
「今回、どういった事情でこのような騒動を起こしたか、聞かないんですね」
「え? あ、あぁー……はい。多分、俺が知っちゃいけない世界なんだろうなぁって思うんです。俺が運びをしたとき、多分あれは本物の麻薬じゃなかったと今なら思えるんですけど、でも今回、本物の麻薬は絡んでいたんでしょ?」
「はい、二年前も今回も、麻薬が絡んでいます」
「やっぱり。なら俺、正直聞きたくないなぁ」
だけど俺の意に反して、直感は囁く。仙堂さんは俺に話に来たのだ、今回の事を。
「手短にお願いしますね」
「バレてましたか」
「あはは、なんか仙堂さんって司さんや新山さんとは違う意味で腹黒いですよね」
「光栄です」
にっこり。一見爽やかに見える笑顔の裏はもしかすると、この場にいる誰よりも黒いのかもしれない。
互いに手を止めず、けれども向こう側に見える明るい空気とは違うそれが、俺と仙堂さんの間に流れた。
「二年前、ノアという少年がとある麻薬組織の売人に連れられ、この街で麻薬の売買をはじめました。それは地元ヤクザの見えないところで狡猾に行われ、彼らは地元ヤクザ、警察を敵に回しました。
それと同時期、あるヤクザの傘下にある四条組は、敵対している組に麻薬売買の罪を着せられ、組長と数人の幹部が警察に捕まりました。
もうお分かりでしょうが、その四条組組長の息子が、四条巴その人です。
四条巴は敵対している組と内通している国外の売人を、当時から情報を持っていた江藤司に協力を仰いで突き止めました。が、結果はトカゲのしっぽ切り。売人たちが身代わりとして連れてきたノアだけが四条巴の元に残ったのです。
それからどういった経緯があったのか、自分も詳しくは知らないのですが四条巴はノアを生かしておいた。恐らく情報を聞きだすためであったと思いますが、それが悪かった。
ノアが生きていることを餌に、敵対している組は四条巴率いるブラックマリアにも麻薬売買の罪を着せたのです。現実、麻薬に手を出していた者もいたそうですが……結果、四条巴は自分だけ罪を被り、親子仲良く刑務所行き。とはいえ、彼の親はすぐ出所しましたが、四条巴はどうしてか二年の間、刑務所に留まりました」
カチャッ、とお皿の重なる音が、シンクの中で消えていく。
「刑務所暮らしの最中、四条巴は自分の名を記した手紙を江藤司に託しました。それはノアが死んだことを記してあり、それを見たノエルが今回、この街に来たことが騒動のはじまりです」
「ノアさんは……その、いつお亡くなりに?」
「四条巴が捕まる前、食事も与えていたそうですが……軟禁状態の部屋で息絶えていたそうです」
「そうですか……どうぞ、続けてください」
泡のついたお皿を手渡したとき、触れた仙堂さんの指がゾッとするほど冷たくて、俺は異様に寂しくなる。
「ノエルを一目見た江藤司は、彼を利用して二年前の報復を考えました。
そもそも、我々警察を味方につけている江藤司が四条巴と敵対している組を日の下に引きずり出せなかった、その理由こそが問題だったのです。
お恥ずかしい話ですが、敵対している組にもね、警察のお仲間がいたんですよ」
「……」
「だから江藤司はノアに扮したノエルと敵対関係にあることを仄めかし、同時にノアがまたこの街に現れたことで困る輩をあぶり出しました」
最期の一枚をスポンジで洗い、仙堂さんに手渡す。男らしい骨ばった手にはマメが出来ている。
「今回、ノアが朝日向玲央を狙っていたり、ゲームとして捕えようとしたのは売人共をあぶり出す目的もありましたが、もともと江藤司は朝日向玲央も君も最後まで巻き込む気はなかったんですよ。朝日向玲央は、普通にテレビに出ていたでしょう? 君があのマンションで過ごしていた間、彼は本当に撮影でこの街を離れていましたからね」
「……そう、ですか」
「すべては時間稼ぎだったんです。江藤司、新山刑事、そして自分が。敵対している組やそのお仲間である警察を引きずり出す証拠を得るための、時間稼ぎだったんですよ」
あえて詳細をぼかす言い草に、俺は目を伏せる。キュッと蛇口を締めた彼は、崩れることのない表情で俺を見つめていた。
「あの動画で、一つだけ気になっていたことがあるんです」
「なんでしょう」
「……俺は、あの人があの緑のカーデを着ていたから、だからあの日対峙した彼本人だと思い込みました。でも……よくよく考えれば、彼の頭部は色んなもので見え隠れしてました。あれは……」
「それは口に出さないほうがいい。あえて私が最後をぼかした理由なら、聡い君のことだ、分かるね?」
「…………はい」
仙堂さんは、きっとはじめから詳細を語る気はなかったのだ。
ただ彼は……彼は多分、今回動いていた全員にはそれぞれ理由があり、それを俺に分かって欲しかったのだ。彼は、フォローを入れる為、俺に話をしに来たのだ。
二年前、本物のノアさんと巴さんのあいだになにがあったのか分からない。すぐ出られたはずの刑務所に留まり、ノエルさんにノアさんが死んだことを告げる手紙を送った理由は分からない。
真実を知りに、この街に訪れたノエルさんがあのトランクケースになにを詰め込んで帰ったのか分からない。
結局、司さんが描いたラストがどうであったか、そして新山さんと仙堂さんがなにを得たのか、俺にはなにも分からない。
「……仙堂さんは、正義の味方ですか?」
分からないけれど、なんとなくそれぞれの事情が垣間見える今なら、そのすべてを知ろうとも思わない。
俺の問いに目を丸くした仙堂さんは、くすりと微笑む。
「正義の味方と謳った、ただの一警察ですよ」
くしゃり。と、仙堂さんが俺の頭を撫でる。はじめて撫でられたはずなのに、なぜかひどく泣きそうになるのは何故だろう。
俺は下手くそな笑みを浮かべて、頷くことしかできなかった。
「はいセクハラの現行犯でたいほー!」
「……」
と、そこへ酔っ払った新山さんが現れ、仙堂さんの手首に本物の手錠を嵌めた。嵌めやがった。
うっすら浮かんでいた笑みを消した仙堂さんは、新山さんのネクタイの根元を持つと、そのまま彼の体ごと上へ持ち上げる。徐々に顔に青みが増す新山さんがヘルプ! ヘルプ! と叫ぶも、俺は助けることもできずに苦笑した。
と、そんなとき、
「だーれだ?」
「……司さん、ですね?」
俺の後ろから両手で目を塞いできた司さんが、酒臭い息を吐きながら笑った。
「あはは、小虎くん飲んでる? 未成年とかケチくせーこと言ってたらキスしちゃうぞー?」
「なに酔っ払ってるんですか。てかその頬、冷やしたほうがいいですよ?」
「んー? んふふー、いーの。これはねぇ、豹牙からの愛の証なんだからぁ」
あはは、うふふ。笑う司さんの頬には、愛の証と言うにはグロテスクなアザができている。
「俺ねぇ、本当は捕まる予定だったんだー」
「は?」
がしり。肩を組んできた司さんの突拍子もない発言に素で応えると、彼はケラケラと笑った。
「巴が敵対してるヤクザのねぇ、仲間である警察の誰かさんはさぁ、俺と豹牙の母親を刺した野郎の親なんだー」
「……はい?」
「しかも結構偉い人でさぁ、だから今回色々手間取っちゃって、玲央とノエルにはド派手なパフォーマンスをしてもらってそいつの目ぇ向かせてたんだけどさぁ、俺、本当はそいつを刺すつもりだったんだよねー」
「……だから、豹牙先輩に見てるだけって……?」
「うん。俺はねー、小虎くん。あの日から止まったままだった、なにも進んじゃいなかった。豹牙の為だと必死に虚勢を張って、アイツを傷つけて守ったつもりでいた、クソッたれの兄貴のまま、なにも成長してなかったんだよ」
「……」
「一昨日な、撮影終わって帰ってきた玲央にぶん殴られて、俺が捕まって終わるはずの計画をおじゃんにされた。アイツなにしたと思う? 隆二たちブラックマリア引き連れて、嘘のゲームで釣れた売人や素人タコ殴り。しかもご丁寧にそいつら全員警察に、つーか新山たちに突き出して、帰りにチーム解散させてきやがった」
信じられない話に目を見開く。玲央が、ブラックマリアを解散させた? 隆二さんがボロボロだった理由って、それ?
あんぐりと口まで開いた俺に、司さんが艶めいた笑みを浮かべる。
「そんで、てめぇと一緒にすんなクソッたれって、怒られちゃった」
「……どういう、」
「んー……ほら、」
俺と玲央ってさ。呟く司さんの目に、水気が増す。
「兄貴じゃん?」
泣きだしそうな瞳を見つめたまま、俺はなにも言えずに口を閉ざした。
俺はもしかすると、どこかで期待していたのかもしれない。
今回のことは、もっと単純で馬鹿馬鹿しいことを、期待していたのかもしれない。
だけど弟である豹牙先輩を思う司さんのその一言は、彼のすべてを物語るに十分だった。
「だからね、ありがとね、小虎くん。豹牙のこと守ってくれてありがとう」
「……俺には、謝ってくれないんですか」
「うん、謝らない……豹牙は、さ……きっと昔みたいに俺がおかしくなる気がしてたんだろうね、だからあんなに弱っちゃったんだろうね。そんな豹牙を支えてくれた小虎くんに感謝こそすれど、謝りはしない。謝ったりしないよ、俺は」
感謝しかしてやんない。そう言って、彼は俺の頭を撫でる。
ぐっと詰まる言葉を飲み込んで、俺は司さんの手を退かして、笑った。
「じゃあいつか、恩返ししてくださいね」
「もちろん」
差し出した俺の手を、司さんが握る。
そうして、長い長い夜が今、やっと終わりを見せたのだった。
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