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女装 3
しおりを挟む「ごめんなさいね、西さん……あ、カメラマンの名前なんだけど、あの人、この業界でも厳しいことで有名だから」
「……いえ」
とある一室に連れられた俺は、違う衣装に着替えたあと、ミキちゃんさんに化粧を直してもらいながら匡子さんに返事をした。
鏡に映る俺の顔は、疲労でひどいことになっている。
「でも今日の撮影はコトちゃんだけ悪いってことではないですよ? モデルの子たち、とくに女の子。みーんな最初から不機嫌なんですもん。そりゃ西さんだって怒りますよ」
「……そうね、まさかここまでとは思わなかったわ……」
どういうことかと鏡越しに二人を見つめれば、二人とも苦笑しながら口を開いた。
「コトちゃんにも説明したけど、今回のパートナーの件はね、本当にプロ同士とは思えない争いがあったのよ」
「そのうえ陰険でエグーいことの連続です。一時期パートナー候補だった子は大怪我で当分お仕事お休みなんですから」
「……え?」
そんな、それほどまでに手に入れようと、みんながみんな躍起になっていたというのか?
たかが玲央と隆二さんの、写真でのパートナーの為だけに?
俺の考えていることが分かっているのか、匡子さんは少しだけ真剣な面持ちでこちらを見つめてくる。
「……ここにいる人間はみんなプロよ。それでご飯を食べてるの。でもね、そのプロ意識を簡単に壊しちゃうのが玲央なのよ」
「……玲央?」
「そう。カリスマ……という言葉でも足りないわ。玲央にはそれだけ人を惹きつける魅力がある」
腕を組み、どこか悪い顔をして口角を上げる匡子さんはゾッとするくらい綺麗だ。
そんな俺の頬を化粧筆で撫でるミキちゃんさんが苦笑した。
「性格は難ありですけどね」
「あらミキちゃん、玲央が聞いたら怒るわよ~」
あはは。二人の明るい声に思わず笑みを浮かべたが、気持ちが晴れることはなかった。
化粧直しを終えたあと、俺は自販機コーナーで休憩をとっていた。少し、一人になりたかったのだ。
匡子さんが先ほど言っていた言葉がどうしても頭から離れない。
ここにいる人間はみんなプロよ。それでご飯を食べてるの。……その中に、俺はこんな恰好をしてまで混じっているのか。
原因を悪く言うつもりもないし、匡子さんを責める気もない。だが、少しは軽い気持ちで承諾してしまった自分が恥ずかしくて仕方がない。
「……はぁ」
カシストで求められるお粥を作るのはとても楽しい。
普段悪さばかりしている不良や、化粧の濃い女子が酒に酔ったテンションで美味しい美味しいと食べてくれる姿は、作った甲斐があったなぁと、俺のほうが感謝でいっぱいになる。
だから、そんなお粥を無下に扱われたらとても悲しいし、きっとすごく腹が立つ。
――俺は今、その行為をここでしているのだ。
自分たちの仕事に誇りを持ち、お金を稼ぐ人たち。楽しいことばかりではないけれど、それでも仕事の悦びを知っているからこそ、明るく前向きに頑張れるのだ。
今の俺はそんな人たちを馬鹿にした粗末な存在に過ぎない。プロが見抜くのも当然である。
「……はぁあー……」
「でけーため息だな」
「!」
大きなため息をついた瞬間、後ろから聞き慣れた声がして慌てて振り返る。
そこには眉をしかめたあのカメラマンが立っていた。
固まる俺を余所に、カメラマンはなぜか隣に腰を下ろす。
「……」
「……」
シン……と、ただでさえ静かだった自販機コーナーが余計に静まった。
浮かんでくる冷や汗が、背中を伝っていくのが分かる。
「お前、恋したあるか?」
「へ?」
だと言うのに、突然そんなことを言い出すものだから、思わず素で聞き返してしまった。
明らかに男の声が出ていた俺を横目で一度見たかと思うと、カメラマンはすぐ前を向きながら、いつのまにか購入していたコーヒーをあおった。
「恋、したことねぇだろ?」
「……はい」
返事をしないわけにもいかず、心持ち声を上げて答えると、カメラマンがブハッと噴き出した。な、なにごと!?
「あははっ……ふっ、くはっ、はははっ! ごほっ、あー、さっき言っただろ。今回の事情は知ってるよ。無理すんな」
肩を震わせて笑うカメラマンの言葉に、顔に熱が集まっていく。
恥ずかしさから顔を逸らして購入していたお茶を握りしめると、そんな俺のウィッグに彼が触れてきた。
「な、なんです、か……」
「お前は今、女だ」
不審に思いながら距離を取ろうとする俺のウィッグを軽く引っ張りながら、こちらにグンと近づいたカメラマンが一言、そう告げる。
あまりにも突拍子のない台詞に目を丸くしていると、彼は軽く笑いながら俺の頬に指を這わせた。
「胸の奥が高鳴って、普段ならできることもできなくなる。相手の顔を見ただけで心臓が早鐘を打って、触れられるとそこだけ異様に熱を持つ」
「……あ、の」
「相手に名前を呼ばれると、たったそれだけで舞い上がっちまう」
ゆっくりと近づいてくる男が俺の耳元でくすりと笑う。くすぐったさに身をよじった瞬間、背中の中心をそっと撫でられた。
爪先からゾクゾクとなにかが体中を巡ってくる。急に恥ずかしくなって男の胸を手で押すが、体は余計に密着した。
「最後には子宮が男を求めて、うずく」
その言葉に驚いて声を上げようとしたその瞬間、耳元で笑っていた男が俺の耳を軽くかじった。かじってきやがった。
自分の口から変な声が出た気もするが、今はそんなことよりこの変態を退かすことが先決だ!
もう一度、今度はありったけの力で男を押す。なのに、男はビクともしない。それどころか楽しそうに俺の首元に顔を埋めてきた。
へ、変態が……っ!
いい加減にしろよっ! そう叫ぶはずだった体が急に軽くなった。と、思った次の瞬間、俺の身体は宙に浮いていた。
「……え?」
とは言ってもお腹に支えとなる誰かの、いや……この香りは……。
「れお?」
俺の脇腹を腕で支え、自分のほうへ抱き寄せる相手を振り返れば、そこにはやっぱり玲央がいた。
しかも久しぶりに見る、マジギレ状態で。
「……西、てめぇ……っ」
「……げほっ、お、おいおい……こっちはもう歳だっつーの」
完全に切れている獰猛な獣が唸りながらあちらを睨む。その目線の先には、壁に背をつけ、床に座り込むカメラマンの姿があった。
……吹っ飛ばしたのか。
しばらく咳き込んでいたカメラマンは、ゆっくりと立ち上がってこちらを見上げた。
「……たくっ、最初からそうしてろっつーの」
そして自分の頭を掻いたかと思うと、恐らく玲央に殴られただろう箇所を擦りながら歩き出した。
俺たちを通り過ぎる瞬間、男は俺のほうを見てニヤリと笑う。
「コト、さっき言ったことを忘れんなよ? お前は今日、玲央の女だ」
はははっ! なんて大声で笑いながら、なんとも恐ろしいことを言い残して男は自販機コーナーを去ったのであった。
残された俺はといえば、男の言葉を噛み砕くよりも、今は目の前の獣にばかり意識が向いてしまう。
……こんな状態の玲央を、俺にどうしろというのだ。
「……玲央?」
「あいつになにされた」
え、なにされたって……。
「恋したことないだろって、言われた……?」
「他には」
「……ウィッグ、触られた」
「他は」
「背中……触られた」
「……他は」
「…………耳、かじられた」
「――あ゛?」
まるで尋問のような質問の連続に、いちいちビクつきながら答えると、ついにその顔に青筋が立った。
凄味のある怒気をはらんだ、けれども端正な顔立ちの獅子が俺のウィッグに触れる。そのままウィッグを耳にかけると、なにかを確認するように耳を揉んできた。俺を支える手に、力が増す。
「……なんで、怒ってんの?」
「……」
玲央がここまで怒っている理由が分からず素直に問うと、その身体がピタリと止まった。
かと思えば、鋭い眼差しでこちらを見下ろしてくる。
……黙ってたこと、怒ってんのか?
「……ごめん……でも、今回のことは」
「どうせ匡子が考えたんだろ」
俺が謝った理由が分かっているのか、相変わらず睨んだままの玲央が口を挟む。
その表情を伺ってから、一度目を逸らした。
「……ん。でも、誰かが傷つくよりは……いいかなって思う」
本音を言ってしまえば、軽い気持ちで臨んでいたのは確かだ。
けれどいざ現場にきて女性モデルのあの視線を痛感した今、すべてではないけれど、後悔が消えたのも本当だ。
れっきとした女の子を採用して、その子が怖い目に合うよりは、いい。
俺のそんな言葉を聞いた玲央は、小さなため息をつくなり俺を抱えたまま自販機コーナーの長椅子に腰を下ろした。
「ちょ……玲央、これ、は……っ」
「誰も来ねぇよ」
ありえない姿勢に咎めるも、当の本人はケロッとしたまま俺を抱き寄せる。
……いくら今、俺が女装しているからといって自分の膝に跨がせるのはいかがと。
正面でこちらを見る玲央の視線から逃げるように俯くと、そんな俺の頬に温かな手が触れた。
「……んっ」
くすぐったさに身をよじる。
頬全体を撫でていた手がゆっくりと、指一本一本、顎の下を順に撫でてくる。
行動の意味が分からず玲央を見ると、その瞳からはもう、怒りは消えていた。
「……変な、感じ」
「あ?」
顎の下を撫でた指が、首筋を伝って耳の後ろに移動する。
その手つきがびっくりするくらい、優しい。
「……昔は、こんなふうに近寄るのも怖かったけど……俺、玲央に触られんの、嫌いじゃない」
「……」
「むしろ、安心するっつーか……」
昔はこの手足が俺を殴って、俺を蹴っていた。
そのときは痛みしか感じなくて、でも止めてとは言えなくて。
なのにいつからか……玲央に触れたり、触れられたりすると、どうしようもなく安心するようになった。
この大きな存在が、この嗅ぎ慣れた香りが、兄として俺を支えてくれるのだと、たまらなく安堵する。
「……変、かな?」
「……さぁな」
こんな気持ちを抱く俺は弟として変なのだろうか。そう聞いてみるが、玲央は目を細めるだけだ。
漠然と、理由もないのだけど思う。玲央はもう、俺を殴らないだろうと、そう思う。
そう思わせる確かな理由は存在するのだろうけれど、それがなにかと聞かれると、分からない。
でも、頭を無遠慮に撫でまわしてくるのは、玲央のこの手が一番好きだ。
「……あのさ、玲央が抱く女の子たちって、どんな風になんの?」
「はぁ?」
「や……さっきあの人、西? さん? が、言ってたけど。今日の撮影って恋人同士なんだろ?
確かに俺、軽い気持ちでここにいるけど、玲央の弟としてこれ以上、誰かに迷惑かけたくない」
だから大好きな玲央の弟として、できるところまでは頑張りたい。
プロには到底及ばないのは分かってる。それでも、及第点までは足掻いてみたい。
俺の質問にしばらく黙っていた玲央だが、おもむろに顔を近づけてきたかと思うと首元にその端正な顔を埋めてきた。
「恥ずかしそうに様子を伺ってくるが、目が潤んで俺を見てくる」
「……ん」
「俺が触ると甘い声を出して、つたない動きで、すがってきやがる」
俺の気持ちに応えようと教えてくれる玲央の吐息が、異様にくすぐったい。
「わざとらしく焦らすと、理性もなく強請って腰を振りはじめる」
「れ、お……」
言いながら、玲央の顔がゆっくりと俺の首筋を伝い、耳元まで上がってきた。
時折息を吹きかけられると、まるで自分が女の子になった気に陥る。
「最後には自分から股開いて、俺を誘うんだよ――犯して、ってな」
「ひ……っ!」
どこか笑いを含んだその声が耳元でしたかと思うと、耳をかじられた。
先ほど男にかじられた同じ個所なのに、今はピリリと甘い刺激が脳を走る。
意味が分からなくてつい玲央の胸を手で押すが、その手を握られてしまうと抵抗もできなくなった。
「あり、がと……れお、も、いい……からっ」
「……」
ビリビリと体が痺れたみたいに可笑しい。
頭がクラクラして本当に自分が女子だと錯覚してしまうのは、この格好のせいだろうか?
触れる玲央の手も、それに包まれる俺の手も、熱い。
「……奥を突くと体を震わせて、快感に身悶える」
「! れ、お……っ!」
なのに、玲央は俺の手を強く握りしめ、今度は感触を味わうように何度も何度も耳を甘噛みしてきたのだ。
これ以上はまずい。なにが、かは分からないけど、ダメだ。これ以上は、絶対にダメなんだ。
「れお、玲央……っ、る、して……、ごめ、んなさ、い……っ」
「……」
耳元を陣取る玲央の顔を傷つけたくはなくて下を向くと、黙った獣は潔く俺の手を離した。
そのことに安堵して息を吐く。ゆっくりと体を起こした玲央の目を見上げた瞬間、体が甘い衝撃に襲われた。
なぜなら――俺を見つめる獣の目は、色を孕んだ捕食者のそれだった。
「……ひ、……あぁっ」
恐い。着ている服の意味がない。獰猛な獣の前に丸裸で立っているようだ。
獣はこの貧相な皮の下に、赤い血肉があることを知っている。その味を、舌触りを、自分の腹を満たす獲物があることを、知っている。
「う……うぅ……っ」
恐怖に身を震わせるが、体は満足に動けずに固まったままだ。
それでも安らぎを欲して獣に身を預けれることはできない。自分から喰われに行くことだけは、絶対にできない。
俺のそんな様子を黙って見ていた獣は、一つ息をついて頭を撫でてきた。
「悪い。童貞には早かったな」
と、一言。
場を和ませるための嫌味だろうけれど、ついそれに安心して顔を上げると、玲央はなんだか苦しそうに口元を緩ませている。
「……んーん……ありがと、れお」
ふっと力が抜けてしまった体を無意識に玲央のほうへ預けた。
よく知っている玲央の香りは、それだけで俺を落ちつかせてくれる。
ポン、ポン。ふいに玲央の手が心地の良いリズムで俺の背中を宥めてきた。
……珍しいこともあるものだ。あの玲央が、俺をあやしてくれるなんてな。
可笑しさについ微笑む。そんな俺に気づいたのか、玲央は俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきたのであった。
それから玲央と二人で匡子さんたちのもとへ戻ると、撫でまわされてぐしゃぐしゃになったウィッグを見た匡子さんは玲央を怒鳴っていた。ミキちゃんさんは苦笑を浮かべながら手際よく直してくれたが、怒られている玲央はケロッとしている。
休憩を終え、スタジオに集まったみんなの顔色はまだ悪い。
それでも俺は、玲央が隣にいるという事実だけで落ち着くことができた。
……さっきまでは怖かったというのに、なんとも現金な話である。
「……ふーん、まぁいいんじゃねぇの?」
そんな俺を見たカメラマン、西さんはどこか嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。
首を傾げる俺の手を取り、玲央がセットへと足を踏み入れる。そんな様子をも笑っていた西さんの雰囲気は、今日ここに来て初めての上機嫌だ。
セットについてから、先ほどと同じようにファーだらけのスリッパを穿こうとする俺の体が急に浮いた。
同時にスタジオ内が少し騒々しくなるが、呆然とする俺を抱き上げる玲央しか視界には入らない。
きゅ、急になにしてんだ、こいつ。
アホ面でもさらしていたのか、玲央はそんな俺にくすりと微笑み、そのままソファーまで歩き出す。
急なことでバランスを失った俺が玲央にしがみつくと、玲央は器用にも体制をお姫様だっこに変えてきた。
「……っ」
「はっ」
恥ずかしくても声を出せずにいる俺を玲央が笑う。
理解できないことに……今の玲央はとても楽しそうである。
ソファーまでたどり着いた玲央は、俺を抱き上げたまま腰を下ろした。
先ほどとは違って膝に乗る俺は、どうすればいいのか分からず玲央を見上げるが、やつは大層面白そうに片膝を立て、自分の体と膝との間に俺を収めるように抱きしめてくる。
「……」
お腹を抱える玲央の両腕がとても温かい。
斜め後ろからこちらを見る玲央の視線が、優しい。
まるで街灯に魅せられた虫のように、俺は玲央の頬に手を伸ばす。
そっと、優しく撫でると獣が笑う。とても穏やかな瞳は、今まで見たことのないものだった。
「……お」
出してはいけない声で、思わず名前を呼んでしまう。
間近で聞いていた玲央は、恭しく笑った。
「小虎」
と、一言。それはそれは聞いたこともない蕩けるほど甘く、柔らかでいて扇情的。
爪先から頭の芯までジィンと悩ましい刺激が通っていくようで。
……もしも本当に俺が女の子で、玲央と兄弟でもなんでもなければきっと、この人に惚れていたに違いない。
「!」
と思うのも束の間。
玲央は俺の脇腹を掴んだかと思うと、急に体を持ち上げてきた。
そのまま向きを変えられて、またしても膝を跨ぐような格好に。
突然のことに驚く俺を笑う玲央が、「ばーか」と口パクしてきやがった。
なんだか少しだけムッとして、普段なら絶対にできないことをしかけてみる。
俺は、思いっきり玲央の髪をぐしゃぐしゃに撫でてやったのだ。
ふんっ、ざまぁみろ!
そう笑う俺の顔を挑発的に見つめる玲央が、それはそれは悪戯気に微笑むのであった。
「嘘……これ、ほんとにトラ、ちゃん……?」
「随分化けたな……こりゃ」
と、雄樹と仁さんが本日発売の雑誌を見ながら言う。
俺はそんな二人に視線を向けず、作りかけのお粥をじっと凝視していた。
「まぁ、匡子さんが上手く化かしてくれたんで。つーか雄樹、ここ笑うとこだろ? 笑ってくんねぇと逆に恥ずかしいんだけど」
「でも! トラちゃん! これっ!」
頼むから笑いネタにして流してくれ。
そう思う俺の気持ちを汲み取ってくれることはなく、雄樹は見開きのページを俺の顔面に押し付けてきた。
……そこには、ソファーに座り女性の腰に手を添え、自らに引き寄せ甘く微笑む男性と、そんな男性に頬を染めながら、少しだけムッとしている女性の写真――女装した俺と玲央が写っている。
完成した写真を見せてもらったとき、そのありえない現実に思わず卒倒しそうになるほど、そこにいたのは恋人同士の男女だった。
自分の膝に乗せた女性を支える男性の手はひどく優しげで、その外見からは想像もつかないほど穏やかに微笑んでいる。
そんな男性の頬に手を触れながら、少し顎を引いて上目づかいに見つめる女性は甘えているようにしか見えない。……そしてそれが女装した俺などと、絶対に認めたくはない。
「恋人同士にしか見えないよ! これ!」
「……俺の傷を抉って楽しいか? 雄樹」
そんな黒歴史決定の写真を俺にグイグイ押し付けながら、なぜか興奮する雄樹の目は輝いている。
仁さんは仁さんでそんな俺たちを見てクツクツ笑っていたが、雄樹を止めることも俺を助けることもない。
「今日発売だってのに、どこもかしこも売り切れらしいな。良かったじゃねぇか」
……むしろ雄樹に悪ノリしてきた仁さんをじとりと見るが、やはり彼は笑うだけだった。
はぁー。大きなため息を一つこぼし、完成したお粥を雄樹に渡す。
「ほらほら二人とも、仕事してください」
パンパンッ。手を合わせて仕事を促すが、二人とも雑誌と俺とを交互に見ては、含み笑いを浮かべるだけなのであった。
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